全員集合とか聞いてない 1
二週間もすると、だいぶ体力も戻ってきた。
エミリアの助けを借りながらであれば、歩くこともできるようになった。
どう考えても二週間で歩けるようになるレベルの怪我ではなかったはずだが──
やはり、強制的にでも傷を塞ぐ治癒魔術の効果は絶大らしい。
治癒魔術、すごい。
痛みにのたうちながら何度も罵倒したけれど、今ならジャンピング土下座で謝れる。
……ジャンプは、まだ無理だけど。
久しぶりに部屋を出ると、廊下の先にルークの姿があった。
彼は私が出てきたのを見て、目を丸くした後──安堵したように笑った。
ただ、その笑顔は少しだけ悲しげだった。
……こんなよちよち歩きの姉を見れば、無理もない。
本当に、心の底から申し訳ない。
ルークは私に歩み寄ると、エミリアから私の手を受け取り、自然に腰を支えてくれた。
あまりにも自然な動作に、驚きと照れが入り混じって、口にしようとしていた謝罪の言葉が喉の奥に引っ込む。
──近い。近いから。
傷よりも、心臓が悲鳴を上げるから。
「今度から、外に出たいときは僕に言って。僕が支えるから」
「え、ええ……ありがとう」
謝罪の代わりに、なんとか御礼の言葉を絞り出す。
そのまま、彼の手に支えられながら、ゆっくりと廊下を歩いた。
しばらくして、ルークがぽつりとこぼす。
「……でも、無理しなくていいんだよ」
顔を上げると、そこには心配を隠しきれない弟の表情があった。
ああ、本当に──
「……心配をかけて、ごめんなさい」
今度はするりと、素直な気持ちが口をついて出た。
ルークは少し困ったように眉を下げ、それでも優しく笑って、私の手をぎゅっと握り返した。
「ものすごく──心配したよ」
……うん。本当に、ごめん。
その言葉は胸の奥でそっと呟くだけにして、私は小さく頷いた。
ようやく一人で歩けるようになった頃、城へ向かう日取りが決まった。
グランドナイトガラの夜から、すでに一ヶ月が経過していた。
この間、私はリナやルーク以外の攻略キャラたちとは会っていない。
どうやら、父とルークが面会謝絶にしてくれていたようだ。
正直なところ、ありがたかった。
こんな要介護状態の姿を、誰にも見られたくなかったのだ。
エミリアに登城の支度を整えてもらい、私は鏡の前に立つ。
今日のドレスは、淡いブルーグレーのロングドレス。
肩をすっぽり覆うデザインで、怪我の跡が見えないよう仕立てられている。
その上から薄いレースのショールを羽織り、肌の露出を最小限に抑えた。
……我ながら、完全防備である。
この一ヶ月で、ずいぶんと痩せてしまった気がする。
腰のあたりの布が少し余り、手直しが必要そうだった。
──理想のくびれが手に入ったのだと、前向きに考えることにする。
深く息を整え、私は部屋を出た。
廊下の外では、当然のようにルークが待っていた。
これまた当然のように手を差し出し、見事なエスコートを見せる。
腰を支えようとする彼の手を、片手で制した。
「もう一人で歩けるわ」
「それは残念」
口ではそう言いながらも、彼の笑顔はどこか嬉しそうだった。
……私の回復を、心から喜んでくれているのだろう。
その笑顔を見て、胸の奥がふっと温かくなるのを感じた。
父はすでに城へ向かっていたため、今日は私ひとりで登城する──
……と思いきや、ルークも同行するらしい。
確かに、彼は普段着ではなく、登城用の礼服を身にまとっていた。
「大丈夫よ」と言いかけた唇が、寸前で止まった。
──今日は、リナも城に来ることになっている。
ということは、私の知っている“あのイベント”──
ヒロインが自身の秘密を知る、大切なイベントが始まるのかもしれない。
そしてそのとき、彼女の隣に立つのは……
彼女が選んだ、“想い人”。
もしかしたら、ルークが──
胸の鼓動が少しだけ早くなる。
けれど、そんな動揺は心の奥底に押し込め、私は表情を崩さなかった。
──今日が大事な“イベント日”であるのならば。
気を引き締めなければならない……!
