【リナ】手のひらのぬくもり 5
あの後も、私の学園生活は散々だった。
魔術の授業では、未だに初級魔術の構築にすら成功せず、剣術の授業では木剣での稽古すら禁じられ、ひたすら筋トレに励む日々。筋トレは嫌いじゃないけれど、これでは何のためにエリューシア学園に入学したのかわからない。
街に出て働き始めたほうがよかったのではないか、とさえ思えてくる。
最悪、不良生徒として退学処分になるかもしれない。それを考えるたびに、セシリア院長の温かな笑顔が頭をよぎる。
学園を追い出されたら、あの人にどう顔向けすればいいのかわからない。
そんな不安に押しつぶされそうになっていたある日、学園長先生に肩を叩かれた。
──これが噂に聞く肩叩きというやつか。
退学を覚悟し、諦めの気持ちを胸に学園長先生の話を聞き始めた。
だが、学園長先生の口から出た言葉は、私の予想を大きく裏切るものだった。
「私はあなたに期待しているのです」
その一言に、心臓が大きく跳ねた。
学園長先生は穏やかな笑みを浮かべながら、私を励ましてくれた。
平民出身であることや、今はまだ慣れていないだけだと優しく言葉を選びながら、「慣れるまでの間、学園を挙げてサポートする」と断言してくれたのだ。
その温かさに、私は感激で胸がいっぱいになった。なんて優しいの、この学園は。
──しかし、その後に続いた言葉が、私を驚愕させた。
「具体的なサポートとして、生徒代表である生徒会のメンバーが、あなたを指導してくれます。そして、教師代表としてゼノ先生とライオネル殿にも協力をお願いしています」
え? 生徒会? ゼノ先生? ライオネル先生?
それだけでも十分すぎる豪華メンバーに、頭が追いつかない。だが、さらに学園長先生は続けた。
「生徒会のメンバーというのは、アレクシス殿下とクラリス嬢ですよ」
頭の中が真っ白になった。
──王太子殿下とクラリス様!?
脳内で何度もその名前を反芻する。あの冷たい視線のクラリス様と、あの完璧すぎる王太子殿下が、私の指導役になるというの?
ありがたいというより、怖い。どうして私がそんな大それた人たちのお世話になるのか理解できない。
それでも学園長先生の期待に応えたい一心で、私は小さく頷いた。
それがどうしてこんなことに。
私はゼノ先生の研究室から逃げ帰った後、自室のベッドの上でうずくまっていた。
生徒会にサポートしてもらうために生徒会室を訪れたはずなのに、なぜかそのまま生徒会の見習いにされてしまった。
見習いとはいえ、生徒会の一員になったのだ。
わけがわからない。
一緒に生徒会に入ったルークくんはわかる。彼は私が見てもわかるぐらい優秀だもの。その気取らない性格と明るさから、クラスのみんなからの信頼も厚い。
彼は私が平民だからといって差別するようなことはなく、むしろ気さくに話しかけてくれる。
「ルーク様」と呼んだときには、「それはやめてほしい」と苦い顔をされた。筆頭公爵家の跡取りだと聞いていたから、きちんと敬意を払おうと思ったのだけど、彼は堅苦しい関係が嫌いらしい。
そのルークくんがクラリス様の弟だと知ったときには、本当に驚いた。だって、二人は全然似ていない。顔も性格も。
とはいえ、彼の優秀さは間違いない。生徒会の役員に足る人物だと思う。
──一方の私は?
学園でも底辺の落ちこぼれである私が、優秀な人たちのサポートを受けるに値するのだろうか。
胸の奥から湧き上がる不安と自信のなさに、心がずしりと重くなる。
沈みかけた気持ちを振り払うかのように、ぎゅっと目を閉じた。
──これじゃダメだ! リナ、頑張るのよ!
せっかく周りがサポートしてくれるんだから、あなたがしっかりしないでどうするの!?
自分の手のひらを見つめた。その瞬間、クラリス様の冷たいけれど優しい手の感触が蘇り、思わず頬がほてるのを感じる。
あの方は本当に不思議な人だ。冷たい瞳で見つめてくるのに、その奥にはどこか温かさが潜んでいる。私が困ったとき、見て見ぬふりをせず、厳しい言葉とともに手を差し伸べてくれた。その手は私の震える手をしっかりと包み込んでいた。
──頑張らなきゃ。私にできることを精一杯やるんだ。
決意を胸に秘め、私は手のひらをぎゅっと握り込んだ。




