【ライオネル】女神の加護
「またお前が相手か、ライ」
ヴィンセント団長は決勝戦まで勝ち進んだ俺を見て、つまらなそうに肩をすくめた。
建国祭二日目の武術大会。王立騎士団が主催するこの大会には、国内外の騎士や冒険者が集い、力試しに挑む。
俺も例年通り、団長命令で参加していた。
つい先ほど準決勝を突破し、決勝の舞台に駒を進めた俺を前に、団長はあからさまにがっかりした様子だった。
それも無理はない。
去年と同じ──決勝の舞台で、またしても俺たちは対峙することになったのだから。
一時間の死闘の末、わずかな差で団長に敗北した去年の試合が脳裏に浮かぶ。
「今年こそは勝たせてもらいますよ、団長」
俺は静かに剣の柄を握りしめる。剣の腕なら、もう団長にも引けは取らないはずだ。
それでも、土壇場では経験の差が勝敗を分ける──去年はそれを痛感させられた。
「はっ、バカ言え」
団長は豪快に笑う。
「お前みたいな小僧には、まだまだ負けねぇよ」
そう言いながら、団長は自慢げに首元のチョーカーを指で弾いた。奥方の手作りらしい。
「女神の加護」だと、酔っ払うたびに自慢されるシロモノだ。
「で、お前の女神は見に来ないのかよ」
団長が楽しそうに茶化してくる。
「……っ、だからそういうのじゃないって言ってるでしょう!?」
酒場での一件以来、団長は何かと俺をからかってくる。
どれだけ否定しても無駄だということは、長い付き合いで理解しているが、言わないわけにもいかない。
俺は視線を剣に落とし、昨日の光景を思い出す。”彼女”が、王宮のバルコニーに立つ姿を見たときのことを。
息を呑むような美しさだった。
ロイヤルブルーのドレスが彼女の白い肌を際立たせ、繊細な銀糸の刺繍が夜空に浮かぶ星々を思わせる光を放っていた。
気高く、そして完璧だった。
だが、同時に思い知らされた。
彼女は未来の王妃であり、王太子殿下の婚約者なのだと。
その事実は、無言のうちに俺の胸を打ちのめした。
バルコニーでアレクシス殿下に手を引かれ、王族の一員のように並び立つ彼女と、整列する騎士団の一員でしかない俺。
その間に横たわる深く、厚い壁。
剣の手入れをしようと、ゆっくりと鞘から刃を抜いた。
この剣は、大切なものを守るためにある。そして王立騎士団は、この国を守るために存在する。だから俺は、彼女を守るためにこの剣を捧げることができるのだ。
──それで十分だ。
「決勝戦です。ヴィンセント団長、ライオネルさん、お願いします」
騎士見習いの声が響き、俺たちは闘技場の門をくぐる。
陽光が差し込む闘技場は、すでに歓声で満ちていた。
──そして、視線の先。
「なんだ、お前の女神が来てるじゃねぇか」
団長がにやりと笑う。
客席の向こう側。扉と正反対の位置に、”彼女”がいた。
普段とは違う、平民に近い装いをしているが、その美貌は隠しきれていない。そこだけが異質な光を放っていた。
彼女の隣にはリナ殿とルーク殿が並ぶ。三人で武術大会を見に来たのだろう。
彼女の視線は、まっすぐこちらを見つめていた。
気のせいかもしれないが、目が合ったような気がした。
柄に触れていた手が、自然と強く握り込まれる。
「……団長」
「おう?」
彼女を見つめたまま、俺は低く呟いた。
「やっぱり今日は──負けられません」
一瞬、団長が少し驚いたような気配がした。
だが次の瞬間には、楽しげに「そうか」と言うと、団長は大剣を抜いた。
「やってみろ。お前の女神に、いいところ見せてやれよ」
太陽の光を浴びて、剣がきらめく。
──負けるわけにはいかない。俺はこの剣を、大切なものを守るために捧げると決めたのだから。
次回は2/24(月) 19:00更新予定です。




