エヴァレット家の夕食 2
完全に忘れていた。
そうだった。あまりにステータスが低いと、定期テストで赤点を取ってしまい、そのまま退学──つまり、ゲームオーバーになるのだ。
学園祭の準備も始まるが、同時に定期テスト対策も必要になる。ようやくスタートラインに立ったばかりだというのに、初期ステータスがポンコツでは合格点に到達できる気がしない。
カスパーを玄関先で見送った後、私は軽くこめかみを押さえた。思った以上に厳しい状況に、じわりと頭痛が押し寄せてくる。
「……姉さんは」
隣にいたルークがぽつりと呟く。その言葉に視線を向けると、彼はカスパーが去っていった方向を見つめたまま、続けた。
「姉さんは、学園長に頼まれてリナのことを助けていたんだね」
その言葉に、私は一瞬返答に詰まった。確かにカスパーから依頼されたが、実際にはその前からリナのサポートをするつもりだった。だって、そうしなければ──世界が終わる。私も死ぬ。
とはいえ、その背景を説明するわけにもいかない。
「ええ。生徒会でサポートしてほしいとお願いされたの」
嘘はついていない。本当のことをすべて言っていないだけ。
しかしルークは、それで納得したのか、どことなく嬉しそうな声音で「そっか」と呟いた。一体どこに彼を喜ばせる要素があったのだろうか。
先ほど部屋に迎えに来てくれたときとは打って変わった上機嫌で部屋に戻っていくルークの背中を、首を傾げながら見送る。まあ、元気になってくれたのは悪いことではない。
「クラリス」
今度は父が口を開いた。いつもの無機質な声で、私の名前を呼ぶ。
「はい」
私は居住まいを正した。父が私の名前を呼ぶときは、たいてい課題を与えるときだ。気を抜けない。
「リナ・ハートを完璧にサポートしろ」
その課題の内容がどれだけ過酷なものであろうと、普段の私は即座に「はい」と答える。
しかし、今回は父の言葉に奇妙な違和感を覚え、返事が遅れた。
宰相である父は、リナが「封印の鍵」であることを知っているはずだ。彼女をサポートする必要があるのも理解している。
ただ──
いつもは無感情な父の声に、確かに何かの感情が混じっていた。それが何なのか、私にはわからなかった。
「……承知いたしました」
幸い、私の返事が遅れたことについて、父は何も言わなかった。小さく頷いた彼は、私に背を向けて歩き出す。
数歩進んだところで足を止め、振り向きもせず言葉を落とした。
「エヴァレット家の家訓を忘れるな」
──完璧であれ。
そのまま歩き去る父の背中を、私はただ見送ることしかできなかった。




