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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第三章 建国祭はフラグ祭り

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夜闇に咲く花 2

 日が落ち、空に淡い群青が広がり始めていた。


「リナは王宮の庭園に入るのは初めてだよね?」


 王宮の庭園へ向かう道中、ルークがリナに声をかける。リナは元気よく頷いた。


「うん。学園に入るまで、王都に来たこともなかったから。平民の私が王宮に立ち入れるなんて、すごいよね!」


 建国祭の最終日には、王宮の庭園が一般公開される。

 一般市民が王宮に入ることを許される、年に一度の特別な日だ。王族や貴族が民と直接交流し、意見を聞く場でもある。


 空が徐々に暗さを増し、街の灯が少しずつ目立ち始めていた。

 夜には花火大会が開催され、エルデンローゼ王国の空が華やかに彩られる。

 ゲームでも、個別ルートに入るための必要なフラグが立っており、なおかつ好感度の最も高い攻略キャラと庭園で遭遇し、そのまま花火を一緒に見るイベントが発生する。


 今のリナと攻略キャラたちの好感度を数値で確認できない以上、誰が現れるかはわからない。

 だが、少なくともルークは一緒にいる。彼との好感度を確実に上げるチャンスは十分にある。


「わぁ……っ!」


 庭園に足を踏み入れた瞬間、リナが感嘆の声を上げた。


 広大な庭園は、夜風に揺られる花々で彩られている。月明かりが花びらを照らし、まるで宝石のようにきらめいていた。

 噴水から零れ落ちる水音が心地よく響き、空気は柔らかな香りに包まれている。


 リナはその美しさにすっかり心を奪われ、花から花へと興味深げに歩き回っていた。

 まるで、蜜を集めるミツバチのようだ。非常に可愛らしくてよろしい。


「来たか」


 リナの無邪気で愛らしい姿を心の中で楽しんでいると、不意に背後から声がかかった。

 私はすぐに気を引き締め、そつのない動作で振り返り、声の主に礼を取る。


「ごきげんよう、アレクシス様」

「ああ。君も元気そう……ではないな」


 アレクシスの言葉に、私は礼を取ったまま硬直した。


 ──あれ? おかしい。私の擬態は完璧なはず。まさかアレクシスに見破られるなんて……


 戸惑いを隠しながら顔を上げると、彼の整いすぎた顔にわずかに浮かぶ心配そうな表情が目に飛び込んできた。胸の奥が妙にざわつく。


「……何があった」

「何もございません」

「嘘をつけ。君は嘘が下手だからな」


 淡々とした声の響きが、心の奥を容赦なく突く。


 ぐっ……付き合いが長いのが、こういうときは本当に厄介だ。

 私はわずかに目を伏せるが、何事もなかったように振る舞う。


「繰り返しますが、何もございません。それよりも、今日は庭園の一般公開日。いくら『聖王子』殿下とはいえ、お一人で歩かれるのは不用心が過ぎます」

「その名で呼ぶな。……それに、一人ではない」


 アレクシスがわずかに眉を寄せる。

 彼が民衆から「聖王子」と呼ばれ慕われているのは周知の事実。しかし、彼がその呼び名を好まないことも、私は知っている。知っていて、あえてその名で呼んでやったのだ。


 アレクシスは呆れたように息を吐くと、背後に立つ人物に視線を送る。


「クラリス殿、どうかされたのですか?」


 そこには、いつものように冷静で、それでいて心配げなライオネルが立っていた。どうやら、アレクシスの護衛として同行しているらしい。


 ──これは、困った。


 次々と投げかけられる問いに、私は少し言葉に詰まる。けれど、そんな私を頼りになる弟が救ってくれた。


「姉さんは疲れてるんだよ。昨日、初めて建国祭の大通りを歩いたからね」


 さらりと間に割って入るルーク。


 さすがは我が弟! 素晴らしい助け舟!


