攻略キャラに会いに行こう 1
翌朝、私は学園の中庭に向かいながら、今日の計画を頭の中で整理していた。
まずはライオネルと接触を試みることにした。彼は騎士でありながら学園の特別講師として剣術を教えている。学生たちの間でも憧れの的で、その厳格さと確かな実力で広く知られている。
朝の陽光が中庭を優しく照らし、花々が露にきらめいている。その中で、ライオネルは一人、剣を手にして黙々と訓練に励んでいた。鋭く速い動きと、鍛え抜かれた体躯が、彼の卓越した技量を物語っている。少し距離を取ってその様子を見つめ、私は心の中で彼の設定を思い出した。
ライオネルは誠実で正義感が強く、何よりも騎士道精神を重んじる人物だ。貴族社会でも一目置かれる彼は、リナが学園で困難に直面した際、真っ先に手を差し伸べる優しさを持っている。理想の騎士であり、攻略キャラとしても文句のない存在。
「おはようございます、ライオネル様」
私の声に気づき、彼は動きを止めた。鋭い眼差しでこちらを見つめ、汗で濡れた額を手で軽く拭う。その顔には少し驚いた表情が浮かんでいた。
「クラリス殿、どうしましたか?」
……すごい、大人の魅力が半端ない。
朝の光を浴びた汗が、彼の額や首筋でキラキラと輝いている。短めの黒髪は適度に艶があり、訓練のせいか少し乱れているが、それがかえって彼の男らしさを引き立てていた。
さすが攻略キャラ。この表情筋が死んでいる顔でなければ、公爵令嬢にあるまじき表情を浮かべてしまうところだった。
一瞬だけ言葉に詰まったが、私はすぐに冷静さを取り戻し、口を開いた。
「リナ・ハートという少女をご存知でしょうか?」
ライオネルの表情が、ふと真剣なものに変わる。
「彼女がどうしましたか?」
さすがに、学園の特待生であるリナについては認識しているらしい。このエリューシア学園では貴族出身の生徒が大多数だが、リナのように特待生として入学する優れた才能を持つ平民もごく稀に存在する。現時点では彼女の「封印の鍵」としての力は秘められているが、平民出身の異端児であるため、その存在は目立つ。
私は首を横に振り、少し思案するふりをしながら言った。
「彼女が貴族社会に慣れていくために、支援が必要かと思いまして」
詳しくは言わない。しかし貴族社会で生き抜いてきた彼なら、この一言で十分だろう。
ライオネルはしばらく黙考した後、真摯な声で答えた。
「なるほど……あなたの言う通りかもしれません。俺も注意して彼女を見守るようにしましょう」
その言葉に少しホッとし、心の中で小さくほくそ笑む。さすがライオネル、リナをきっと支えてくれるはずだ。あわよくば、絆も深めてもらいたい。
そんな私の邪な期待は表には出ていないはずだったが、ライオネルがまるでそれを見透かしたかのように微笑んだ。
「……少し意外でした」
「え?」
思わず声が漏れる。
「あなたは優しいのですね」
ライオネルの顔に浮かぶ微笑が、私の心を鷲掴みにする。
……違う! 私を動揺させてどうするのよ!
ゲームをプレイしていたときに感じたときめきがよみがえってくるが、すぐに気を引き締めた。私はヒロインではなく、悪役令嬢なのだ。
私は無言で小さく会釈し、その場を後にした。これ以上ここにいたら、彼の大人の魅力に飲み込まれてしまう。
とにかく、これでライオネルはリナに関心を持ったはず。次は、別の攻略キャラに向かおう。




