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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第八章 運命の時! グランドナイトガラ

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ヒロインの行方

 ようやくアレクシスから解放された私は、よろよろと──表面上は完璧な公爵令嬢の体面を保ったまま──念願の壁にたどり着いた。


 壁を背に、固く目を閉じる。


 ──やはり、心臓に悪い。今夜の攻略対象たちの破壊力が強すぎる。視界に収めるのも慎重さが求められるほどだ。


 けれど、これでリナとの約束は果たした。ルークだけではなく、アレクシスとも踊ったのだ。万一、弟はノーカンだと言われても、アレクシスはカウントされるだろう。

 あとはリナが本命と踊り、無事に個別ルートへ進めば──


 ……リナ。


 私はゆっくりと目を開け、周囲を見渡した。


 ……いない。まだ、来ていない。


 不安がじわりと頭をもたげる。奥歯を噛み締め、必死に自分に言い聞かせた。


 大丈夫。きっと準備に時間がかかっているだけ。

 だって、今日は彼女の人生におけるターニングポイントだ。ヘアスタイルが決まらなくて、鏡の前で右往左往しているのかもしれない。

 あるいは──どこかで転んで泣いているのかも。


 私は壁から背を離し、ホールの入口へ足を向けた。


 ……迎えに行こう。

 きっと、何もない。ただ少し遅れているだけで……

 途中で慌ててこちらに駆けてくるリナと出くわして──彼女はきっと、笑顔でこう言うのだ。


 ──ご、ごめんなさい! 遅くなりました!!


