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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第八章 運命の時! グランドナイトガラ

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【アレクシス】誓い

 急激な魔素のうねりが収まり、会場を包んでいた圧迫感が少しずつ和らいでいく。

 不安に張りつめていた生徒やゲストたちの表情にも、わずかな安堵が差し始めた。


 私は彼らに笑顔で声をかけながらも、意識の一部を入口の方へと向けていた。


 ……ルークが戻ってこない。


 魔素の低下を感じ取った直後、ルークはクラリスを探しに外へ走った。

 止められなかった。──いや、止める気になれなかった。

 自分の代わりに彼女を見つけてくれることを、どこかで期待していたのだ。


 それから、かなりの時間が過ぎた。

 それでも、彼は戻ってこない。

 胸の奥に、鈍い不安が沈殿する。


 ノアからの報告によれば、魔物の掃討は順調に進み、もうすぐホールの入口を開放できるという。

 ガラに参加していなかった教師陣に加え、騎士団の応援も駆けつけ、すでに魔物は一掃されたらしい。

 あとは、負傷者の救護を残すのみ──そう聞いた。


 負傷者。

 その中に、まさかクラリスが……


 脳裏をよぎった最悪の想像を、奥歯を噛み締めて押し殺す。


 ……私は、王太子だ。

 この場で、感情を表に出すわけにはいかない。


 腹の底から沸き起こる焦燥と苛立ちを必死に押さえ込んでいると、入口の方でざわめきが起こった。


 ──どうやら、扉が開放されたらしい。


 それを察知した人々が、一斉に入口へと押し寄せる。

 貴族である彼らも、平静を装ってはいたが、得体の知れぬ恐怖と緊張に晒され続けていたのだろう。

 抑え込んでいた不安が、ようやく解き放たれたのだ。


 ノアが必死に人々を制御している。

 だが、さすがにこの人数では彼一人では限界がある。


 私はため息をひとつ落とし、彼を助けるために入口へ向かった。


 混乱を防ぐため、順番に参加者たちを外へ誘導する。

 そのとき──外から入ってくる人影を見て、思わず目を見張った。


「……カスパー学園長」


 相変わらず、何を考えているのかわからない笑み。

 ゆっくりとした足取りでこちらへ歩み寄るその姿に、眉が自然と寄った。

 その穏やかすぎる笑顔が、この場の混乱と不気味なほど噛み合っていなかった。


 今回の騒ぎで、予定されていた学園長の挨拶は中止になった。

 だが、そもそもこの人は──どうして最初から会場にいなかった?