心のシャッター、準備完了。
スチルを記録するアルバムは、あなたの心の中に。
いざ、イベント会場へ。
馬車に揺られながら、私は決意に満ちた眼差しで窓の外を見つめ続けた。
危険人物として断罪されるかもしれない──そんな考えは、いつの間にか頭の片隅から消えていた。
今の私の心は、ただひとつ。
まだ見ぬイベントへの期待で、いっぱいだった。
馬車の中であれこれ妄想を膨らませた私は、気合十分で外へ降りようとした。
先に降りたルークが、私をエスコートしようと手を伸ばしかけ──
外にいる誰かを見た途端、動きを止めた。
そして、仕方なさそうにその人物へ場所を譲り、扉の脇に身を引く。
どうしたのかと首を傾げ、私も扉に近づいたそのとき──その理由を理解した。
「──クラリス。待っていた」
差し出された手。
それは──
「アレクシス様……」
陽光の下、金の髪がまるで光そのもののようにきらめいている。
青い礼服に身を包んだその姿は、まさに王子様そのものだった。──いや、実際王子様なんだけど。
久々のキラキラ全開モードに、思わず貧血を起こしそうになる。
けれど、ぐっとこらえてゆっくりと手を重ねた。
……ちょっと、震えていたかもしれない。
「……ありがとうございます」
優雅に私を導くアレクシスは、相変わらずの見事な王太子スマイルを浮かべていた。
ま、眩しい……! 目が、目がーっ!
網膜を守るべく、私はそっと視線を落とす。
だめだ、これは直視禁止レベル。
しかも久しぶりすぎて、耐性が……完全にリセットされてる……!
よく考えてみれば、アレクシスと一ヶ月も顔を合わせなかったのは、初めてのことだった。
婚約者になって以来、事あるごとに城に連れて行かれ、彼と顔を合わせる機会があった。そのたびに何かと突っかかられ、私も負けじと応戦したものだ。──我ながら、可愛げのない婚約者である。
婚約者というより、もはや“同い年のライバル”のような関係だった。
そんなふうに頻繁に顔を合わせていたせいで、いつの間にか彼の整いすぎた顔立ちにも慣れていた。
あの完璧な造形美も、もはや日常の風景だったのだ。
……だが、一ヶ月も経てば、その耐性はリセットされるらしい。
久しぶりに見る彼の姿は、恐ろしいほどに眩しかった。
まさに造形の暴力。隣国の絵師が泣いて肖像画を描かせてくれと懇願した、あの逸話も納得だ。
なるべく顔を見ないようにしながら、私は馬車のステップを降りる。
その瞬間、上から落ちてきた声に足が止まった。
「……君が無事で良かった」
心の底から安堵したような声音。
思わず顔を上げると、そこには──私の無事を心から喜んでくれている、優しい笑顔があった。
眩しすぎてまた目を逸らしそうになったが、どうにか踏みとどまり、真正面から彼を見つめる。
「……ご心配をおかけして、申し訳ございません」
──アレクシスにも、心配をかけたのだろう。
一ヶ月間、家族とは顔を合わせていたが、彼とは一度も会っていない。
父から「無事だ」との報告は届いていても、あの夜の惨状を知る彼なら、私の安否を気にしていたはずだ。
たとえ形式上の婚約者であっても──私たちは、“近い存在”なのだから。
私の言葉に、アレクシスは苦笑をこぼした。
そして、私の肩にかかるショールへと一瞬だけ視線を向ける。
その瞳にわずかに陰が差したが、すぐに表情を整えると、何事もなかったように私の手を引いた。
肩を覆うドレスとショールのおかげで、傷跡は見えていないはずだ。
けれど──“そこに傷があった”という事実だけは、周囲にも伝わっている。
……気を遣わせてしまったのかもしれない。
そう思うと、胸の奥がわずかに痛んだ。
アレクシスの手に導かれ、謁見の間へと歩を進める。
──そう、ゲームの展開では、この場面から物語が大きく動き出す。
グランドナイトガラの後、ヒロインは王の前に呼ばれ、自らの運命を知る。
「封印の鍵」のこと。
「古代の神」のこと。
そして、魔術師団長であるシリルが見つけた古文書から、「古代の神」の本体が眠る地が明かされる。
……その場所は、選んだ攻略キャラによって変わる。
つまり、今の私にはわからない。
リナが誰を選んだのか──それが、この先の運命を決める。
結局、物語の主導権は──ヒロインにあるのだ。
謁見の間の扉の前までたどり着き、私はその大きな扉を見上げた。
その“答え”が、この扉の向こうにあるのなら──
私は高鳴る鼓動を抑えながら、静かに一歩を踏み出した。
意外と心は元気なクラリスです。
妄想力って元気をくれますよね!(笑)
今回のX投稿イラストは、妄想にふけるクラリスの心の中です。
前回との落差がすごいw
次回ep.150では、ようやくリナと再会します。
11月25日(火) 19:00更新予定です。お楽しみに!
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