誤解
「──クラリス様。いかがでしょうか」
エミリアの声に促され、私はゆっくりと目を開けた。
そして、鏡の中に映る自分の姿に、思わず内心で苦笑する。
そこにいるのは、完璧なまでに仕上がった悪役令嬢──クラリス・エヴァレット。
先日このドレスを試着したときよりも、さらに完成度が増している。ドレスに合わせて髪や装飾まで整えてくれたエミリアのおかげだろう。
感情をあまり表に出さない彼女も、ほんのわずかに満足げな色を浮かべているのがわかる。
──ゲーム内で、舞踏会の会場に現れたヒロインの前に立ちはだかる、最後の壁。
それが、今の私だ。
そうだ。会場でリナに会ったら、たまには悪役令嬢らしく、鋭い一言でも浴びせてあげようかしら。
ゲーム中のクラリスの決め台詞を頭の中で反芻していると、ノックの音が響いた。
エミリアが扉まで歩き、相手を確かめてから静かに開ける。
そこに立っていたのは──ルークだった。
鏡越しに私を見た瞬間、彼が小さく息を呑む気配が伝わる。
「……やっぱり」
振り返ると、舞踏会用の衣装に身を包んだルークがそこに立っていた。
髪色に合わせた深い緑を基調にした服は、彼の爽やかな美貌をさらに引き立てている。目の保養にもほどがある。
ルークは困ったような、それでいて誇らしげな笑みを浮かべた。
「綺麗すぎて、誰にも見せたくないな」
本当に嬉しそうに、そんなことを言うのだから──私は内心の動揺を、咳払いでごまかすしかなかった。
「……そういうことは、誤解を招くからやめなさい」
ルークが女の子の扱いに長けていることは知っている。少しばかりナンパな一面もあるが、ヒロインだけは特別扱いする──それが、彼の推しポイントだ。
……なのに、それを姉相手に使うとは、完全にスキルの無駄遣いである。
にもかかわらず、ルークはいたずらっぽい笑みを浮かべ、そのスキルを惜しみなく発揮してくる。
「……誤解されても、構わないよ?」
その言葉が、胸の奥でじわりと熱を広げた。言い返す言葉を探す間に、心臓の鼓動ばかりがうるさく鳴る。
……この弟のスキルは、本当に侮れない。
ルークとともに部屋を出て玄関へ向かうと、そこには父が立っていた。
めずらしい。この時間は、いつもなら城にいるはずだ。
今日は「古代の神」が現れる日──当然、城で待機しているものと思っていた。
「今からグランドナイトガラに行くのか」
「……はい」
父の視線が鋭く私を射抜く。その奥に、冷たい計算とわずかな迷いが同居しているように見えた。
……もしかして、ゼノから聞いたのだろうか。「古代の神」の情報が私からもたらされたものだと。
その真偽を確かめるために、ここで私を待っていた……?
けれど、父は何も問わなかった。
その瞳に何かの意図が宿っているのは感じたが、それが言葉になることはない。
「……気をつけて、行ってくるといい」
それだけ告げると、父は先に玄関を出て馬車へ乗り込んだ。向かう先は、きっと城だ。
「なんか父さん、いつもと違ったね」
ルークも父の変化に気づいたらしい。去っていく馬車を見送りながら、首をかしげる。
私も同じように、その背中を目で追った。
──これから父は、宰相として「古代の神」の顕現に備える。
ゼノの進言に対して、実際に動き、準備を整えているのは父だろう。
「古代の神」は、必ず現れる。
私はヒロイン──リナと攻略キャラたちの絆を結ばせ、「封印の鍵」の力を引き出し、その脅威を退ける。
それでも、もし何かあったときに背後で支えてくれる存在がいると思うと、心強かった。
私は静かに、去りゆく父の背中へと頭を垂れた。
今回は少し短めですが、嵐の前の静けさということで。
とうとうプロローグに追いつきました!(長かった……!)
今回のX投稿イラストは、悪役令嬢なドレスに身を包んだクラリスです!
次回ep.132は、プロローグのルーク視点になります。
9月26日(金) 19:00更新予定です。お楽しみに!
また、スピンオフ短編
『わたくしの推しは筆頭公爵令嬢──あなたを王妃の座にお連れします』
を公開しました。
クラリスとレティシアの“はじまり”を描いた物語ですので、
よろしければ、そちらもお楽しみください。
https://book1.adouzi.eu.org/n4339lc/




