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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第八章 運命の時! グランドナイトガラ

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古代の神

 異常な魔素濃度が全身を押し潰す重力となってのしかかり、私は地面に縫い付けられたように動けなかった。

 息の仕方すら忘れ、震える唇からは空気が漏れるだけ。


 眼前では、漆黒の炎が空に向かって轟音を立てて燃え盛っていた。

 その中心で、炎に包まれたリナが必死に何かを叫んでいる。


 ──リナ……!!


 彼女を呼ぶ声は喉から先に出ることなく、かすかな息さえ炎の咆哮に掻き消えた。


 ……こんなの、私は知らない!


 課金ルート以外は、すべてフルコンプしたはずだ。

 バッドエンドだって、スチル回収のために涙をこらえて選んだのに。


 漏れ聞いた課金ルートでさえ──こんな展開はなかった。


 本来、グランドナイトガラの夜に現れるのは、「古代の神」の力の一端にすぎない。

 個別ルートに入った後、「古代の神」の本体が復活する前に、「封印の鍵」の力で完全に封じ込める流れのはずだ。


 ──けれど、これではまるで……


 なすすべもなく地面に這いつくばる私を嘲笑うかのように、漆黒の炎はリナを呑み込んでいく。

 その中から、必死にこちらへ手を伸ばしてくる彼女の姿が見えた。


 私は奥歯を噛みしめる。

 ──完璧な公爵令嬢として積み上げてきた矜持、そのすべてを振り絞り、地面に押し付けられた体を無理やり引き剥がした。


 両手を地につき、渾身の力を込めて氷魔術を構築する。


 足元から冷気が奔流となって駆け巡り、青白い氷の紋様が大地を覆っていく。瞬く間に氷の壁が立ち上がり、漆黒の炎を取り囲んだ。


 灼熱と極寒がぶつかり合い、火花を散らすように轟音が響く。

 ほんの一瞬、炎がその勢いを緩めた。


 私はその刹那を逃さず、地を蹴った。

 炎の中から伸ばされたリナの手に──届く。


「リナっ!!」


 私はその手を掴んだ。

 けれど、彼女の体はすでにほとんど炎に呑まれている。

 私の手までもが漆黒に包まれ、ジリジリと肌を焦がす痛みが走った。

 炎は、まるで異物を拒絶するかのように私を押し返してくる。


 ──リナを離しなさい……!!


 全身に力を込め、私は彼女の腕を抱えるようにして引きずり出した。


 抵抗するかのように炎が荒れ狂い、氷とぶつかり合いながら爆ぜる。

 視界が光と闇に塗り潰される中、私は一歩、また一歩と必死に後退した。


 やがて、重力から解き放たれたように──リナの体が炎から抜け出す。


「リナっ……!」


 私はその小さな体をしっかりと抱きとめた。


 ──火傷も煤も、ついてはいない。あの炎は、リナを傷つけるものではなかった。

 炎に翻弄されていたせいか、ドレスの裾は乱れている。整えられていたはずの髪も崩れ、ほつれが頬にかかって揺れていた。


 それでも彼女が無傷であることに、胸の奥で堰を切ったように安堵が広がった。


「クラリス様……」


 リナがゆっくりと私を見上げた。

 私の存在を確かめると、かすかに微笑む。


 私は何も言わず、彼女を強く抱きしめた。

 腕の中で「ふえっ!?」と動揺する声が上がったが──知ったことではない。


 ……良かった。リナが無事で、本当に良かった……!


 先ほどの恐怖が脳裏に蘇る。

 彼女を失うかもしれないと思ったあの瞬間の恐怖は、高濃度の魔素に押し潰される恐怖よりも、はるかに重く私を苛んでいた。


 私の震えを感じ取ったのか、どうしていいかわからずにオロオロと手を彷徨わせていたリナが、その動きを止める。

 そして──恐る恐る、背中に腕を回してきた。


 抱きしめ返すその仕草に、胸の奥が熱くなる。


「クラリス様の……声が、聞こえました」


 私の胸元で、リナが小さくこぼした。

 思わず腕の力を緩め、彼女を見つめる。リナは柔らかい微笑を浮かべていた。


「助けてくださって……ありがとうございます、クラリス様」


 ──もし、私が攻略対象だったら。


 きっとここで、彼女に口づけ、愛を告げていたことだろう。

 だが残念ながら、私は悪役令嬢。彼女の運命の相手ではない。


 それに──


「クラリス様……!」


 リナも“それ”に気づいたのか、身を強張らせて私に身を寄せてきた。


 私は彼女を地面に座らせ、その前に立ちはだかる。


 先ほどまで轟音とともにうねりを上げていた漆黒の炎は、リナを失ったことで勢いをなくしていた。

 しかし、魔素の濃度は下がらない。むしろ一点に凝縮していく。


 やがて──炎は収束し、人の形を成した。


 ……やっぱり。


 内心で歯噛みする。


 目の前に現れたのは、先ほどの炎と同じ漆黒の髪と、何も映さない虚無の瞳を持つ少年。

 恐ろしいほどに整った顔立ちが、かえって異様さを際立たせていた。


 私は、その姿を知っている。


 ──「古代の神」。


 やはり──けれど、なぜ。

 入り混じる戸惑いが焦りを募らせる。


 ゲームの中で「古代の神」が人の姿を取るのは、ただ一度。

 それはラストバトル。

 グランドナイトガラで想いを通わせた相手と絆を育て、完全な「封印の鍵」の力を得たヒロインが、顕現した「古代の神」を封じる──それが正規のシナリオだった。


 本来、この時点で現れるのは「古代の神」の力の一端。

 ヒロインは漆黒の炎に囚われかけるが、攻略対象に救われる。

 そこで初めて、「封印の鍵」の力を発動する──不完全な、状態で。


 ……つまり。


 今のリナでは、この姿となった「古代の神」を封じられない──


 リナを背に、必死で打開策を探す。

 だが思考はまとまらず、焦燥だけが胸を焼いていく。


 そのとき、不意に腕を掴まれた。

 いつの間にか私の隣に立っていたリナが、小刻みに震えながら「古代の神」を見据えている。


 彼女は私以上に、この状況を理解できていないはずだ。

 未知への恐怖が、その瞳に濃く滲んでいた。


 ──守れ。


 私の中の“何か”が、激しく叫んだ。


 ……そうだ。私は、リナを守る。


 理由なんていらない。

 それは考えるよりも先に、私の本能が選んだ答えだった。


 そのために。

 そのために、私はここにいるのだから。


 “今度こそ”──彼女を守るために。


ヒロイン・リナを守るため、ついに覚醒した悪役令嬢クラリス。

彼女の真の背景は、もう少し先で明かされます。


今回のX投稿イラストは、覚醒クラリス。

ちょっとドレスが破れすぎかもしれません(笑)。


次回ep.141はリナ視点。クラリスのために奮闘します。

10月24日(金) 19:00更新予定です。お楽しみに!


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どうぞよろしくお願いいたします!!

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(※音が出ます。音量にご注意ください)
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 『わたくしの推しは筆頭公爵令嬢──あなたを王妃の座にお連れします』
(クラリスとレティシアの“はじまり”を描いた物語です)

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 完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない
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