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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第九章 完全無欠の悪役令嬢はやっぱりポンコツヒロインをほうっておけない

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そんな裏設定とか聞いてない

 謁見の間に入ってきたのは、国王陛下、宰相、騎士団長、そして魔術師団長。


 彼らが現れる前に、この場にいたリナ、アレクシス、ルーク、ライオネル、ゼノ、そして私以外の者は、すでに退出を命じられていた。


 私がアルフォンス陛下の登場に合わせて礼を取ろうとすると、陛下はそれを素早く手で制した。


「よい。まだ傷も完治したわけではないのだろう? 無理やり呼び出してすまなかったな、クラリス」


 気さくながらも威厳を保った声でそう言うと、陛下は玉座に腰を下ろした。

 その周囲には、宰相を始めとした国の要職たちが立ち並ぶ。


 ──この光景、知っている。

 これは、私が記憶している“あのイベント”とまったく同じだ。


 ヒロインはこの国の中枢にいる者たちに囲まれ、不安に押しつぶされそうになる。

 しかし、隣に立つ攻略キャラのフォローによって、落ち着きを取り戻す。

 そして──頬を染めながら、こう言うのだ。


「そばに……いてくれますか? あなたがいてくれれば……私、頑張れる気がするんです」


 ……くーっ! エモい!!

 個別ルートに入ったからこそ見られる、二人だけの世界……!! たまらない!!


 私はリナの立ち位置を確認するため、ちらりと視線を向けた。


 ──思ったよりも近くにいた。

 彼女はすぐ傍で、私のドレスの裾をぎゅっと掴んでいる。


 ……うん? 待って。

 攻略キャラ全員が揃っているのに、なぜヒロインのあなたが、こっち側にいるの?


 私とリナが並んで立ち、その後ろに攻略キャラたちが控えている。

 立ち位置の妙にツッコミを入れようとしたが、リナの表情を見て言葉を飲み込んだ。


「クラリス様……」


 リナの瞳には不安の色が宿っていた。

 おそらく、これから何を告げられるのか──彼女も知らないのだろう。

 この一ヶ月、あの「古代の神」に関する情報も与えられず、ただ答えのない時間を過ごしていたのかもしれない。


 そう考えた瞬間、私は無意識のうちにリナの手を取っていた。


「大丈夫よ、リナ。あなたは一人じゃないわ」


 ──あなたには、絆を結んだ人がいるのだから。


 それが誰なのかは、私にはわからない。

 けれど、彼女が「封印の鍵」を手にしたということは、間違いなくその証だ。


 リナは私の顔と、重ねられた手を交互に見つめ、頬をほんのりと染めた。


「……はい!」


 その笑顔は、まるで花が咲いたように可憐で。

 心の奥がじんわりと温かくなる。


 ──ああ、あなたは本当に立派なヒロインになったわね。


 その実感に、目頭が熱くなった。


 私たちの様子を玉座から眺めていた国王陛下は、口元にかすかな笑みを浮かべると、低く響く声で告げた。


「──では、話を始めよう」


 その一言を合図に、陛下の語りが始まった。

 一ヶ月前、グランドナイトガラの夜に起こった騒動の顛末を──


 あの夜、学園に現れた大量の魔物は、学園内の魔素濃度が異常に上昇したことが原因だという。

 ただし、通常の魔素上昇であれば、その場にいた生物が魔物化するはず。

 だが今回は、どこからともなく魔物が現れた。

 ──その原因は、いまだ解明されていない。


 幸い、学園には魔術師団長シリルによる結界が施されていたため、魔素の影響は外部に漏れなかった。

 被害は学園内部に留まり、生徒の多くは軽傷で済んだという。……私を除いて。


 ガラに参加していなかった教師陣や、近隣で訓練を行っていた騎士団の救援が早かったおかげで、最悪の事態は免れたらしい。

 現在、学園は原因の調査のために一時閉鎖されている。


 そこまで話すと、アルフォンス陛下は視線をリナに向けた。


「──リナ・ハート」

「は、はいっ!」


 ──来た。あのシーンだ。


 握りしめた拳に力が入る。

 私は込み上げる緊張を、必死で抑えた。


 突然名を呼ばれたリナは、裏返った声で返事をし、慌てて背筋を伸ばす。

 私の手を握るリナの指先に、ぎゅっと力がこもった。

 ……相変わらずのパワー。ちょっと痛いけれど、我慢する。


「まだ全容を解明できたわけではない。──だが、一つだけ確かなことがある」


 陛下の声には、揺るぎない確信が宿っていた。


「あの魔物たちは、そなたの“力”を狙って現れたのだ」


 その瞬間、謁見の間にいる全員の視線がリナへと向かう。

 静寂が、場を支配した。


「え、えっと……?」


 リナは戸惑い、困惑の色を浮かべたまま固まっている。

 突然の注目に、言葉が出てこないようだ。


 陛下はそんな彼女を見て、苦笑しながら自らの胸元を指先で軽く叩いた。


「──そなたが首から下げている、その『封印の鍵』の力を、奴らは狙ったのだよ」


 「封印の鍵」という言葉に、リナがはっと息を呑んだ。

 一瞬、私の方を見てから、視線を胸元へと落とす。

 服の下に隠していた“それ”を、震える手でそっと取り出した。


 そこには──


「これ……?」


 古い意匠で、壊れてしまいそうなほど繊細な形。

 中心には、リナの瞳と同じ色をした緑の宝石がきらめいている──小さな鍵だった。


 ──ああ、やっぱりモノホンは違う……!!


