表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第八章 運命の時! グランドナイトガラ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

125/155

【リナ】不器用な王子様 3

 舞台の上のクラリス様は──

 私の言葉じゃ言い表せないくらい、綺麗だった。


 「エルデンローゼの誓い」は、王国の黎明期を描いた物語。

 初代国王エルヴィン様と、彼を支えたローゼリア様の絆を描いた、壮大で美しいお話だ。


 けれど──

 今そこにいるお二人は、役を演じているなんて思えないほど自然だった。

 まるで本当に、エルヴィン様とローゼリア様がこの時代に現れたみたいで。


 ……私は、泣きそうになってしまった。


 ローゼリア様の真っ直ぐさ、ひたむきさ。

 誰よりも民のことを想い、そのために自ら戦場へと赴く勇気と気高さ。

 そのすべてが、クラリス様と重なって見えて──胸がぎゅっと締めつけられた。


 きっと、今この舞台を見ている人たちは、皆気づいたはずだ。

 クラリス様は、「氷の伯爵令嬢」なんかじゃない。


 誰よりも素敵で、優しくて、まっすぐで──

 本当の意味で、完璧な公爵令嬢なんだって。


「……姉さん、大丈夫そうだね」


 隣に座るルークくんが、小さく呟いた。

 私は涙がこぼれそうになるのを堪えつつ、力強く頷く。


 うん。大丈夫。

 だって、クラリス様は……本当に、本当に素敵なんだから!


 胸の奥からせり上がってくる感情を押し込めながら、私は一瞬たりとも目を逸らさないよう、舞台を凝視した。


 劇は、終盤へと差しかかっていた。


 敵に囚われたローゼリア様──クラリス様が、牢の中で格子窓から空を見上げている。

 月明かりに照らされたその横顔は、どこか儚げで、今にも消えてしまいそうに見えた。


 ──早く、早く……

 誰か、クラリス様を助けてあげて──!


 もう私の中では、ローゼリア様とクラリス様の姿が完全に重なっていて、今すぐ舞台に駆け込んで、クラリス様を助け出したくなってしまう。


 そわそわし出した私を、ルークくんが肘で小突いてきた。

 わ、わかってるよ……! 行かないってば!


 これは劇。

 もちろん、ローゼリア様はちゃんと助け出される。


 彼女を救うため、たったひとりで敵地に乗り込んできた──


「──待たせてすまない。もう、大丈夫だ」


 ……あれ?


 ローゼリア様を助けに現れたエルヴィン様──アレクシス殿下の様子に、私はふと違和感を覚えた。

 けれどその正体がつかめず、思わず首を傾げてしまう。


 そのとき。

 ローゼリア様──クラリス様の表情に、ふっと微かな安堵の色が浮かんだ。


 ……ああ、そういうことか。


 殿下から、あの嫌な感じが消えている。

 今そこにいるのは、いつものアレクシス殿下だった。


 凛々しくて、威厳があって、人の上に立つにふさわしい存在。

 なのに、クラリス様のことになると、まるで不器用な少年みたいに右往左往してしまう。

 好きなくせに、なかなかうまく伝えられなくて、空回りばかりして──


 でも殿下は、力で押しつけることなんてしない。

 自分の立場や権力じゃなく、自分という人間で、クラリス様に向き合おうとしている。


 ……よかった。

 どうしてあんなことになっていたのかはわからないけれど、ちゃんと戻ってきてくれた。

 もうクラリス様が、あんなふうに悲しむことはないんだ。そう思った瞬間、胸がいっぱいになって、こらえていた涙が一気にあふれてきた。


「私はお前を守る。これからも、ずっと──」


 ハンカチで涙を拭っても、次から次へとこぼれてくる。

 もうすぐ最後のシーンなのに、視界がぼやけて仕方ない。


「だから……お前の隣に在ることを、許してほしい」


 ……これは。

 エルヴィン様の台詞に見せかけた、アレクシス殿下自身の想いだ。


 気合いを入れて顔を上げたとき、ちょうど殿下がクラリス様を抱きしめるところだった。


 ──私が犠牲になった、あのシーン。

 殿下は、しっかりここで使ってきたわけで。


 ……もう、ちゃっかりしてるんだから。


 私は内心で苦笑しながら、二人の姿をじっと見つめていた。


 ……ん?


