顕現
ルーセントホールの入口を抜け、私は前を見据えたまま悠然と歩を進めた。
周囲から視線を感じるが、それは異変を察知してのものではないだろう。
私を知る生徒たちが、なぜ私がホールから出ていくのかと不思議に思っているだけに違いない。
私は何事もないかのように振る舞いながら、裏手の噴水へと続く道に足を向けた。
やがて人影は完全に消える。
大半の生徒は馬車の待機所や寮から会場へ向かっており、わざわざホール裏手に回る者などいないのだから。
人気がなくなったところで、私は歩調を早めた。
目的地を急ぎながら、共犯者に問いかける。
「──ゼノ。リナは……!?」
「今、彼女は噴水に着いた。私もそちらに向かう」
耳元に届いた声に、私は唇を噛む。
──どうして私は……あのとき……
私は、リナを公爵邸に連れて行くべきだった。
これは不測の事態。だが、これまで幾度もシナリオが狂ってきたことを考えれば、万全を期して彼女を傍に置いておくべきだったのだ。
「……すまない。私の落ち度だ」
後悔をにじませるゼノの声。
その響きに、私は小さく苦笑した。
彼はきっと研究室から学園全体を監視していたのだろう。
研究室のある校舎はルーセントホールからは遠い。影で移動するにしても、学生たちが溢れている最中では不可能に近い。
私だって、まさか彼女がガラに参加せず、直接噴水へ向かうなどとは思いもしなかった。
……お互い様だ。
「……リナは、きっと大丈夫です」
自分に言い聞かせるように、そう口にした。
願いにも似たその言葉とともに、私は心の中で彼女の無事を強く祈った。
その背中を見つけた瞬間、私は心の底から安堵した。
「──リナ!」
一緒に選んだ淡いピンクのドレスに身を包んだ、ようやく見つけた後ろ姿。
けれど彼女は、噴水へ向かってふらふらと歩き続けていた。
まるで私の声など届かないかのように。
「リ──」
もう一度名を呼ぼうとした、その瞬間。
「──っ」
全身が粟立つような不快感に襲われ、私は思わず両腕を抱いた。
噴水を中心に、魔素の濃度が急激に上がり始めている。
あまりの変化に、足がすくんで膝をつく。
奥歯を震わせながら、必死にリナを見上げた。
リナは止まらない。
何かに導かれるように、噴水へと歩み続けている。
その先に──あり得ないほど高濃度の魔素が、集束していた。
「……っ、リナ!!」
全身に絡みつく魔素の拘束を振り払い、私は彼女の名を叫ぶ。
──駄目。そっちは駄目!!
心の奥底から絞り出すような叫び。
その声にならない声が届いたのか、一瞬リナの体がビクリと跳ねる。
そして、ゆっくりと首だけをこちらへ向けた。
私の姿を認めた彼女の表情が歪む。
泣きそうで、それでいて心底ホッとしたような表情──
私は全身に力を込め、彼女へ向かって駆け出した。
「リナ、今──」
助けるから。
必ず──!
必死の願いを込めて手を伸ばした、その瞬間──
リナを中心に、魔素濃度が爆発的に跳ね上がった。
本来、魔素は目に見えるものではない。
だが今、リナの周囲に発生した高濃度の魔素は、漆黒の炎が噴き出すように揺らめき、空気そのものを焼き焦がすかのように広がって──彼女を、包み込んだ。
──リナが、漆黒に呑み込まれていく。
「リナ!!」
私の叫びを合図にしたかのように。
漆黒の魔素は、瞬く間に学園全体へ広がっていった。
そして、私は確信する。
「古代の神」の顕現を──
とうとう現れた「古代の神」──
クラリスたちの戦いが、いよいよ幕を開けます!
今回のX投稿イラストは、顕現した「古代の神」です。
次回ep.138はライオネル視点。
10月14日(火) 19:00更新予定です。お楽しみに!
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