全員集合とか聞いてない 2
謁見の間に入ると、国王陛下と宰相である父の姿はまだなかった。
けれど、視線の先に──ずっと気にかけていた人物を見つけ、ほっと息を吐く。
「クラリス様……?」
相手も、すぐにこちらに気づいた。
大きなエメラルドグリーンの瞳を見開いたリナが、信じられないものを見るように私を見つめていた。
今日のリナは、淡い水色のドレスに身を包み、胸元には小さな宝石が光っている。
柔らかな水色が彼女の白い肌を優しく引き立て、まさにヒロインらしい装いだった。
──大変、可愛らしくてよろしい。うん、百点満点。
などと心の中で頷いていたせいで、リナの全力タックルに対する備えがまるでできていなかった。
「クラリス様っ!!」
不意を突かれたが、なんとか彼女の体を受け止める。
せっかくの可愛い装いなのに、すでに顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
──それだけ、心配をかけてしまったということだ。
その事実に胸が痛む。
……力いっぱいの突撃で肩の傷も痛んだが、顔には出さないでおこう。鋼鉄の表情筋は、今日も健在である。
私はリナの顔をハンカチでそっと拭き、穏やかに言葉をかけた。
「心配をかけてごめんなさい。……わたくしは、もう大丈夫よ」
「クラリスさまぁ……っ!!」
──せっかく拭いたのに。
次から次へと涙があふれてきて、努力は一瞬で水泡に帰した。
……まぁ、今回はもういいだろう。
なにせ、彼女はすでに絆を結んだ相手がいるのだ。
このくらいの失態は、誤差の範囲だ。
そんな彼女の顔を拭き続けていると、ふと視線を感じた。
そちらに目を向けると、リナの後ろでライオネルが静かに佇んでいた。
その穏やかなアイスグレーの瞳にも、リナと同じ安堵の色が浮かんでいる。
「……ご無事で、何よりです」
短い言葉の中に、深い感情が滲んでいた。
胸の奥がじんわりと温かくなる。彼にも心配をかけてしまったのだ。
「ありがとうございます、ライオネル様──」
彼の名を呼んだ瞬間、私は内心で小さく首を傾げた。
今、この謁見の間には──
アレクシス、ライオネル、ルーク。
……三人の攻略キャラが、いる。
私の知るこのイベントでは、本来ここにいるのはヒロインと“選ばれた相手”ただ一人のはずだ。
なのに、なぜ三人も……?
混乱が広がる中、さらに奥の方にもう一人の姿を見つけ、思わず息を呑む。
──嘘。どうして、あなたが。
私の視界の先で、その人物が静かに歩み寄ってくる。
気づけば、彼は私の目の前に立っていた。
眼鏡の奥のアメジストが、いたずらっぽく輝く。
「──こんにちは、クラリス嬢。元気になったようだね」
唇に浮かぶ微笑は、いつもと変わらぬ妖艶さ。
けれど──私の思考は追いつかず、ただ、彼を見つめることしかできなかった。
……情報を整理しよう。
ここは謁見の間。
これから起こるイベントは、ヒロインが自身の運命を明かされるというもの。
だから、リナがここにいるのは当然だ。
私が呼ばれた理由も、おそらく──あの夜の事件を予見していたからだろう。
そこまでは、いい。
問題は、攻略キャラの四人。
ルークは私の付き添い。
アレクシスはエスコート役。
ライオネルは、どうやらリナの護衛として同行しているようだ。
なぜ護衛に──とは思わない。
リナはこの国にとって最重要人物。今回こそ無事だったが、次に同じことが起これば、彼女を守れる防衛線が必要だ。
そして──ゼノ。
彼は「王家の影」としてではなく、証言者としてここに呼ばれたらしい。
あの場で「古代の神」と対峙したのは、私とリナ、そして彼だけ。
表向き一介の魔術教師である彼も、関係者として呼ばれてもおかしくはない。
……いや。
おかしい。おかしすぎる。
私が知るシナリオとは、あまりにも違う。
アレクシス、ライオネル、ルーク──この三人はまだ理解できる。
彼らはリナと絆を結んだ可能性がある。
フラグもばっちり、好感度も十分なはず。
でも──ゼノは違う。
彼のルートは、あの必須フラグを逃した時点で消滅していたはずだ。
なのに、なぜ彼はここにいるの?
一体、これから何が起こるというの……!?
馬車の中で膨らませていた妄想は粉々に弾け、頭の中は不安で埋め尽くされていく。
そして、情報の整理が追いつかないまま──
国王陛下の参上が告げられた。
妄想にふけっている場合ではありませんでした。
全員集合したイベントで、何が起こるのか──
今回のX投稿イラストは、ヒロイン&悪役令嬢&攻略キャラ、全員集合!
次回ep.151では、クラリスも知らなかった事実が発覚。
11月28日(金) 19:00更新予定です。お楽しみに!
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