 なんとなく──殿下の動きが、あのときとは違う気がした。

 もちろん、相手がクラリス様だから、演技にも気持ちが入ってるんだろうけど……


 殿下の手が、そっとクラリス様の頬に添えられた。

 目を閉じたクラリス様の表情は、もうこちらからは見えない。

 そして、殿下の顔が、ゆっくりと近づいていって──


 ……え、ちょ、ちょっと待って!? さすがに近すぎない!?


 私は思わず息を呑んだ。

 客席のあちこちから、小さな悲鳴やどよめきが上がる。


 アレクシス殿下の手で隠れていて、その瞬間ははっきりとは見えなかった。

 だけど、あれはどう見ても──


 クライマックスを盛り上げる壮麗な音楽が鳴り響く中、舞台の幕が静かに降りていく。


 そのタイミングに合わせるように、国花である《ミスティルローズ》の花びらが、はらはらと宙に舞った。

 「ふたりの誓いが永遠に続く」と伝えられる、伝説の花。


 その花びらに包まれながら──

 お二人は、みんなの前で……「誓いの口づけ」を、交わした。




 幕が完全に降りると、観客席からは割れんばかりの拍手が沸き起こった。

 陛下も師匠も立ち上がり、惜しみない拍手を送っている。


 陛下は口の端をわずかに上げて笑っていた。

 まるで「やるじゃないか」と言いたげな、満足そうな表情だ。


 私は──その場から動けなかった。

 もちろん、立ち上がって拍手なんて、とてもできなかった。


 隣では、ルークくんも同じように座ったまま、ピクリとも動かない。

 そこからじんわりと伝わってくる、静かだけど明らかにピリついた空気……

 怖くて、とてもじゃないけど顔を向けられない。


 ……いや、たしかに、仲直りできてよかったとは思ってるよ?

 でも、殿下……ちょっと、調子に乗りすぎじゃない?


 もちろん、クラリス様も殿下のことを好きで、もし本当に両想いだったなら──

 私だって、全力で拍手していただろう。手がちぎれたって構わない。


 だけど、今のクラリス様は……きっと、まだ殿下の気持ちをちゃんと認識できていない。

 それなのに、い、いきなりあれは……さすがに飛ばしすぎでしょ!?


「……あの、ルークくん?」


 恐る恐る、私はルークくんに視線を向けた。

 そして──すぐに後悔した。


 ルークくんの顔から……表情が消えていた。

 まるで仮面を被ったみたいに、感情の一切が読み取れない。


 いつものルークくんは、表情豊かで、よく笑っている。

 他の貴族の人たちと違って、気持ちをちゃんと顔に出してくれるから、私は安心して話せていた。


 でも──


 もしかしたら、それは、私が勝手にそう思い込んでいただけなのかもしれない。


 ルークくんが見せていた笑顔は、彼のほんの一部で。

 その奥には、もっといろんな感情が──複雑で、深くて、私には触れられない何かが──渦巻いているんじゃないか。

 そんな気がして、息が詰まった。


 ……まさか、ね。


 背中をつたう冷たい汗に身震いしているうちに、ルークくんの顔に、いつもの笑顔が戻っていた。

 そしてゆっくりと、私のほうへ振り返る。


「じゃあ、生徒会の仕事に戻ろうか」


 ──その笑顔は。


 今までに見たどんな“怖いもの”よりも、私を凍りつかせた。


ルークの闇を垣間見てしまい、内心ビビり散らかしているリナです。

今回のX投稿イラストは、無表情で舞台を見つめるルーク。怖い!(笑)


次回ep.126は、久しぶりにクラリス視点へ。

9月9日(火) 19:00更新予定です。お楽しみに!


感想・ブクマ・ポイントで応援いただけると、とても励みになります!

どうぞよろしくお願いいたします!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


◆YouTubeショート公開中!◆
 https://youtube.com/shorts/IHpcXT5m8eA
(※音が出ます。音量にご注意ください)
(本作10万PV記念のショート動画です)

◆スピンオフ短編公開中!◆
 『わたくしの推しは筆頭公爵令嬢──あなたを王妃の座にお連れします』
(クラリスとレティシアの“はじまり”を描いた物語です)

◆オリジナル短編公開中!◆
 『毎日プロポーズしてくる魔導師様から逃げたいのに、転移先がまた彼の隣です』
(社畜OLと美形魔導師様の、逃げられない溺愛ラブコメです)

更新告知やAIイラストをXで発信しています。
フォローしていただけると励みになります!
 ▶ Xはこちら:https://x.com/kan_poko_novel

 完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