【リナ】特別な光 4
「ルークくんって、クラリス様の弟君だったの……!?」
目の前に座る美少年とクラリス様の関係を初めて知った瞬間、私は驚愕の声を上げた。
私の反応がよほどおかしかったのか、ルークくんは楽しそうに笑った。その顔には、クラリス様の無表情とは対照的に、感情がストレートに表れる。
緑がかった淡い金髪に、明るい空色の瞳。あどけなさが残るその顔を眺めながら、頭に浮かんだのは、どうしても消せない感想だった。
「……似てない」
「え?」
心の中だけのつもりだった言葉が、口から飛び出していた。慌てて口を両手で覆うが、すでに遅い。
ルークくんの顔から、一瞬、表情が消えた。その空色の瞳が微かに揺れるのを見て、私は息を飲む。だが、次の瞬間には、いつもの屈託のない笑顔が戻っていた。
「よく言われるよ。ほら、姉さんって、ああだからさ」
彼はそう言って笑う。その笑顔があまりに自然だったので、私も「そ、そうなんだ」と曖昧な笑みを返した。しかし、彼の笑顔の奥に、何か隠されているような気がして、私は心から笑うことができなかった。
この姉弟には、きっと複雑な事情がある。もう余計な詮索はやめようと、私はそっと心に誓った。
それ以降、私は二人のやり取りに妙に目が向くようになった。気づけば、彼らの関係性を観察してしまっている。
そこでわかったのは、ルークくんのクラリス様に対する態度が、どこかぎこちないということだった。
私には兄弟はいないけれど、孤児院には兄弟のように育った仲間たちがたくさんいたし、彼らの中には実際に血のつながった兄弟もいた。その経験からして、二人の関係は普通の姉弟には見えなかった。
とはいえ、貴族には家督を巡る争いなど、平民には縁のない諍いもあると聞く。おそらく、彼らのぎこちなさもそういった事情から来るものなのだろうと、自分に言い聞かせ、それ以上は気にしないことにした。
──しかし、ある日を境に、ルークくんのクラリス様への態度が変わり始めた。
思い返してみると、あれはライオネル先生との初めての個別指導が終わった後だったかもしれない。確か、ルークくんに「姉さんのこと、どう思う?」と聞かれた日だ。
あのときのルークくんは、普段と変わらない明るさだった。いつもの、ひょうひょうとしたルークくん。
けれど、彼が私に問いかけたあの一言の裏には、どこか引っかかるものがあった。それは、初めて彼がクラリス様の弟だと知ったときに感じた違和感と似ていた。
そのときは、その感触を深く考えることもなく、特に気に留めなかった。
それから、少しずつ気づき始めた。
ルークくんから、クラリス様に対するぎこちなさが薄れている。二人の間にあったわずかな距離感が、縮まりつつある。
いや、正確には──クラリス様の態度は以前と変わらない。ただ、ルークくんのほうが、意識的に彼女との距離を縮めているように見えた。
何がきっかけだったのかはわからない。けれど、彼がクラリス様との関係を改善しようとしていることは、明らかだった。
その変化にいち早く気づけたのは、私が彼らを密かに観察していたからかもしれない。
ルークくんがクラリス様との関係を良くしようとしている様子を見て、私は素直に「良かった」と思った。
クラリス様とルークくんが、もっと家族らしくなれるなら、それが一番だ。
と、思っていたけれど。
「あ、クラリス様!」
授業後、ルークくんと生徒会室へ向かっている途中、こちらに歩いてくるクラリス様の姿を見つけ、思わず声を上げた。生徒会室に向かう途中なのだろう。同じクラスのアレクシス様の姿は見当たらないが、今日は確か公務で欠席のはずだ。
クラリス様も私たちに気づき、こちらに向かってくる。その所作一つとっても美しい。
「ごきげんよう、リナさん、ルーク」
相変わらず、まばゆいほどの美貌。見慣れたはずなのに、やはり直視するのはまぶしすぎる。こんなに完璧な人が私に話しかけてくれるなんて、今でも夢みたいだ。
「今日はゼノ先生の個別指導だったわね。前回の授業の復習は大丈夫かしら?」
「はい! 大丈夫です!」
クラリス様に魔素の感覚を教えてもらってから、少しずつ魔術の手応えを感じられるようになった。魔術の講義は依然として難しいけれど、私が困っていると、クラリス様がすかさず助け舟を出してくれる。不思議なことに、彼女はいつも私のつまずきそうなポイントを、的確に把握しているようだった。
前回の個別指導で教わったのは「魔法陣の描き方」だ。それは本来、もっと早い段階で学ぶはずの内容なのだが、私がようやく追いつけたのがこの一ヶ月後。
家でも一生懸命復習し、つたないながらも一人で魔法陣を描けるようになった。今日、それをクラリス様に見せたくて、私は誇らしげに作品を取り出す。
するとクラリス様は私の前にやってきて、その魔法陣を覗き込んだ。
サラリと流れた彼女の長い黒髪が、目の前で揺れる。微かに漂ってくる上品な香りが鼻をくすぐり、私は一瞬固まった。
目の前に、クラリス様の整った顔がある──
その事実が私の脳をショートさせる。体中の血が一気に顔に集まっていくのがわかる。
「どれどれ」
危うく意識が遠のきかけたその瞬間、明るい声が私を現実に引き戻した。
ルークくんだ。
ホッと息をつくも束の間、私は別の意味で再び固まった。
なんと、ルークくんがクラリス様の肩越しに魔法陣を覗き込んでいるではないか。
二人の顔が近い。いや、近すぎる。
クラリス様の横顔のすぐ隣に、ルークくんの柔らかな緑金の髪と空色の瞳が並ぶ。その距離は、どう見ても姉弟のそれを超えているように見える。
一瞬、クラリス様の目がかすかに見開かれたように見えた。彼女も驚いているのだろうか。
……いや、そりゃ驚くでしょ。
クラリス様とルークくんの近すぎる距離に、私の頭の中は軽くパニック状態だ。年の近い思春期の姉弟が、こんなに自然に近づくものなのだろうか?
──これ、見ちゃいけないやつでは……?
私は目をそらすべきか迷いながら、視線を泳がせた。それ以外の反応をすることができなかった。




