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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第八章 運命の時! グランドナイトガラ

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荒療治

 ルークと一曲踊り終えたあと、ふと視線を上げると、彼の空色の瞳と目が合った。

 見慣れたはずの綺麗な顔に、嬉しそうな笑顔が浮かんでいる。

 ──まるで、ずっと欲しかったものをやっと手に入れたかのような……それを無邪気に喜んでいる、そんな表情だった。


 ルークと踊るのは、そういえば初めてだったかもしれない。

 私には婚約者であるアレクシスがいたし、ルークも踊る相手に事欠かない。


 彼のリードは完璧だった。

 速いテンポの曲でも、まるで水に身を任せるように自然にステップが踏めてしまう。さすが、エヴァレット家の次期当主と言うべきだろう。


 ……ただ。

 やっぱりルークも、攻略キャラの一人。


 我が弟とはいえ、イケメンすぎる……!

 姉でも、こんなにドキドキしてしまうのだ。心臓がいくつあっても足りない。


 私は、うるさく鳴り響く心臓の音をごまかすように、周囲へ視線を巡らせた。


 令嬢たちの熱い視線が突き刺さる。

 もし他の令嬢が彼と踊ったら、後で刺されるんじゃないだろうか。姉でよかった。


 とはいえ、もしリナがルークをパートナーに選んだ場合、私が体を張って守らなければ。完璧な小姑として、二人を守る壁になってみせよう。


 ……それにしても、リナはまだだろうか。

 ダンス中もずっと気にしていたが、彼女の気配は感じられなかった。


 支度に時間がかかっているのかもしれない。何せ今日は、個別ルートに入るための大切な分岐点なのだ。気合いも入るだろう。


 それに、グランドナイトガラは夜遅くまで続き、入退場も自由。

 ゲームの中でも、ヒロインは舞踏会の途中で現れていた。


 だから──大丈夫。


 大丈夫……なはず。


 必死にそう言い聞かせても、胸の奥で膨らむ不安だけは、どうしても押さえ込めなかった。


「クラリス」


 名を呼ばれ、不安に支配されそうになっていた思考が現実へと引き戻される。


 声の方へ顔を向けると、そこにはアレクシスが立っていた。

 ゲームで見た通りの──いや、画面越しに見るよりも、何倍も破壊力のある立ち姿。

 全身から放たれるのは、王太子としての気品と威厳、そして人を惹きつける圧倒的な存在感だった。


 あまりの神々しさに目がチカチカしたが、鋼鉄の表情筋で顔に出すのはなんとか持ちこたえる。


 本当に……顔面偏差値が飛び抜けている人たちは、自重してほしい。

 不意打ちで視界に入られると、息の根を止められそうになる。


 アレクシスは、自然と割れていく人垣の中を、ゆっくりとこちらへ歩みを進めてくる。

 ──まさに、王子様。

 きっと、ゲームで彼がヒロインにダンスを申し込むときも、こんな光景だったのだろう。


 ……そう、ヒロイン。

 リナ、ここにあなたの王子様がいるのに、どこで何をしているの?

