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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第八章 運命の時! グランドナイトガラ

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 【リナ】守りたい

 何が起こっているのか──私には、まるで理解できなかった。


 クラリス様の腕にしがみつき、縋るように身を寄せる。


 目の前に立つその人は、ふわふわとした世界で私を呼んでいた“誰か”だった。


 ……怖い。


 その人──少年なのだろうか──は微笑を浮かべ、こちらを見つめている。

 けれど銀色の瞳は、何も映していないように見えた。


 背筋に冷たい恐怖が走り、体が震える。

 でも同時に、どうしようもなく“彼”に近づきたい衝動にも駆られる。


 怖いのに、懐かしい。

 ずっと会いたかったのに、一緒にいたくない。


 そんな相反する感情が、胸の中で渦を巻いていた。


 そのとき、震える私の手をクラリス様がそっと包み込む。

 私はクラリス様を見上げ──息を呑んだ。


 クラリス様の瞳が……金色に、輝いていた。


 私たちの前に立ちはだかる“彼”を見据えるその瞳は、いつもの紫紺の色じゃない。

 銀色の瞳に相対するかのような、強い金の光を宿していた。


 その輝きを見た瞬間、私の中に新たな震えが走る。


 ──私は……この目を知っている……


 何かを思い出しかけた瞬間、“彼”がその手をこちらに向けてきた。


 クラリス様が咄嗟に氷魔術を構築する。

 私たちの前に、高い氷の壁が立ち上がった。


 クラリス様が本気で魔術を使うところを、私は初めて見た。

 授業で見てきた魔術よりも、ずっと速く、力強い──


「──っ……」


 だがそれは、一瞬にして漆黒の炎に呑まれ、霧散した。


 雪の結晶のように砕け散る氷の向こうで、“彼”は変わらず微笑を浮かべている。

 その笑みが、ぞっとするほど変わらないのが怖かった。


 クラリス様が唇を噛む。


 もう、次元が違いすぎて、何がなんだかわからない。

 でも一つだけ確かにわかった。──クラリス様の力をもってしても、“彼”の力は上回っている。


 ──どうしよう、このままじゃ……!


 私は震える拳を握りしめた。

 恐怖で動かない体を、必死に叱咤する。


 ──私だって、クラリス様を……


「──逃げなさい」


 その言葉に、私は目を見開いた。


 クラリス様は“彼”を見据えたまま、私に小さく告げる。


「ホールに行けば、アレクシス様たちがいるわ。きっと、あなたを守ってくれるから──」


 信じられない言葉を聞いた気がして、声が出ない。

 口を開くけれど言葉にならず、また閉じる。

 その代わりに、私はクラリス様のドレスの裾を掴んだ。


 星空のように輝いていた黒のドレスは、私を守ってくれたせいで破れ、ところどころ裂けていた。

 クラリス様自身も傷を負っている。

 炎の中から引き上げてくれた腕は赤く染まり、ひりつく痛みに耐えているように見えた。


 それは、私を助けた代償──胸の奥が、申し訳なさでいっぱいになる。


 ──クラリス様も、一緒に……!


 私の想いが伝わったのか、クラリス様は視線だけをこちらに向けた。


「……二人一緒に逃げるのは、無理よ」


 その答えに、私は声より先に涙が溢れた。


「わ、私も……残ります……っ」


 なんとか言葉を絞り出す。

 クラリス様は一瞬だけ眉根を寄せ、すぐに“彼”へと向き直った。


「──足手まといよ」


 ぴしゃりと放たれたその一言が、私を拒絶する。


 ……でも。


 クラリス様は、下手くそだ。


 感情を表現するのが下手くそで──嘘をつくのも、下手くそだ。


 だって、わかる。

 クラリス様が、必死で私を守ろうとしていることくらい──わかる。


 胸の奥が、じんじんと痛んだ。


 ──守りたい。

 私だって、クラリス様を守りたいんだから。


 きっとその気持ちは、一緒だから。


 でも──私には、その力がない。

 目の前にいる大切な人を──大好きな人を、守れる力が……私には、ない。


 こらえきれなくなった涙が、次から次へと目からこぼれ出す。

 胸の痛みを抑えるように組んでいた手に、ぽつぽつと落ちた。


 ──そのとき。


 私の手が、かすかな光に包まれていることに気づいた。


 ──なに、これ……?


