表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第二章 定期テストを乗り切れ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/155

彼女の意思 1

 定期テストまで残り一週間。毎日の早朝特訓の成果で、リナは目に見えて成長していた。


 もちろん、優等生とはまだ言えない。だが、少なくとも赤点を免れるレベルには達しているだろう。ようやくスタートラインに立てた、といったところか。

 もし彼女のステータスが数値で見えるなら、ポンコツと揶揄されることはもうないはずだ。


 何より大きく変わったのは、リナ自身のやる気だった。

 正直、何が彼女をここまで駆り立てているのか、私にはわからない。けれど、ゼノとの早朝特訓に全力で取り組む彼女の姿勢からは、強い意志が感じられた。私はほとんど見守るだけだったが、それでもひしひしと伝わってくる。


 ──もしかして、リナの本命はゼノなの?


 そう疑いたくなるほど、彼女のやる気は眩しかった。


 もしそうならば、難易度の高いゼノルートを進めるよう、慎重にサポートしなければならない。彼のルートは、一つでもイベントを逃せば失敗してしまうのだから。


「リナ殿はよく頑張っていますね」


 低く響く声に、思考が引き戻される。声の主に目を向けると、ライオネルが穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ていた。


 ──だから、その微笑みは心臓に悪いのよ……!


 少しは自重してほしい。


 リナは少し離れた場所で、黙々と素振りを続けている。

 早朝から勉強し、日中は授業と生徒会の仕事。そして今はこうして、ライオネルの個別指導に励んでいるのだ。


 私はこの個別指導にも、結局ほぼ毎回同伴している。

 リナの「一緒に来てほしい」という無言の圧を感じ取り、つい断れずにここまできた。さすがヒロイン、その魅力は攻略キャラ以外にも存分に発揮されるらしい。


 最近は稽古の内容にも変化が出てきて、素振りだけでなく打ち込み稽古や受け太刀稽古も加わった。ライオネル相手にひたすら剣を振るリナと、容赦なく受け流すライオネル。二人のやり取りは、見ているだけで胸が熱くなる。


 ──イベントスチルだわ……!


 ゲーム内でも、ライオネルとの個別指導でこの場面は存在する。

 彼に真剣な眼差しを向けるヒロインの横顔と、どこまでも誠実に指導する彼の姿が、美しいスチルとして描かれていた。

 実際にこの光景を目にしたときは、思わず感涙しそうになった。もちろん無表情のままで。


 今日は稽古の締めとして、リナが素振り百回に取り組んでいる。

 ライオネルはリナの様子を見守りながら、私の隣に立っていた。


「彼女は体幹がしっかりしていますね。飲み込みが早いのも、そのおかげでしょう。これなら授業についていけないことは、もうないと思いますよ」


 その言葉に、自然とリナへ視線を送る。

 確かに、リナの体つきは細いながらも芯があり、剣を振る姿も様になってきた。

 きっと、彼女のステータスを確認できれば、「体力」だけは飛び抜けているに違いない。問題は、残りのステータスがまだ追いついていないことだけれど。


「ライオネル様のおかげです。ご指導、感謝いたします」


 礼を言い、軽く頭を下げる。

 いくら力があっても、それを活かせなければ意味がない。ライオネルはリナの長所を見抜き、そこを引き出してくれた。その成果が、今目の前にあるのだ。


「ク、クラリス殿、顔を上げてください」


 ライオネルの慌てた声に、私は顔を上げた。

 すると、想像以上に近い場所に、彼の顔があった。

 どうやら彼は、こちらを覗き込むように屈んでいたらしい。私が顔を上げたことで、二人の距離はたった十センチほどしかなかった。


 ライオネルの瞳が、至近距離で私を映している。

 青みを帯びた灰色の目がわずかに揺れていた。


 ──近い、近すぎる。


 イケメンに至近距離で見つめられることの破壊力を、私は改めて思い知った。

 いや、知っていたけれど、知識と実体験はまったくの別物だ。


「……クラリス殿……」


 私を呼ぶライオネルの声は、どこか掠れていた。

 その頬にはうっすらと赤みが差している。彼も、この状況に戸惑っているらしい。


 目の前のこの造形美をもう少し堪能していたい──いやいや、ダメだ。心臓が持たない。


 私は内心の葛藤と戦いながら、視線だけをなんとか逸らす。

 その瞬間だった。


 カラン──


 甲高い音と同時に、何かが倒れる気配がした。


 反射的に視線を向けると、地面に倒れ伏すリナの姿が目に飛び込んできた。


「──リナ!」


 自分でも驚くほど、強張った声が漏れる。

 クラリス・エヴァレットとしての仮面が剥がれ落ち、悲鳴に近い叫びが口をついて出た。


 リナの細い体はぴくりとも動かない。そばに駆け寄ると、彼女は脂汗を浮かべ、荒い息を繰り返していた。

 体が凍りつく感覚に襲われる。


「医務室に運びます」


 すぐそばから響いた低い声に、私ははっと顔を上げる。

 気づけばライオネルが、すでにリナの状態を冷静に確認していた。


 彼の瞳には、動揺も焦りも見えない。常に戦場を駆ける騎士としての顔だった。


「……お願いいたします」


 そう返した声は震えていた。


 ライオネルはひと言もなく、リナの華奢な体を容易く抱き上げた。あまりにも自然な動作に、思わず見惚れそうになるが、今はそれどころではない。


 私は自らの動揺を噛み締めながら、ライオネルの背を追った。


 廊下に響く靴音が、妙に遠く聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


◆YouTubeショート公開中!◆
 https://youtube.com/shorts/IHpcXT5m8eA
(※音が出ます。音量にご注意ください)
(本作10万PV記念のショート動画です)

◆スピンオフ短編公開中!◆
 『わたくしの推しは筆頭公爵令嬢──あなたを王妃の座にお連れします』
(クラリスとレティシアの“はじまり”を描いた物語です)

◆オリジナル短編公開中!◆
 『毎日プロポーズしてくる魔導師様から逃げたいのに、転移先がまた彼の隣です』
(社畜OLと美形魔導師様の、逃げられない溺愛ラブコメです)

更新告知やAIイラストをXで発信しています。
フォローしていただけると励みになります!
 ▶ Xはこちら:https://x.com/kan_poko_novel

 完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