学園祭の準備をしよう
学園祭の準備が始まった。
エリューシア学園の学園祭は、学内最大のイベントだ。各クラスが趣向を凝らした催し物を出し合い、生徒会はその審査や全体の取りまとめを行う。そして学園祭の締めくくりには、ゲーム内の最重要イベントの一つでもある夜の舞踏会、グランドナイトガラが行われる。
そんな大イベントを控え、各クラスから次々と企画案が送られてくる。それらの内容を精査し、許可を出すのも生徒会の重要な仕事だ。
しかし、実質三人、見習いのリナを加えても四人しかいないこの生徒会で、大規模なイベントの準備を取り仕切るのは狂気の沙汰だ。
だが、アレクシスと私の事務処理能力は非常に高い。前世の自分から見ても異常とも言えるほど処理が早い。今世と前世の記憶を持つ私にとって、その感覚は不思議で仕方ない。
それに加え、ルークも優秀だ。彼は私がアレクシスの婚約者となった際、エヴァレット家の跡取りとして分家から連れてこられ、それ以来、苛烈な英才教育を受けてきた。その結果、彼は周りの貴族子息たちを頭一つ、いや二つ抜きん出る存在となった。本人は私と比較して自分を至らないと感じているようだが、それは彼の視野が狭いだけの話だ。
問題はリナだ。
彼女は私たちが高速で事務処理を片付けていくのを、目を丸くして口をぽかんと開けたまま見ている。こら、ヒロインがそんな顔をしてどうするの。
「リナさん」
「は、はいっ!」
私が名前を呼ぶと、リナは慌てて開いていた口を閉じ、姿勢を正した。
「あなたにはこれをお願いするわ」
そう言いながら、私はリナに届いたばかりの書類の山を手渡す。
「書類の仕分けよ」
生徒会に届けられた企画書を、イベント系、飲食系、クラス企画、個人企画といったカテゴリーに分類する作業だ。
学園祭など初めて経験する彼女にとっては、いきなり無理なお願いだということはわかっている。
──むしろ、それが狙いだ。
「アレクシス様」
すでに大半の書類処理を終え、紅茶を飲みながら一息ついていたアレクシスに視線を送る。彼は書類の束越しにこちらを見上げ、訝しげな表情を浮かべた。
「わたくしはこれからこちらの書類を職員室に持っていきますので、リナのフォローをお願いいたします」
「……は?」
「え?」
素っ頓狂な声を上げる二人を横目に、私は構わずルークへと視線を移す。彼はまだ割り当てられた書類の処理を終えていないが、余裕はありそうだ。
「ルーク、あなたもそれが終わったらリナの手伝いをお願いね」
「え~、逆に姉さんが僕を手伝ってよ」
唇を尖らせながら、上目遣いでこちらを見上げてくるルークに、私は一瞬息が止まりそうになった。
年下で、弟で、今まで意識してこなかったけれど──ルークもれっきとした攻略対象なのだ。
淡い若葉色を帯びた金髪は陽光を受けて柔らかく輝き、空色の瞳には人懐っこい光が宿っている。その無防備な笑顔には、年上の女性の庇護欲をくすぐる力があるに違いない。
齢十五にしてこの破壊力。末恐ろしい……
しかも最近、ルークの私への態度が軟化している気がする。
もともと完璧を求められるエヴァレット家の暮らしに息苦しさを覚えていたルークは、ヒロインと絆を深めるうちに、自分の力が彼女のためになることを理解し、自分の立場を受け入れていく。──これがルークの個別ルートの展開だったはずだ。
最終的には姉であるクラリスとも和解し、ハッピーエンドを迎える。それが彼のシナリオだ。
だが、現状を見る限り、リナとの好感度がそこまで上がっているようには見えない。というか、その魅力を姉に向かって発揮してどうする。順番が逆だ。
ちらりとリナに視線をやると、彼女は両手で口元を覆い、小刻みに震えていた。その顔は真っ赤だ。どうやらこの攻撃は、リナにも効果抜群のようだ。それならそれで良しとしよう。
「……あなたならできるでしょう」
私は内心の動揺を悟られないように、わざとらしくコホンと咳払いを一つしてから、生徒会室を後にした。




