夜闇に咲く花 1
建国祭、最終日。
私は公爵邸の私室で、ベッドに横たわっていた。
着替えは済ませたものの、外に出る気になれず、侍女たちを下がらせた後で、再びベッドに身を沈める。
もう私は、完璧な公爵令嬢などではない。その肩書きは、返上してしまいたかった。
──とはいえ、今夜は建国祭の締めくくりだ。空には華やかな花火が打ち上がる。
必須のフラグではないが、リナが攻略キャラたちと花火を見ることで、彼らとの好感度を上げる大事なイベントになる。
私はしぼんだ心に鞭を打ち、ゆっくりとベッドから体を起こした。
部屋を出ると、そこにはルークが立っていた。彼は心配そうに私を見下ろしてくる。
「姉さん、大丈夫?」
──ルークが心配するのも無理はない。
昨日の事件のあと、私は心身ともに憔悴しきっていた。普段の私からは考えられないほど疲弊した様子に、リナとルークは終始心配してくれていた。
あの場には何の痕跡もない。ただ、私が何かに疲れ果てている──それだけが見て取れる状況だったのだ。
本当に、心の底から申し訳なく思う。
私は精一杯の虚勢を張り、いつものクラリス・エヴァレットを演じることにした。
「ええ、もう平気よ。昨日はごめんなさい。慣れない場所で、少し疲れてしまったみたいだわ」
我ながら、なかなかの出来映えだ。少しだけ、自信が回復するのを感じる。
ルークは何か言いたそうに口を開きかけたが、そのまま言葉を飲み込んだ。代わりに、ほんの少しだけ寂しげな笑みを浮かべる。
「……そっか。じゃあ、困ったことがあったら言ってね」
「ええ、ありがとう」
それ以上追及しない彼の優しさに、私は甘えることにした。
今日もリナと一緒に、建国祭を回る予定になっている。この後、彼女と合流して、一般開放されている王宮の庭園を訪れるのだ。
そこで攻略キャラたちと自然に遭遇し、夜の花火を共に見て、建国祭を締めくくる。
──たった三日間。しかし、信じられないほど濃密だった三日間。
それがようやく終わろうとしていることに、私は静かに安堵した。
ルークと同じく、私を心配していたリナは、私の姿を見つけるなり駆け寄ってきた。
「クラリス様、お体は……」
「大丈夫よ、リナ。心配かけてごめんなさい」
リナの目には、いつものクラリス・エヴァレットが映っていることだろう。私は完璧な公爵令嬢としての佇まいを演じて、彼女の心配を取り除こうとした。
しかし、彼女は私の瞳をじっと覗き込み、しばらく無言のまま動かない。
その真っ直ぐな視線に、私は思わずたじろぎそうになるが、奥歯を噛み締めてぐっと堪える。
やがて、リナはルークと同じように、少し困ったような笑みを浮かべた。
「……わかりました。でも、何かあったら言ってくださいね」
──ルークもリナも、きっと私の様子がいつもと違うことに気づいているのだろう。
けれど、それを深く追求しようとはしない。私はその優しさに、静かに感謝した。
次回は3/3(月) 19:00更新予定です。




