定期テスト対策
「……」
「…………」
「………………」
一枚の紙を挟んで、私たちは沈黙していた。私の前にはカスパー学園長、隣にはゼノが座っている。
ここは学園長室。ライオネルに職員室まで書類を運んでもらった後、私は学園長に呼ばれ、ゼノとともにこの部屋へとやってきていた。
そして、この一枚の紙に目を通し、言葉を失っている。
「……なかなか、手強いですね」
隣のゼノが、苦笑を交えながら口を開いた。紙に書かれている内容の一部を彼もすでに把握しているはずだ。それでも、ここまでとは思っていなかったのだろう。その苦笑には、若干の動揺が含まれていた。
私も改めて、その紙に記された現実に向き合う。
「リナ・ハート 成績表」──紙の上部には、そう記されていた。
この一ヶ月間で行われた小テストの結果がまとめられたこの成績表。それに並ぶ数字は、目を背けたくなるほどだった。
この学園では、貴族社会で必要とされる科目が教えられている。
魔術や剣術といった実践的な技術科目、歴史学や政治学といった知識を深める科目、さらに礼法や音楽・芸術といった教養を培う科目が含まれる。
また、経済学や語学など、将来の実務に役立つ分野も網羅されており、幅広い教育を行うことで、貴族として必要な全ての素養を身につけることを目的としている。
リナの成績には、確かに改善の跡が見られる。最初と比べて、点数が少しずつ上がっているのは事実だ。彼女なりに努力しているのだろう。
だが、それでも一ヶ月後に迫る定期テストの合格点には、到底届きそうにない。
「このままですと、どうしても赤点は免れません。クラリス様、どうぞよろしくお願いいたします」
カスパー学園長は、腹の底が読めない笑みを浮かべている。言外に、先日の夕食会での約束を守れ、と念を押してきているようだった。
もちろん、私もそれを承知している。しかし、あと一ヶ月という限られた時間で……
「私も協力しよう、クラリス嬢」
無言でリナの成績表を見つめていた私に、ゼノが穏やかな声をかけた。
「魔術の個別指導とは別に、早朝に定期テスト対策の時間を設けよう」
──なんと願ってもないご提案!
ゼノは魔術教師でありながら、その知識の広さは学園内でも評判だ。リナの定期テスト対策を任せられる人物として、これ以上の適任はいない。
さらに追加の個別指導となれば、彼との交流が増え、好感度アップも期待できる。一石二鳥ではないか!
私は感謝を伝えようと隣のゼノに顔を向けた。しかし、言葉を発する前に、息を呑んでしまう。
「だから、毎日彼女を連れてきてくれるかい?」
──ち、近い……
思いのほかゼノの顔が近かった。ほんの十センチほどの至近距離にある彼の顔。眼鏡越しに覗くアメジストの瞳が、静かにこちらを見つめている。
「……承知いたしました」
さすがクラリス・エヴァレット。内心の動揺は決して表に出さず、むしろその瞳を見つめ返し、冷静に返答する。
ゼノは満足そうにくすりと笑みを浮かべると、その距離を少しだけ引いた。
ん? あれ、この流れだと……私も毎日リナの定期テスト対策につきあうことになるのでは?
それでは、リナとゼノが二人きりにならない。好感度アップのチャンスが──
とはいえ、こんな非常事態に贅沢を言っている場合ではない。
今はバッドエンド回避が最優先だ。自分の未来を守るためなら、こうなったらとことんつきあってやろう。