 思わず手に取って、まじまじと眺めたくなる衝動を必死に抑える。

 グランドナイトガラの夜にも目にしていたが、あれは幻だったのではないかと、自分の記憶を疑っていたのだ。


 この鍵が登場するのは、終盤も終盤。個別ルートの最終盤、ヒロインと攻略キャラの絆が最高潮に達したときだ。

 その場に自分が居合わせることなどないと思っていたから──

 まさか今、この目で見る日が来るなんて。


 ……本当に良かった。

 少しフライング気味ではあるけれど、リナは「封印の鍵」を手に入れ、「古代の神」に対抗する力を得た。

 ゲームのシナリオ通り──このまま彼女はヒロインらしく、世界を救うのだろう。


 ──私は、やりきったのだ。

 怪我はしてしまったけれど、死ななかった。

 こうしてここで、重要イベントに立ち会えるというご褒美までいただけた。


 ……もう、悔いはない。

 あとは余生を静かに──


「クラリス」


 感動のあまり心の中で咽び泣いていたところに、不意に陛下の声が落ちてきた。

 内側の感情を慌てて押し込み、私は冷静を装って顔を上げる。


「はい」


 返事をしながらも、なぜここで自分が呼ばれたのか理解できず、頭の中に疑問符が浮かぶ。

 本来のシナリオなら、ここで陛下が「封印の鍵」にまつわる伝承を語る場面のはずなのに──


 そんな疑問を抱いたまま、陛下の言葉を待つ。


 次の瞬間、放たれた一言に、私は固まった。


「そなたが知っていることを、すべて話してほしい」


 ──え?


 謁見の間にいる全員の視線が、私に集まる。


 アレクシスは、強い意志を宿した目で。

 ライオネルは、心配そうに。

 ルークは、困惑を隠せず。

 ゼノは──まるで何かを見守るように。


 隣のリナの顔には、不安の色がにじんでいた。


 背筋を冷たい汗が伝う。視線が痛い。


 ──え、なにこれ。

 全部言わなきゃいけない雰囲気……!?


 一瞬で口の中が乾いていく。

 何を言えばいいのかわからないまま、思考が真っ白になった。


 私は転生者で。

 ここは、前世でプレイしていた乙女ゲームの世界で。

 あなたたちは、攻略キャラなんです──


 ……ダメだ。どう考えても異常者だ。

 言ったら正気を疑われる。

 せっかく回避した死亡フラグを、自ら立てに行くようなものだ。


「クラリス様……?」


 リナの声が、遠くで響く。

 混乱が極限まで高まり、視界がかすみ始めた。


 どうしよう。

 どうしよう──


「──クラリス」


 その声は、頭上から落ちてきた。


 恐る恐る顔を上げる。

 ぼやけた焦点の先にいたのは──父だった。


 父は、いつも通り無表情だ。

 ただ、その瞳の奥に──何かを決意したような色が宿っている。


 ゆっくりと、父の口が開かれた。


「お前が──前世の記憶から知ったことを、すべて話しなさい」


 ──全身の血の気が引く。


 なぜ。

 なぜ、あなたがそれを……


 驚愕で体が震えた。

 私は、まだ誰にも言っていない。

 自分が前世の記憶を持っていることも、ここが乙女ゲームの世界であることも。


 ゼノにだって、話していないのに。


 なのに、なぜ。

 なぜ──父が、それを知っているの。


「前世? どういうことだ、エドワード」


 玉座に座る王が、片眉を上げながら宰相を見上げた。


 陛下の反応を見る限り──この話を知っていたのは、父だけらしい。


 父は視線を一瞬だけ陛下に向けると、すぐに私へと戻した。


「……エヴァレット家には、時折、前世の記憶──そして、未来を予知する力を持つ者が現れます」


 謁見の間に、ざわめきが走る。

 ここにいる全員の視線が、私と父の間を往復した。


 私も──例外ではなかった。

 父が何を言おうとしているのか、理解が追いつかない。


 ……え? そうなの?

 エヴァレット家って、そんな家だったの?


 そんな裏設定、聞いてないんだけど!?


 周囲が静まり返る中、私だけが別の意味で混乱していた。


 父は私の心中などお構いなしに、淡々と続ける。


「それは……我々が、『封印の鍵』を守る──“守護者”だからです」


 …………え?

 なにそれ。


 私は──完全に、思考を停止した。


予想外の方向からの変化球に反応できないクラリス。

まさかの裏設定が出てきました。


今回のX投稿イラストは、困惑するクラリスです。


次回ep.152では、「封印の鍵」の守護者について語られます。

12月2日(火) 19:00更新予定です。お楽しみに!


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どうぞよろしくお願いいたします!!

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 https://youtube.com/shorts/IHpcXT5m8eA
(※音が出ます。音量にご注意ください)
(本作10万PV記念のショート動画です)

◆スピンオフ短編公開中!◆
 『わたくしの推しは筆頭公爵令嬢──あなたを王妃の座にお連れします』
(クラリスとレティシアの“はじまり”を描いた物語です)

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 『毎日プロポーズしてくる魔導師様から逃げたいのに、転移先がまた彼の隣です』
(社畜OLと美形魔導師様の、逃げられない溺愛ラブコメです)

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 完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない
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