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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第四章 変わり始めたシナリオ

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魔物討伐 1

 定期テストが終わると、一年生は剣術や魔術の基礎を一通り学び終えたと見なされる。

 その証として、彼らは学園の外へ出て野外活動に参加することが許される。


 野外活動とは、すなわち魔物討伐だ。


 魔物とは、魔素の影響を受けて凶暴化した動物や生物を指す。元は無害だった動物や生物が魔素に触れることで変異し、周囲の生き物を見境なく襲う存在へと変化する。

 それらは王国にとって脅威であり、騎士団や魔術師団が定期的に討伐するのも、国の安定を守る重要な役目だ。


 貴族たちは、この魔物討伐を通じて国と民を守る責務を担うとされている。

 学園の生徒たちは、一部の例外を除き貴族の子女だ。将来に備え、学生の頃から魔物討伐を経験する。


 とはいえ、一年生は基礎しか知らないひよっこだ。この野外活動では、未熟な一年生を補助するために、三年生がペアとして同行することになっている。


 ──そう、ペア。乙女ゲームにおける鉄板イベントである。


 ゲームでは、攻略キャラによって様々なパターンが用意されていた。


 一年生と三年生で純粋にペアを組むパターン──アレクシスがこの典型例だ。

 また、ペアになる三年生が足りず、代わりに一年生ながら規格外のルークや、教師であるライオネル、ゼノがパートナーとして選ばれる特例パターンも存在する。


 どのルートを選んでも、好感度が大幅に上がる絶好のイベントであることは間違いない。


 ──とはいえ。


「すでにペアを組むことを約束している人たちは、そのままペアを組んでもらって構いません。もしペアになる相手がいない人は、残った人たちでペアを作ります」


 野外活動の説明をするゼノの声を聞きながら、私は心の中で大きなため息をつく。


 ──ゼノはないわね……


 ゼノルートに入るためには、建国祭でヒロインがゼノに助けられるのが条件だった。それが何を間違ったのか、私がゼノに助けられる羽目になった挙げ句、彼の「王家の影」としての秘密を私が知っていることまでバレている。

 

 もしリナの本命がゼノだとしても、大変申し訳ないが、彼のルートは諦めてもらうしかない。私も命が惜しい。


 そう思いつつゼノに目をやると、ちょうど説明を終えた彼がこちらを見ていた。まるで私が彼を見ると確信していたかのように、視線が交わった瞬間、彼は口角を上げて笑ってみせた。いつもながら危険なくらい魅惑的な笑みだ。

 案の定、私とゼノの直線上にいた生徒たちから小さな悲鳴が上がる。私はこれ以上惑わされないように目を閉じ、視界から彼を消すことにした。あれは目に毒すぎる。


 蛇に睨まれた蛙の気分に陥っていると、隣から視線を感じた。


 アレクシスだ。一年生のサポートのために、彼もこの野外活動に参加していた。


 彼は最近、私の些細な変化にやたらと敏感だ。もしかしたら、今の様子がおかしいことにも気づかれたかもしれない。


 もしも私のせいでアレクシスがゼノの「王家の影」としての正体に感づいたら、後々ひどいことになるだろう。いや、下手をすれば私は始末されかねない。


 視線をどうにかそらそうと、ゼノとは逆方向を向く。するとそちらには、剣術指南役として参加している特別講師のライオネルが立っていた。彼は私の視線に気づくと、優しく微笑んでくれた。尊い。荒んだ心がほんの少し癒される。


 説明が一通り終わり、ペアを作る時間が始まった。


 すでにペアを組む約束をしている者たちは、自然と一緒になっている。貴族同士のつながりで学年を超えた知り合いが多い彼らにとっては、ごく当然の流れだ。


 一方で、まだペアが決まっていない一年生たちが、遠巻きにこちらを窺っている気配を感じる。おそらく、アレクシスとペアを組みたい女子生徒たちだろう。しかし、流石に王太子に直接声をかける勇気はないらしく、その場で足踏みをしている。


 ──私? 誰が「氷の公爵令嬢」とペアを組みたいと思うというのか。


 取って食うつもりはないけれど、自分が放つ近寄りがたい雰囲気には自覚がある。それがクラリス・エヴァレットなのだから仕方がない。


「クラリス様! アレクシス殿下!」


 一年生の輪から、ひときわ明るい声が響いた。茶色の柔らかそうな髪を揺らしながら、リナが笑顔で駆け寄ってくる。後ろからルークも追いかけてきていた。


 子犬のように元気よく駆け寄るリナの姿に、私は自然と表情筋が緩むのを感じた。


 ──最近、鋼のように固まっていた表情筋が少しずつ動くようになった気がする。


 心の中で葛藤することが増えたせいだろうか。表情筋もついに仕事をする気になったらしい。とはいえ、鏡の前で表情練習を試みたものの、その差はまだ微々たるものだった。先は長い。


 リナがルークと一緒に来たということは……もしかして、ルークと組むのだろうか? それともアレクシスを誘いに来た?


 そう思案している間に、リナは私の前まで来ると、少し頬を赤らめながら声を上げた。


「クラリス様、私とペアになっていただけませんか!?」


 ──え? 私?


 思わず困惑した。ゲーム中では悪役令嬢クラリスとペアを組むルートなどなかったはず……


「……わたくしで、いいの?」


 自然に漏れた言葉に、リナは満面の笑顔で頷いた。


「はい! クラリス様がいいんです!」


 その眩しい笑顔に、私は内心、浄化されそうになった。ヒロインパワー、恐るべし。


「じゃあ、僕はアレクシスで我慢するよ」


 私とリナのやり取りを苦笑しながら見ていたルークが、肩をすくめて言った。


「別にペアじゃなくても、一緒に行動できるんだよね? よかったらみんなで行こうよ」


 ルークの言葉にハッとする。一年生と三年生はペアを組む必要はあるが、必ず二人きりで行動しなければならないわけではない。この四人で一緒に行けば、リナはアレクシスとルークの好感度をまとめて上げることができる。一石二鳥だ。


 ルークに妥協されてペアに選ばれたアレクシスが、不機嫌そうに眉をひそめる。


「お前はペアを組まなくても許されているだろう。一人で行け」

「へー、じゃあ僕は姉さんたちと一緒に行くから。アレクシスこそ、そっちの女の子たちとペアを組んだら?」


 ルークが視線を送った先には、アレクシスとペアを組みたそうに様子を窺っている女子生徒たちがいた。アレクシスがちらりと彼女たちを見ると、黄色い歓声が上がる。


「……わかった。私もお前で我慢しよう」


 アレクシスは深いため息をつきながら渋々承諾した。ここでルークとペアにならなければ、先生の指示で他の生徒とペアを組むことになる。たとえ王太子であっても、この学園では一生徒にすぎないのだ。


 アレクシスとルークがペアを組むことが決まり、私はリナに向き直る。


「……じゃあ、リナ。あなたはわたくしとペアになりましょう」


 重要なのは誰とペアになるかではなく、誰と行動するかだ。私はリナとペアを組むことで、彼女が好感度を上げられるようサポートするつもりだ。


 私の言葉に、リナは満面の笑みを浮かべた。まるで春の花が咲いたような明るい笑顔だ。


「はい、ありがとうございます!」


 ──やっぱりかわいい。


 思わず顔が緩みそうになるのを、鉄壁の表情筋で押さえ込む。やっぱりまだ、この筋肉には仕事をしてもらわなければならないようだ。


学生組はほのぼのです。

次回は3/14(金) 19:00更新予定です。

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 完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない
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