【ライオネル】剣を取る理由 3
学園を卒業後、俺は王立騎士団に入団した。ここも貴族の子息や令嬢が大半を占めていたが、中には俺のように学園卒の平民出身者も少なからずいた。彼らとは自然と親しくなり、情報を共有したり、励まし合ったりすることもあった。
騎士団での日々は悪くなかった。剣術の鍛錬に励み、自分より強い相手と剣を交えることで、成長を実感できた。特に、その時点で騎士団長となっていたヴィンセント団長の指導は厳しくも的確で、俺をさらに高みへと押し上げてくれた。
ただ、剣を振り続けるその裏で、俺は自分自身の中にある空虚な部分をずっと誤魔化していた。
──自分は何のために剣を振るうのか。
その問いが、頭の片隅をかすめることがたびたびあった。剣を握る理由を自問するたびに、俺は目を逸らしていた。触れたくない何かがその問いの先にあるとわかっていたからだ。
そんな俺が、それに正面から向き合うことになったのは、クラリス殿の言葉を聞いたときだった。
「あなたは誰かを守るために、この剣を振るうのよ」
その言葉は、俺の胸を鋭く貫いた。ひどく当たり前の結論に思えるその一言が、俺にとってどれほど重い意味を持っていたか。
──そうだ。俺は、守りたくて剣を取ったのだ。
あのとき、守れなかった弟を──エリアスを守りたくて。
両親を病で失った後、俺たち兄弟はお互いを支え合いながら生きてきた。エリアスは幼いながらも家事を手伝い、俺が生活費を稼ぎに行っている間には森で果物を集めてくれるなど、本当に健気な弟だった。少しでも俺の負担を減らそうと、一所懸命だった。
「兄ちゃん! 森で珍しい果物を見つけたんだ!」
ある日、エリアスが嬉しそうにそんなことを言うので、俺たちは二人で森へ向かった。
弟は最近、森の奥まで足を延ばしているらしかった。危ないから行くなと言っても、大丈夫だと笑うばかりで、全く聞く耳を持たない。
あれは、そんなエリアスの頑固さを甘く見ていた俺の油断が招いた最悪の結果だった。
森の奥深くに踏み入れたそのとき、それは現れた。
全身を青い毛で覆われた獣。圧倒的な威圧感。町の近くでは見たことのないその異形に、息が詰まる。直感的に理解した。こいつは強い──俺たちなど相手にならない、圧倒的な力を持つ存在だ。
俺は反射的にエリアスを背後にかばい、護身用の剣を引き抜いた。
──勝てるわけがない。頭ではそう理解していた。だがせめて、弟だけは助けなければ。
「エリアス、逃げろ!」
「でも、兄ちゃん──」
「俺は大丈夫だから! 早く逃げるんだ!」
めったに怒らない俺の怒声に、エリアスが驚いて震えたのがわかった。だが、そんなことに構っていられる状況ではなかった。
弟が躊躇いがちに後ずさるのを感じ取り、俺は一歩前に踏み出し、獣を迎え撃とうと剣を構え直した。
だが、次の瞬間、獣が地面を蹴り上げた。
飛び上がったその巨体は俺の頭上を軽々と越え、背後で逃げようとしていたエリアスに飛びかかった。
「エリアス!」
叫び声が喉を焼くように迸る。振り返った俺の視界には、獣の鋭い鉤爪がエリアスの背を引き裂く光景が飛び込んできた。
弟の小さな体が、血しぶきを纏いながら地面に崩れ落ちる。時間が止まったように思えた。俺の喉から、叫びにならない叫びが絞り出される。
その赤い飛沫が、俺の目に、そして心に深く焼き付けられた。
──そこからの記憶は曖昧だ。断片的にしか思い出せない。
無我夢中で剣を振り回し、目の前の獣を倒そうと必死だった。しかし、当時の俺には剣術の心得などほとんどなく、その強大な魔物を倒すには力も技も圧倒的に足りなかった。
俺がエリアスの後を追わずに済んだのは、たまたま森に入っていた師匠が俺の叫び声を聞きつけ、間一髪で魔物を討伐してくれたからだ。
師匠は俺とエリアスの亡骸を町へ連れ帰り、弟を丁重に弔ってくれた。
俺は弟の墓の前で、抜け殻のように立ち尽くしていた。手の中には血まみれになった剣。それをただ見つめるだけで、涙ひとつ出なかった。
無力だった。何も守れなかった。俺にはそれだけが痛いほどわかっていた。
そんな俺を見かねたのだろう。師匠はそれから、俺を家族のように受け入れ、保護者として面倒を見てくれるようになった。
「剣術を習ってみないか」
師匠に勧められるまま、俺は剣を握り、彼の道場で剣術を学び始めた。
そのおかげで、俺は少しずつ正気を取り戻していった。剣を振るうことは心を無にし、悲しみや怒りを忘れさせてくれた。無心で稽古を重ねるたびに、失ったものの痛みが薄れていくような気がした。
だが、なぜ俺が剣を握ろうと思ったのか、その理由については深く考えることを避けていた。
気づくと、その答えが心の奥深くに埋もれてしまい、思い出せなくなっていたのだ。
今日も、もう一本投稿します。