 そんな疑問が顔に出ていたのかもしれない。

 カスパー学園長はさらに笑みを深めると、穏やかな声で言った。


「さすがですね、アレクシス殿下。私などいなくとも、場を見事に収めてくださっている」


 まるで試されているかのような言葉に、口の端が引きつる。

 ……落ち着け。こんなときに、この古狸に振り回されてどうする。


 そのとき、学園長の背後から、遅れて一人の人物が歩み出た。

 私はその顔を認め、無意識に表情を引き締める。


「──そなたが駆けつけてくれたのだな、ダリオ副団長」

「はっ! ライオネルより早馬を受け、直ちに参りました」


 いつも上司である団長ヴィンセントの暴走に振り回され、眉間の皺が常態化している生真面目な副団長は、まるで儀式のように丁寧な所作で返答する。


 ……そうか。ライオネルが救援を呼びに行ってくれたのか。


 彼の姿がここにないのも納得だ。おそらく、外で魔物の掃討に加わっているのだろう。


「外の状況はどうだ」

「はっ! 魔物の掃討は完了いたしました。すべて魔石に変じたことを確認しております。念のため、部下に周辺の警戒を続けさせています」


 報告は完璧だ。……さすがダリオ副団長。

 これがヴィンセントなら、今ごろ魔物相手に大立ち回りを演じて、事態の収拾どころではなかったはずだ。


 ふと、カスパー学園長の視線を感じて、そちらに目を向ける。

 彼はいつものように笑っていた。

 だが、その笑みの奥に──かすかな影が見えた気がした。


 その影が、自分の内に押し込めていた不安を静かに掻き立てる。


「……殿下。ここは私たちで引き受けます。負傷者の様子を、見に行っていただけませんか?」


 学園長の言葉に潜む意図を、私は即座に悟った。

 体が、わずかに強張る。


 彼はそれに気づいていながら、まるで知らぬふりをして、笑みを深めた。


「彼らは医務室におります。……殿下が見舞いに行ってくだされば、皆、どれほど心強いことでしょう」


 ──限界だった。


 それまで押し殺してきた焦燥が、胸の奥で軋む。

 その痛みに耐えるように、私は学園長をまっすぐに見据えた。

 彼もまた、すべてを見透かしたような目で応じる。


「……わかった。では、この場は任せる」

「御意に」


 学園長としてではなく、臣下としての礼を取る彼に倣い、ダリオ副団長も膝を折った。

 私はそれに小さく頷き、二人に背を向ける。


 はやる気持ちに急かされるように、足が勝手に前へと出た。

 次の瞬間には、もう走り出していた。


 人混みをかき分けて駆け抜ける私に、周囲の視線が集まる。

 だが──もう、止められない。


 カスパー学園長は、何も言わなかった。

 けれど、私は理解していた。


 ──負傷者の中に、クラリスがいる。


 しかも、その反応からして、決して軽傷ではない。


 胸の奥が焼けるような焦りを押し込めながら、私はもつれそうになる足を必死に動かし、医務室へと駆けた。




 ──その光景に、背筋が凍るのを感じた。


 白いシーツの上に、黒髪が静かに広がっている。

 彼女の肌はいつもよりも白く──いや、青ざめて見えた。

 白と黒の鮮烈な対比に、息が詰まる。


 一瞬、脳裏をよぎった最悪の想像を、周囲の様子で打ち消す。


 ベッドに横たわるクラリスの隣では、リナが腕を枕にして眠っていた。

 その傍らで、ルークが二人を守るように座っている。


 医務室の入口近くには、ライオネルが立っていた。

 彼は私に気づくと、静かに歩み寄ってくる。


「……何があった」


 彼が口を開くよりも早く、問いを放っていた。

 その声には、抑えきれぬ焦りが滲んでいたかもしれない。


 だが、答えは別の方向から返ってきた。


「──強い魔物に襲われました」


 振り向くと、少し離れた場所にゼノ先生が立っていた。

 その服にこびりついた血を見て、すぐに悟る。

 ……彼が、クラリスをここまで運んだのだ。


「強い魔物、だと?」

「はい。ホール裏手の噴水で、リナ君が魔物に襲われていたところを、クラリス嬢が助けに入り、負傷したようです」


 淡々と事実を述べる声に、私は一瞬、言葉を失った。

 次々と疑問が浮かぶのに、どれも言葉にできない。


 ──なぜ、リナがあんな場所に。

 ──なぜ、クラリスがそれに気づいた。


 ──そして、なぜ……あなたが、彼女を。


 ゼノ先生のアメジストの瞳が、眼鏡越しにこちらを射抜く。

 どこか、すべてを見通しているような目だった。


 まるで彼は、すべてを知っていて──

 私だけが、何も知らないかのように。


 混乱する思考を振り払うように、私はゼノ先生から目を逸らし、クラリスのもとへ歩み寄った。

 私に気づいたルークは、疲れたように微笑んで見せる。私は小さく頷いて応じ、視線をベッドに戻した。


 クラリスの隣で眠るリナの頬には、まだ泣き腫らした跡が残っている。自分のせいで傷つけてしまったという後悔が、彼女の胸をどうしようもなく締めつけているのだろう。


 クラリスは──まるで息を止めているかのように静かだった。血の気を失った顔は青白く、生気が感じられない。かすかに上下するシーツの動きだけが、かろうじて彼女が生きていることを告げている。


 シーツの隙間から覗く肩口には包帯が巻かれていた。治癒魔術で傷は塞がれているのだろうが、その痛々しさに自然と眉が寄る。


 ほんの、ついさっきのことだ。

 あのとき、私は彼女と踊っていた。

 まるで永遠がそこにあるように──そう、信じていた。


 漆黒のドレスは星空のように煌めき、彼女自身もそれに匹敵するほどに輝いていた。


 彼女に触れられることを。

 彼女の婚約者であることを。

 ……彼女の隣に在ることを。


 あのときの私は、心の底から感謝していた。


 なのに、今。


 彼女は深い傷を負い。

 そのとき、私は彼女の隣にいなかった。


 奥歯を噛みしめる。自責と悔恨が胸を締めつける。


 私が──彼女のそばに、いれば……


 彼女を、こんな目には遭わせなかった。


 ──その瞬間。

 これまでの彼女の行動が、次々と脳裏を駆け巡った。


 リナと出会ってから、少しずつ変わっていったクラリス。

 いつもリナを案じ、支え続けていた。

 周囲から見れば、ただの過保護にも見えたあの行動は──


 ……彼女自身、こうなることを予見していたというのか。


 手が震えそうになるのを抑え、そっと彼女の頬に触れる。

 そこには、うっすらと血がついていた。

 拭った指先に、彼女の体温がかすかに残る。


 その感触を名残惜しむように確かめてから、私は静かに手を引いた。


 胸の奥に、言葉にできない苛立ちが広がる。

 それは彼女に向けたものではない。

 ──気づけなかった、自分自身への怒りだ。


 もし、あのとき理解していれば。

 ヒントは、いくつもあったはずなのに。


 再び奥歯を噛みしめる。

 なぜクラリスが、リナの危険を察知していたのかはわからない。

 きっと、彼女には言えぬ事情があるのだろう。

 それを私に明かすほどには、まだ信頼されていないのかもしれない。


 ──だとしても。


 彼女を傷つけるものは、許さない。

 クラリスがリナを守るというのなら、私は彼女たちを脅かす、すべてを排除する。


 ……激しい感情が、静かに形を変えていく。

 それは怒りではなく、誓い。


 その誓いを胸に、静かに背を向けた。


これでグランドナイトガラ編は終了です!

長かった……終わって良かった……(泣)。


今回のX投稿イラストは、ベッドで横たわるクラリスに触れながら、誓いを立てるアレクシス。

今までのイラストとテイストが違いますが、その部分も含めてお楽しみください。


次回ep.148、とうとう最終章に入ります。

11月18日(火) 19:00更新予定です。お楽しみに!


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どうぞよろしくお願いいたします!!

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◆YouTubeショート公開中!◆
 https://youtube.com/shorts/IHpcXT5m8eA
(※音が出ます。音量にご注意ください)
(本作10万PV記念のショート動画です)

◆スピンオフ短編公開中!◆
 『わたくしの推しは筆頭公爵令嬢──あなたを王妃の座にお連れします』
(クラリスとレティシアの“はじまり”を描いた物語です)

◆オリジナル短編公開中!◆
 『毎日プロポーズしてくる魔導師様から逃げたいのに、転移先がまた彼の隣です』
(社畜OLと美形魔導師様の、逃げられない溺愛ラブコメです)

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