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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第八章 運命の時! グランドナイトガラ

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選択 2

 生徒会室は、初日や二日目ほどではないものの、関係者が忙しそうに行き交っていた。


 ほとんどの催し物は午前中で終わるため、今は夜の舞踏会──グランドナイトガラの準備が佳境に入っている。

 中でも責任者に抜擢されたノアが、きびきびと周囲に指示を飛ばしていた。


 来年、生徒会にはルークとリナしか残らない。リナが見習いを卒業して正式な役員になったとしても、二人とも二年生だ。三年生として、生徒会長を任せられる人材はぜひ欲しい。卒業式までに、なんとかノアを生徒会の一員に引き込みたい──私の密かな野望である。


「来たか」


 背後から声がして、私は反射的に足を止める。

 そして、平静を装って振り返り、いつも通りに挨拶をした。


「おはようございます、アレクシス様」

「ああ、おはよう」


 ……昨日はあの後、結局顔を合わせることなく、公爵邸へ戻ってしまった。副会長でありながら、生徒会の仕事を放り出して帰宅してしまったのだ。


「昨日は先に帰ってしまい、申し訳ございませんでした。残りのお仕事は、わたくしのほうで──」

「構わない。私のほうで、あらかた片付けておいた」


 さらりと告げられ、私は心の中で固まる。


 ……あらかた? ただでさえ膨大な仕事量を、ほとんど一人で?

 クラス劇は二日目の終盤だったので、終わってから片付けられる時間なんて限られていたはず。……この人、やっぱり優秀すぎる。


 それに──


「どうした、クラリス」


 私が言葉を探していると、ふっと笑いかけてくる。


 ……な、なんだろう。王子様度が……上がってる気がする。


 整いすぎた顔に余裕の微笑み。今さらだけど、この人は王子様なのだと痛感する。……背景に光の輪が見えるのは私の幻覚だろうか。


 昨日ここで顔を合わせたときは、空気が不穏で、互いに探り合うような状態だった。

 それが今日はこの笑顔。……ギャップが激しすぎて、逆に怖い。


 気圧されて後ずさる私に、なぜかアレクシスも歩みを合わせて近寄ってくる。歩幅の差で、みるみる距離が詰まっていった。


「あの、アレクシス様……」

「なんだ?」

「……なぜ近づいてくるのでしょうか?」

「君が離れるからだ」


 アレクシスは、おかしそうに喉を鳴らした。


 ……いや、それ答えになってないから。鶏が先か卵が先か、論争を始める気?


 生徒会室のあちこちから、なんとなく視線を感じる。みんな仕事に集中しているふりをしているけれど、絶対こっちを気にしている。


 やっぱり、昨日のクラス劇のせいだろう。リナの誤解は解けたとはいえ、このままでは彼女の恋路の障害になりかねない。

 学園中の誤解を解きに回る未来を想像してしまい、思わず遠い目になる。


「──はい、そこまで」


 壁際まで追い詰められる寸前、ルークが間に割って入った。


 私は心底ほっとして、近くまで来てくれたリナの隣に、できるだけ自然な動きで移動する。不自然ではなかったはず……うん。


 そんな私を見て、アレクシスはなぜか満足げな笑みを浮かべていた。……な、何なの、その笑みは。落ち着かない。


「──クラリス」


 ルーク越しに名前を呼ばれ、私は小さく「はい」と返事をする。……嫌な予感しかしない。


「今日のグランドナイトガラ──私に君を、エスコートさせてくれないだろうか」


 ──はい?


 アレクシスの言葉を理解するのに一秒。

 理解した瞬間、隣のリナの反応が気になって勢いよく振り向くのに一秒。

 両手で口を覆い、目を見開いているリナを見て、全身の血が凍るまでに一秒。

 計三秒で、私はこれまでの努力が水の泡になるかもしれない恐怖に襲われた。


 ……な、何を言っているの、この人は!

 確かに私はあなたの婚約者だけれど、それは名ばかりで、あなたの未来のパートナーの前で、無駄な責任感を発揮しなくていいのよ!


 無表情の裏で激しく動揺していると、ルークが私の手を取り、にっこりと微笑んだ。


「残念。姉さんは、僕がエスコートするんだよ」


 「ね?」といたずらっぽく笑うルークに、周囲の女子生徒たちから黄色い歓声が上がる。

 同時に、アレクシスの顔がわずかに引きつった。


「ルーク、お前……」

「そういえば、昨日の演技は見事だったね。本当に口づけしていたわけじゃないのに、そう見せる演技力がすごいよ」


 その一言で、遠巻きにこちらを見ていた生徒たちがざわめく。「え、そうなの?」という顔が一斉にこちらを向いた。


 私はルークに心の中で力強くエールを送る。


 ナイス、ルーク! 少なくとも、ここにいる生徒たちの誤解は解けた……はず!