 光は私の全身を覆い、まるで無数の光の胞子に抱かれるように体が発光していく。


 それに気づいたクラリス様が振り返り、目を見開いた。


「リナ……!?」

「ク、クラリス様……!」


 何が起こっているのかわからず、私は助けを求めるようにクラリス様を見上げる。


 次の瞬間、私を包んでいた光が粒子となって宙へ舞い上がり──目の前で、一つに収束した。


 私はそれを受け取るように、両手を広げる。


 光は次第におさまり、その中心に“それ”が姿を表した。


「……鍵?」


 私の手のひらに残ったのは、かすかに光を放つ鍵。


 どこか古びているのに、壊れそうなくらい繊細で──それでいて、不思議なあたたかさを宿している。

 まるで、ずっと昔から大切に守られてきた宝物のよう。


 手のひらにすっぽり収まるそれは、ただの小さな鍵にしか見えないのに……

 どうしてか、宝石よりもずっと尊いものに思えた。


「──『封印の鍵』……!?」


 クラリス様の驚愕の声に、私も思わず顔を上げた。


 ふ、ふういんの……かぎ?

 なに、それ……?


 問いかけようとした、その瞬間。


 こちらを見ていた“彼”の顔から、ふっと笑みが消えた。


 全身に、ぞわりと鳥肌が走る。


 “彼”の銀色の瞳が──何も映していないと思っていたその瞳が、私を捉えた。


 本能でわかった。

 “彼”にとって……私は邪魔なんだ。

 だから……消そうとしている……


 逃げなければ。

 そう頭ではわかっているのに、足は地面に縫い付けられたみたいに動かなかった。

 感覚が麻痺したように、何も感じられない。


 “彼”が、動く。

 私は、動けない。


 その手がこちらに向けられるのが、驚くほどゆっくりに見えて──


 ああ、もうダメだ、と思った。


 私はこのまま……死ぬんだ。


 ……嫌だ。

 クラリス様と、別れたくない。

 まだ、一緒にいたい……!


 “彼”の手から放たれた漆黒の炎が、刃となって迫る。

 私は呆然と、それを見つめることしかできなかった。


 ──クラリス様──


 固く目を閉じる。

 それが到達するその瞬間まで、私は少しでも長くクラリス様のことを考えていたかった。


 ──ザシュ……


 鈍い音が肌を切り裂く。

 漆黒の炎の刃が、私を貫く──


 ……けれど、痛くない。


 ああ、死ぬときって痛くないんだ。

 そう思って、ほんの少し安心した。


 恐る恐る目を開ける。


 赤い。

 赤い血が、空中に飛び散っている。


「──……っ」


 けれど、それは私の血ではなかった。


 私の前で──私の代わりに、漆黒の刃に貫かれた……


 クラリス様の、血だった。


クラリスを守りたい一心で、ついに「封印の鍵」として覚醒するリナ。

そんな彼女に、残酷な現実が突きつけられます。


今回のX投稿イラストは、リナと「封印の鍵」です。


次回ep.142は久しぶりのゼノ視点。

10月28日(火) 19:00更新予定です。ゼノ推しの皆さん、お楽しみに!


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 『わたくしの推しは筆頭公爵令嬢──あなたを王妃の座にお連れします』
(クラリスとレティシアの“はじまり”を描いた物語です)

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 完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない
― 新着の感想 ―
とあるライオンから飛んできました。笑またの名をさんちゃそと申します。 読み始めて数日、一気にここまで読みこみました。本当に素敵で、一人一人のキャラクターとその性格からその思いまで!素敵すぎて手が止ま…
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