 私はルークと踊ったことで、約束を果たしたのだから。

 今度はあなたの番──


 リナの姿を探して視線を彷徨わせているうちに、アレクシスが私の前に立ち止まった。

 私が彼を見上げた瞬間、その手がゆっくりと差し伸べられる。


「私と──踊ってくれるだろうか」


 私はその手を見つめ、固まってしまった。


 流れるような王子様ムーブ。

 完璧な所作、絵画のような立ち姿。

 きっと周りの令嬢たちは、今この瞬間、悲鳴をこらえて卒倒しかけているに違いない。

 正直なところ、私だってあまりのキラキラぶりに意識が飛びそうになった。立ちくらみがする。


 確かに私は彼の婚約者だ。責任感から、ダンスに誘わなければと思っているのかもしれない。

 けれど──その破壊力は、どうかヒロインのためにとっておいていただきたい。


 とはいえ……今の私たちは、大勢の視線にさらされている。

 ここでアレクシスの手を取らなければ、彼の顔を潰すことになるだろう。

 その結果、この後に控えているリナとのダンスにまで支障が出たら──それこそ本末転倒だ。


 ……仕方ない。ここはアレクシスの肩慣らしとして、お相手することにしよう。


 私はルークに視線を向ける。


「……まぁ、仕方ないね」


 彼は困ったように微笑み、握っていた私の手を静かに離した。


 アレクシスに向き直り、差し伸べられた手にそっと自分の手を添える。

 その瞬間、彼の表情が安心したようにほころんだ。


 ──それは今まで見たことのない、彼の素の部分が垣間見えたような顔。

 先ほどまでの王子様然とした雰囲気とのギャップに、私の心臓は悲鳴を上げる。


 こ、これがギャップ萌えってやつね──って、いやいや、アレクシスはそんなキャラじゃないはず。落ち着け、私。


 いくら鋼鉄の表情筋でも、限界がある。私は彼を視界に入れないように、そっと目を伏せた。


 ちょうどそのとき、ゆったりとした旋律が流れ始める。

 寄り添うようなリズムに合わせ、私は自然とアレクシスに導かれるままステップを踏み出した。


 ──近い。さっきのルークとのダンスよりも、はるかに距離が近い。心臓がまた忙しなく暴れ出す。


 ……お、おかしい。アレクシスとのダンスなんて、これまでに何度も経験してきたはずなのに──

 どうして今日に限って、こんなに落ち着かないのか。


「……クラリス」


 頭上から、アレクシスの声が落ちてくる。

 私は意識を持っていかれないよう、厳重に注意しながら視線を上げた。


 視界に映ったのは、アレクシスの穏やかな微笑み。

 ……今までに、こんな表情を向けられたことがあっただろうか。

 まるで何かを悟ったような笑顔──ゲーム中の王子様然とした笑顔とも違う。

 なんというか……本当に、素のアレクシスを見ているような気がした。


 その呆然とした隙に、うっかり彼の唇を視界に収めてしまう。

 昨日、頬に触れた感触が一瞬で甦り、私は慌てて俯いた。


 ……なのに次の瞬間、アレクシスが耳元で囁く。


「今日のドレスは、よく似合っている」


 耳朶にかすかに触れる、低く甘い声。


 ──腰が砕けるかと思った。


 私は頭の中で素数を数えることで、必死に理性を繋ぎとめる。

 人生で絶対に役に立たないと思っていた素数が、こんなところで役立つなんて……夢にも思わなかった。


 その後も顔を上げることができず、曲が終わるまで私は素数を数え続けた。


 


 曲が終わり、ようやく解放されると、私はほっと息をついた。


 結局、最後まで視線を上げられなかった。

 ダンス自体は問題なくこなせたと思う。けれど、少しでもアレクシス──攻略キャラの持つ抗いがたい魅力を直視してしまえば、余計なことを考えてしまいそうで……私はひたすら視線をそらし続けた。


 よく考えれば、グランドナイトガラはゲームにおける山場だ。

 攻略対象が普段よりマシマシでキラキラしているのは、仕様上仕方がない。


 ……とはいえ。

 無遠慮にキラキラ光線を撒き散らすのはやめていただきたい。

 心臓の鼓動回数には上限があるのだ。寿命が縮む。せっかく死亡フラグを回避しようとしているのに、その前に寿命が尽きてしまう。


 私はアレクシスから体を離そうとした。

 けれど、手と腰を掴む彼の手は、まるで根を張ったかのように緩まない。


 ……え? なんで??


「あの、アレクシス様」

「ああ」

「……曲は、終わりました」

「……ああ、知っている」


 知っているなら、なぜ離してくれないのか──


 恐る恐る視線を上げると、アレクシスの青い瞳と目が合った。

 しかし、それを見つめるのが怖くて、思わず視線を逸らしてしまう。


 ……私はなぜ、こんなに緊張しているんだろう。

 相手はアレクシスだ。もちろん、整いすぎた顔ではあるものの……見慣れているはずの顔なのに。


 理解できない自分の反応にそわそわしていると、不意にアレクシスの手が私の頬に触れた。

 そこは昨日、彼の唇が触れた場所で──


「荒療治だったが……効果はあったようだ」


 その意味がわからず、私は顔を上げた。

 彼の顔に浮かぶのは、眩しそうに私を見つめる微笑み──


「……少しは、意識してもらえると助かる」


 ……なに、を?


 完全に思考が停止した私は、その言葉にもまったく反応できなかった。

 そんな私を見て、アレクシスは小さく苦笑を漏らす。

 そして頬をそっと撫で、ゆっくりと手を離した。


吹っ切れた王子様は、ついに積極的に。


今回のX投稿イラストは、アレクシスとクラリスのダンスシーン。

クラリスはアレクシスを直視できず、必死にそらしています(笑)。


次回ep.135はクラリス視点。リナを心配する彼女のもとに現れたのは──

10月7日(火) 19:00更新予定です。お楽しみに!


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