 そんなこと、気にしなくていい。

 本番はこれからだ。


 だから……だから、ちゃんと、姿を見せて。


 不安を噛み殺しながら、入口に向かって歩を進める。

 入口に続く通路の角で、急いでいた私は、向こうから来た人物とぶつかりそうになった。すんでのところで足を止め、その人物の顔を見上げる。


「申し訳ございませ──」

「……クラリス殿?」


 そこには、見慣れた顔があった。


「ライオネル様……!」


 漆黒に近い濃紺の騎士服に、銀糸で縁取られた礼装用のマント。

 普段の飾らない騎士姿とは違い、舞踏会にふさわしい気品が漂っている。

 肩章や胸元の徽章が彼の功績を静かに物語り、その堂々たる立ち姿が視線を引き寄せて離さなかった。


 あまりの眼福に、先ほどまでの不安が吹き飛び、私は一瞬、拝みそうになってしまった。


 不意打ちすぎて、危うくファンムーブを炸裂させそうになった自分を、必死に叱咤する。

 ……落ち着け。ここは舞踏会の会場、推し活の現場じゃない。


 けれど、そのおかげで少しだけ冷静さを取り戻せた。


 どうやらライオネルは、今しがた会場に着いたらしい。

 彼は特別講師とはいえ、ゼノに並ぶ人気教師だ。もしすでに会場にいたなら、女子生徒だけでなく男子生徒にも囲まれていたはずだ。


 ゲーム中では、ヒロインが会場に現れたとき、攻略キャラたちは皆すでに揃っていて彼女を出迎えていた。

 ライオネルが今到着したのなら、リナが遅れているのも不思議ではない。


 私はほっと胸を撫で下ろす──が、次の瞬間、ライオネルがぴくりとも動いていないことに気づく。

 彼はこちらを凝視したまま、ぽかんと口を開けて固まっていた。


「あの……ライオネル様?」


 名を呼ぶと、弾かれたように背筋を伸ばし、次の瞬間には顔を真っ赤に染めていた。

 リトマス紙のような反応だ。……何か酸性のものにでも触れたのだろうか。


「──も、申し訳ありません……っ」


 真っ赤になったのを自覚しているのか、その大きな手で顔を覆い、思い切り横を向いてしまう。


 一体どうしたというのだろう。もしかすると、リナのことを考えながら歩いていて、私に出くわしたせいで恥ずかしくなったのかもしれない。


 もしそうなら、わざわざツッコミを入れるのも野暮だ。私は見なかったことにする。


「こちらこそ申し訳ございません、ライオネル様。少し急いでいたものですから……わたくしの不注意でした」


 そう告げると、ライオネルは心配そうにこちらを見つめ返してきた。


「何かあったのですか?」


 どう答えるべきか、一瞬迷う。

 リナがまだ会場に来ていないのは、不自然なことではない。……私が過保護に考えすぎているだけだ。


 ……けれど。


 私は、正直に打ち明けることにした。


「リナが……まだ会場に来ていないようなので、迎えに行こうかと……」


 その瞬間、またしても不安が押し寄せてくる。

 私の中の“何か”が、しきりに警鐘を鳴らしていた。

 それはもう、無視できないほどの強さで私を揺さぶってくる。


 気づけば、私は無意識に自分の体を両腕で抱きしめていた。

 背中から這い出すような得体の知れない恐怖に、寒気を覚える。


 私は──一体、何に怯えているのだろう。


 自分の中に広がる、形を持たない感覚。

 それをどう表現すればいいのかわからず、言葉が喉に詰まった。


 ライオネルは、そんな私をじっと見守っていた。

 そして、私がそれ以上言葉を継げないことを悟ると、静かに口を開く。


「……お任せください、クラリス殿。俺が、リナ殿を迎えに行ってきます」


 その言葉に顔を上げると、包み込むような深い微笑みがあった。

 先ほどのリトマス紙のような反応の名残で、少し頬が赤い。

 けれど、その笑顔には不思議と安心させられるだけの力があった。


 私は肩に入っていた力をゆっくりと抜いた。


「……ありがとうございます、ライオネル様。でも、ライオネル様も今来たばかりでは……」

「俺は構いませんよ。……もう、ここに来た目的は果たせましたから」


 意味深な言葉に、私は思わず首を傾げる。

 そんな私に、彼は苦笑を残し、優雅に一礼すると踵を返した。


 リナを迎えに向かうライオネルの背中を見送りながら、私はその言葉を反芻する。


 目的……?


 ──はっ。そうか。

 リナを迎えに行くということは、リナと二人きりになるということ。

 やはり、リナとライオネルの絆も順調に育っているのね……!


 確信と安堵が胸に広がり、私は深く息をついた。


 良かった。いろいろ不安になることも多かったが、シナリオは順調に進んでいる。

 きっとリナはグランドナイトガラで、想い人と絆を結ぶはず。


 そして私は、無事死亡フラグを回避──


「──噴水だ」


 その声が耳に落ちた瞬間、私は背筋に氷の刃を突き立てられたように身を固くした。


 ここにいるはずのない人物の声。

 けれど、それが聞こえたということは──


「彼女は、噴水に向かっている」


 ……静かな声の中に、焦りが滲んでいた。


 全身が凍りつく。

 ゼノ──彼の声に問いかけたい衝動を、必死に押し殺した。


 だめだ。ここでは話せない。周囲には人が多すぎる。


 彼は影を媒介に声を届けられる。

 きっと今も、私の耳元には小さな影が生まれているはずだ。そこに向かって話せば、彼に声は届く。

 けれど、それを口に出した瞬間、周囲から怪しまれるに違いない。


 私は表面上は何事もなかったかのように顔を上げ、入口へ向かって歩き出した。


 ──リナが、噴水に向かっている。

 ……そんなルートは存在しない。

 バッドエンドのときでさえ、ガラに参加してから噴水に向かうはずだった。


 なのに、なぜ。


 恐怖に体がこわばる。

 止まりそうになる足を、私は必死に前へと動かし続けた。


ライオネルはクラリスをひと目見たくて、会場まで足を運びました。

今回のX投稿イラストは、そんなライオネルの礼装姿です。尊い。


次回はep.136,137を連続投稿します。

それぞれ、10月10日(金) 19:00、19:10更新予定です。お楽しみに!


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 『わたくしの推しは筆頭公爵令嬢──あなたを王妃の座にお連れします』
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