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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第八章 運命の時! グランドナイトガラ

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【アレクシス】異変

 私はいつも通り、王太子としての務めを果たしていた。

 上位貴族の子息や招待客に笑顔を向け、話に耳を傾け、必要な言葉を返す。


 ……けれど、心の内では先ほどのクラリスとのダンスが、繰り返し蘇っていた。


 劇で彼女の頬に口付けてから──気のせいかもしれないが、クラリスは確かに私を意識するようになった。

 おそらく彼女自身、何に戸惑っているのか理解してはいないだろう。

 だがそれでも、形式上の婚約者としてではなく、一人の男として、ほんの少しでも意識を向けてくれたのなら。

 これほど嬉しいことはなかった。


 ……少しくらい、私のことで悩んでくれればいいのだが。


 自分勝手な願望に、内心で小さく苦笑する。

 まだ道のりは長い。だが、一歩を踏み出せたという確かな実感が、胸の内を満たしていた。


 ふと、視界の端に会場の入口へ向かうクラリスの姿を捉えた。

 おそらく、まだ姿を見せないリナを案じているのだろう。

 ……その心配の一部でも、私に向けてくれればいいものを。


 そう考えた矢先──

 背筋に、ぴりりとした違和感が走った。


 ……これを感じ取れているのは、おそらく私だけだ。

 王族特有の高い魔素感知の力が、その微かな変化に警鐘を鳴らす。


 それでも私は、表情ひとつ変えずに話を続けた。

 この程度で事を荒立てる必要はない。実際、周囲はまだ何も気づいていないのだから。


 それでも、肌にまとわりつくような違和感は、刻一刻と広がっていく。

 私は静かに息を整え、自らを落ち着けた。


 ……ただの勘違いであればいい。


 そう願った瞬間、空気が震えた。

 今までに感じたことのないほどの魔素濃度が、一気に会場全体──いや、おそらく学園全域にまで押し寄せてきた。


 さすがに周囲の者たちも異変に気づいたようだ。

 魔術の才を持つ者なら、なおさらだろう。怪訝な表情を浮かべ、ざわめきが広がっていく。


 遠くから、ノアが足早に近づいてくるのが見えた。


 ……嫌な予感というのは、得てして当たるものだ。


 私は表情を崩さぬまま、周囲に穏やかな笑みを向け、辞する非礼を詫びて輪の中を抜け出した。


 ノアと並び、声を潜める。


「何があった」

「──学園内に、魔物が出たと」


 私は思わずノアを見た。

 彼が冗談を言うような人物でないことは知っている。だが、耳にした言葉をすぐには理解できず、しばし彼を凝視してしまう。


「……どういうことだ」

「わかりません。先ほどホールに入ってきた生徒たちが、そう証言しました」


 ノアはすぐさま入口の扉を閉め、外の騒ぎが会場に伝わらぬよう対処したという。

 逃げ込んできた生徒たちは、別室に待機させてあるらしい。


 ……まったく。優秀な部下を持つというのは、これほど心強いものか。


 この場には、学園の生徒たちだけでなく、ゲストとして招かれた保護者や有力貴族たちも集まっている。

 彼らを危険に晒すわけにはいかない。──王太子としても、一人の人間としても。


「よくやった。会場にいる者は外に出すな。護衛の騎士を外へ向かわせろ」


 グランドナイトガラに備えて配置された護衛は多くはないが、多少の魔物なら十分に対処できるはずだ。


 ──だが。


 この魔素濃度は、一体何だ?

 今までに感じたことのない圧力。


 ……いや、一度だけある。


 訓練区域で遭遇した、あの魔物。

 あれが現れたときの感覚と──あまりに似ていた。


 気のせいであればいいが……


 だが今は、この会場にいる人々を落ち着かせねばならない。

 少なくともここにいる限り、被害は出ないはずだ。

 外にいる生徒たちは、騎士たちに救助を任せればいい。


 ノアが私の指示を実行するため駆け出す。

 その背を見送り、喧騒に包まれる会場へ戻ろうとしたところに──声がかかった。


「アレクシス!」


 ルークだった。

 いつもは飄々とした笑みを浮かべる彼が、今は明らかに焦りを滲ませていた。


 ……どうしてこうも、嫌な予感ばかり当たるのだ。


「──どうした」


 ルークにこんな顔をさせる理由など、一つしかない。

 それでも私は、尋ねずにはいられなかった。

 それがただの思い過ごしであってほしいと、心の底から願いながら。


 ルークは私の前に来るなり、開口一番、私が最も聞きたくなかった言葉を告げた。


「姉さんが、いない……!」


 脳裏に、先ほど入口へ向かうクラリスの姿が蘇る。


「さっき、入口の方で魔物が出たって聞いて……姉さんのこと探したんだけど、どこにもいなくて……!」


 ルークの額には汗が滲み、息も乱れていた。おそらく、必死にクラリスを探して走り回っていたのだろう。


 胸を衝く焦燥を──すぐにでも駆け出したい衝動を、私はすんでのところで押し留めた。


 ──私は、王太子だ。私情で動くことは許されない。


 ……だが、この瞬間ほど、その立場を恨めしく思ったことはなかった。


王太子としての責務を優先せざるを得なかったアレクシス。

その裏で募る焦燥と葛藤が、彼の胸を苛みます。


今回のX投稿イラストは、アレクシスとノア。焦りがにじむ一幕です。


次回ep.140はクラリス視点で、現場に戻ります。

10月21日(火) 19:00更新予定です。お楽しみに!


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 完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない
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