 さらに、ルークは畳みかける。


「今日は王太子殿下の最後のグランドナイトガラだよ? お相手しなきゃいけない人は無数にいるはずでしょ。婚約者だからって、姉さんを優遇しなくても大丈夫。姉さんのことは、僕に任せて」


 有無を言わせないルークの笑顔に、アレクシスは言葉を失った。

 ルークの言うことは正論だ。王太子である以上、舞踏会では将来の地盤固めのため、社交を最優先にしなければならない。


 しばらく、アレクシスは悔しそうに眉間にシワを寄せていたが、やがてふっと息を吐くと、静かにこちらへ顔を向けた。


「……わかった。では、会場で会おう」


 その顔には、さっきまでの不満を包み隠すような、妙に余裕をたたえた笑みが浮かんでいた。

 私は内心ほっとしながらも──胸の奥に、説明のつかないソワソワが残ったままだった。




 最終日の催しもすべて終了し、残すは舞踏会──グランドナイトガラのみ。

 ガラの準備はすでに整っており、あとは責任者のノアと協力者たちに任せ、私たちは一旦帰宅して支度を整えるだけだ。


「後はお任せください」


 ノアは私たちを見回し、静かに告げた。

 声にはわずかな緊張が混じっていたが、それ以上に、確かな自信が滲んでいる。


「ああ、君になら任せられる。頼んだぞ」


 アレクシスの言葉に、彼は少しはにかむように笑った。


 ──ノアには、兄がいる。

 アレクシスの前の生徒会長だ。しかし、その兄はある事件をきっかけに、不名誉な退任を強いられた。もちろん、ノアには何の関係もない。

 彼自身も優秀で、生徒会役員として十分やっていける実力を持っている。それでも、兄の影に縛られるのを嫌い、誘いを受けても距離を置き続けた。

 「生徒会ではなく、別の立場から学園を支えたい」──そう考えた彼は、今では会場設営チームのリーダーとして腕を振るっている。


 ちなみにノアのルートは、通常のグランドナイトガラで踊る展開ではなく、特別ルートが用意されているらしい。……もう遅いけれど、課金してでも見ておくべきだった。

 そんな前世の未練を、神妙な面持ちで頷くノアを前に、必死に胸の奥へ押し込めた。


 校舎を出ると、ちらほらと舞踏会の準備のために帰宅する生徒たちの姿が見えた。

 おそらく、今日の午前中の催しの主催者たちだろう。それ以外の生徒は、すでに帰宅して支度に入っているはずだ。


「じゃ、アレクシス。僕たちはこっちだから」


 王族専用の馬車待機所は、他の貴族とは別の場所にある。

 校舎を出た途端、ルークは私とリナの肩を取って、アレクシスとは反対方向へと向きを変えた。リナの寮も私たちの馬車の待機所と同じ方向にあるため、ここからはアレクシスだけ別行動になる。


「クラリス、あとで──」

「はいはい、またあとでね」


 背後でアレクシスとルークが何やら言い争いを始めたが、私の関心はリナの舞踏会準備のほうにあった。


 私は何度か、公爵邸での支度を勧めていたが、彼女は頑なに首を振った。

 寮の侍女に頼んであるから大丈夫だと言い張る彼女に、無理強いはできない。

 それでも、念のためにもう一度だけ提案してみる。


「リナ。本当に、公爵邸に来なくていいの?」

「──は、はいっ。だ、大丈夫です……!」


 ルークに肩を掴まれているせいで、私とリナは自然と密着した姿勢になっていた。すぐ隣のリナの耳元に、小声で問いかける。

 ……が、なぜか彼女の頬が赤い。


 ……うーん? リナの本命はアレクシスだと思っていたけれど、やっぱりルークも“アリ”なのだろうか。肩を掴まれただけで赤くなるなんて……


 もしそうなら、公爵邸で着替えさせれば、会場ではなく邸内でルークが最初にドレス姿を見ることになる。

 それでは感動が薄れるかもしれない。……もっとも、ルークの場合はドレス選びにも立ち会っているので、今さら感もあるけれど。


「わかったわ。じゃあ……会場で会いましょう」


 私の言葉に、リナは「はい!」と嬉しそうに微笑んだ。まさに“ヒロインスマイル”と呼ぶべき笑顔だった。


 だから──私は安心してしまった。

 ……いや、油断してしまった。

 もっと警戒しておくべきだった。


 このときの選択を、私は後になって、死ぬほど後悔することになる。


アレクシスの攻撃力が上がり、ルークの防御力が上がったかと思えば、不穏な幕引き──

果たして、この選択がどんな結果につながるのか。


今回のX投稿イラストは、アレクシスに壁際に追い詰められるクラリスです!


次回ep.130は、エヴァレット家での準備。

父と顔を合わせます。


9月23日(火) 19:00更新予定です。お楽しみに!


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 『わたくしの推しは筆頭公爵令嬢──あなたを王妃の座にお連れします』
(クラリスとレティシアの“はじまり”を描いた物語です)

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 『毎日プロポーズしてくる魔導師様から逃げたいのに、転移先がまた彼の隣です』
(社畜OLと美形魔導師様の、逃げられない溺愛ラブコメです)

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