ヒロインの笑顔 1
「クラリス様、今日もよろしくお願いします!」
ゼノの個別指導の次の日、生徒会室にやってきたリナは、開口一番そう言って、勢いよく私に向かって頭を下げた。
その勢いに押され、私は思わず一歩下がる。
彼女は再び勢いよく頭を上げ、大きな緑色の瞳を輝かせながらこちらを見つめてきた。瞳の中には、昨日とは別人のようなやる気がみなぎっている。
え、何? 何がどうしたの?
昨日はゼノの研究室から走り去った後、戻ってこなかったので心配していたけれど、杞憂だったようだ。なんだかよくわからないが、彼女はやる気を出しているらしい。
それなら僥倖。なにせ今日はライオネルの個別指導の日だ。やる気があるに越したことはない。
「今日も君がついていくのか?」
生徒会長席でアレクシスが両肘をつき、絡めた指の甲に顎を乗せ、不機嫌そうな視線をこちらに向けた。
「はい、そのつもりです」
私は冷静に答える。もちろん、今日もリナについていく。
昨日の個別指導で分かったが、彼女は”きっかけ”を掴めていない。魔術であれば魔素、その感覚を理解しない限り、どれだけ理論を教わっても魔術を使えるようになるはずがない。
そしてそれは、この学園──貴族が中心の環境では、教えられるものではない。
だからこそ、この前世の記憶を持つ私が、彼女に”きっかけ”を与えてあげるべきなのだ。
だが、アレクシスはどこか不満げに見える。
ん? これはもしかして、自分が付き添いたいということ?
いつの間にかアレクシスのリナへの好感度が上がっていたのだろうか。私の知らないところでイベントが発生していた? いや、今の状態でそんなイベントが起こるタイミングがあったかしら……
私が内心の動揺を抑えつつ口を開こうとしたとき、隣から明るい声が響いた。
「今日はライオネル先生の個別指導だよね? 僕も行きたいな」
声の主はルークだ。
彼は目の前の書類の束を脇に置いて立ち上がった。
「ルーク。あなた、その書類は書き終わったの?」
冷たい視線を向けると、彼は目を逸らして苦笑した。
「いや~……ははは」
なるほど、書記としての仕事に早くも飽きが来たようだ。もともと体を動かすのが好きな彼には、机に向かいっぱなしの作業は性に合わないのだろう。
私は脇に置かれた書類の束に目をやる。ふむ、個別指導が終わってからでも、彼なら十分片付けられる量だ。
「いいでしょう。あなたもいらっしゃい」
「何!?」
「やった!」
私の了承の言葉に、アレクシスとルークの声が同時に上がる。
その反応に驚き、私とリナ、そしてルークの視線がアレクシスに集中する。
彼はしまったと言わんばかりに口を押さえ、目を泳がせた。
「……なんでもない」
アレクシスはバツが悪そうに顔を背けると、そのまま立ち上がり、生徒会室を出て行ってしまった。
「あ~……アレクシスも来たかったのかなぁ」
ルークが困ったように頭を掻く。
アレクシスが来たかった? 何その寂しがり屋みたいなの。
あの王太子がそんな可愛いことを思うはずがない……いや、そうとも言い切れない?
ともあれ、今日はライオネルとの個別指導が最優先だ。後日、アレクシスを仲間に加えるタイミングを考えるとして、今はリナの成長に集中しなければ。
「さて、参りましょうか。リナさん、準備はいいかしら?」
「はいっ!」
リナの快活な声に、私は微かに頷いてから生徒会室を後にした。今日は何としてでも、リナに次の”きっかけ”を掴ませてみせる。




