【リナ】手のひらのぬくもり 1
私は全力で駆けていた。この動揺を隠すように、脇目も振らず全力疾走する。
──きれいだった。
クラリス様に手を取られたとき、その冷たい手にどきりとした。私は体温が高い方なので、そのギャップに驚くと同時に、彼女に手を握られているという事実に一瞬頭が真っ白になった。
そして、クラリス様はそっと目を閉じた。その長いまつ毛に目を奪われ、胸の鼓動が高鳴るのを感じる。その瞬間、彼女の手から何かが流れ込んでくるような感覚が広がった。
これが”魔素”。
初めての感覚に、全身が泡立つような刺激を覚えた。そして、いくら言葉で説明されても理解できなかった魔術の感覚を、ようやく体で掴んだ。
──温かい……。
じわりと全身を駆け巡る感覚に感動していると、クラリス様がそっと目を開け、小さく微笑んだ。
そのとき、私は魔素を初めて感じた衝撃以上の何かに心を撃ち抜かれた。
──笑った。
クラリス様が、笑った……!
あの「氷の公爵令嬢」が、自分の目の前で、笑っている。
おそらく、それは無意識のものだったのだろう。すぐにその笑みは消え、いつもの無表情に戻ってしまった。しかし、その刹那の出来事は、心に深く刻み込まれ、簡単に消え去るものではなかった。思わず、言葉が漏れた。
「きれい……」
「リナさん?」
クラリス様の声に、はっとして我に返る。訝しげに私を見つめる紫紺の瞳が、まるで私の内心を見透かしているようだった。
慌てて立ち上がり、深々と頭を下げた。
「あ、あのっ、ありがとうございます! とてもよくわかりました!!」
それだけ言うと、顔が茹でたように真っ赤になりながら、私はその場を逃げ出した。
──こんなの、耐えられない。
爆発しそうな心臓は、全力疾走のせいなのか、それとも別の理由なのか。
彼女の手の冷たさも、微笑んだ瞬間の優美さも、まだ全身に焼き付いていた。
少し短いのでもう一話投稿します。