「……ほう? クラリス・エヴァレットとあろう者が、それだけで疲れてしまうと?」

「当たり前だろ。一昨日はどこかの王子が余計なことして、姉さんに変なプレッシャーをかけたんだからさ」


 ……ちょっと待って、ルーク? その言い方はさすがに刺激が強い。


 案の定、アレクシスの目が少し細められる。二人の間に、火花が散る音が聞こえた気がした。


 最近、ルークがアレクシスに対して何かと突っかかるようになった気がする。

 けれど、おそらく彼も未来の宰相として、将来国王となるアレクシスを支える立場になるのだ。今のうちからこれくらい強気でなければならないのかもしれない。そういうことにしておこう。


 ライオネルは二人を見ながら苦笑していたが、ふと私に視線を向け、優しく微笑む。


「無理はしないでくださいね」


 ──さすが大人組。学生組とは違い、余裕がある。


 ライオネルの穏やかな笑みは、それだけでどこか安心感を与えてくれる。こういうところが、本当に彼の魅力だと思う。


 しかし、これで攻略キャラが三人揃ってしまった。もしかして奇跡のような同率一位なのだろうか。

 さすがに、もう一人の大人組までは──


「おや、奇遇だね」


 ──その声は、夜の帳から響いた。


「ああ、ゼノ先生。あなたもいらしてたんですね」


 ライオネルが声の主を見つけて、親しげに声をかける。

 ゼノは静かに暗がりから姿を現し、月光を受けて眼鏡のレンズを煌めかせた。その光に遮られ、彼の目元は見えない。


「ああ。せっかくの花火大会だからね。ここなら、一番近くで堪能できると思って」


 そのままゼノとライオネルは自然に会話を交わし始める。


 私は──


 私は、動けなかった。


「クラリス様……って、あれ? 皆さんも来てたんですね!」


 花を見終えたリナが戻ってきた。目の前に並ぶ攻略キャラたちを見て、目を丸くする。


 アレクシスとルーク、ライオネル、そして──ゼノ。


 彼ら全員が、ここに揃っていた。


「……クラリス様?」


 リナが私を覗き込むように見上げてくる。微動だにしない私を心配したのだろう。その声はどこか不安げだった。


 だが、私は反応することができない。


 ──どうして、彼がここにいるの。


 私は、彼のフラグを立てることに失敗したはずだ。

 だから──彼がここにいる理由がわからない。


 胸がざわつき、震えそうになる手を温かい感触が包み込んだ。リナがそっと手を握っていた。彼女はいつものように、私を守ろうとしてくれている。

 その優しさが心に染みて、少しだけ肩の力が抜ける。


「……ありがとう、リナ。もう大丈夫よ」


 彼女を見つめて礼を言うと、リナは照れくさそうに微笑み、さらに強く手を握ってきた。


 ──その瞬間。


 夜空に大輪の花が咲いた。

 光が闇を切り裂き、燃え立つ花が空を彩る。


 誰もがその景色に目を奪われる。リナも、夜空の華に夢中になっていた。


 私は──


 私は、彼を見ていた。


 彼も、私を見ていた。


 ふと、彼の口元がわずかに動くのが見えた。次の瞬間、耳元で彼の声が響く。


「──私を誘うなら、もう少し雰囲気のある場所にしてもらいたかったね」


 距離など関係ないかのように、彼の声は明瞭に届いた。

 ありえない。けれど、確かに聞こえた。


 彼は口に人差し指をあて、静かに微笑む。その仕草は普段と変わらず妖艶で、もし私がいつもの状態なら、心の中で転がり回っていたことだろう。

 けれど、今の私は、その気になれなかった。


 夜空に咲き誇る花火。

 けれど私は、夜闇にひっそりと咲く艶やかな妖花から、目を離すことができなかった。


次回は3/5(水) 19:00更新予定です。

やっとゼノ先生の出番が来ました。

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 完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない
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