秘密 2
「リナの定期テスト対策の調子はどうだ」
次の授業に向けて教科書を準備していると、隣の席から声をかけられた。
視線を向けると、アレクシスが少し不機嫌そうにこちらを見ていた。
──アレクシスが、リナの心配をしている……!
私は内心で歓喜の声を上げる。無理やりでも生徒会に入れたかいがあったというものだ。
「驚くほど順調です。最近の彼女は、とてもやる気に満ちていますから」
そう。ゼノとの早朝特訓が始まってから一週間が経ったが、リナの努力は目を見張るものがある。
最初は悲惨な状態だったものの、その日の学びを必ず復習し、次の日にはわからない点を質問する。
ゼノの教え方も、とても丁寧だった。指導の前提となるリナの知識量を把握し、今では彼女の理解度に合わせて的確に説明をしてくれている。
「そうか……君は今も、毎日特訓に付き合っているのか?」
「ええ、そうですね」
毎日早朝から参加しながら、私は思う。
──これ、私いらなくない?
それでもリナは「明日も頑張りますね!」と無邪気に笑い、ゼノは「明日もよろしく」と当然のように言うので、断る理由がないまま続けている。
ゼノが私に妙な言葉を投げかけてくることは、あれ以来ない。
登校時はリナの寮に立ち寄り、彼女と共に校舎に入るようにしているため、ゼノと二人きりになる状況がなかったからということもある。もちろん、意図的にそうしているのだが。
リナとゼノの距離を縮める手助けもしたいが、彼には私自身も気をつけなければならない。
「乗りかかった船ですから。彼女が安心して定期テストに挑めるようになるまでは、付き合うつもりです」
「……っ、君は!」
アレクシスが珍しく声を荒げた。教室内の喧騒に紛れてかろうじて聞こえたが、私は思わず目を見開く。
動揺した彼は、はっとして言葉を止めた。視線を彷徨わせ、口を閉ざす。
「アレクシス様?」
「……いや、なんでもない。すまない、忘れてくれ」
彼は短くそう告げると、視線をそらした。
アレクシスの言いたいことは、なんとなく察しがつく。
「君はなぜ、リナにそこまでする?」
彼はそう言いたいのだろう。
もし彼が、リナの力──「封印の鍵」の力について知っていたなら、こんな疑問は持たなかったかもしれない。
けれど、彼がそれを知るのは、学園祭の夜の舞踏会、グランドナイトガラの後。攻略キャラの個別ルートに進んだ後だ。
私が今それを彼に告げたとしても、なぜその事実を知っているのか、別の疑問を抱かせてしまうだろう。
だからこそ、今は沈黙するしかない。
視界の端で、アレクシスの整った横顔が、何かを思い悩むように遠くを見つめていた。
私に対する特別な感情がないとはいえ、私は彼にとって婚約者だ。その婚約者の不審な行動を訝しむ彼には、心底申し訳ないとは思う。
小さくため息をつき、私は再び授業の準備に手を伸ばした。




