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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第八章 運命の時! グランドナイトガラ

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【リナ】不器用な王子様 1

 舞台の幕が静かに降りるのと同時に、《ミスティルローズ》の花びらが、はらはらと空中に舞い落ちていく。


 その花は、エルデンローゼ王国の象徴。

 そして、「二人の誓いが永遠に続く」という伝説を体現する特別な存在だ。


 ──「エルデンローゼの誓い」。

 その物語のラストを飾る、象徴的な演出だった。


 エルヴィン様とローゼリア様が……

 いや、アレクシス殿下とクラリス様が、ゆっくりと降りてきた幕に隠れ、やがて見えなくなる。


 私は、動けなかった。


 隣に座るルークくんの表情を見るのが怖くて、視線を向けることもできない。

 脂汗がにじむ。背筋を固くしたまま、椅子に縫いとめられたように動けなかった。




 昨日、クラスの飲食店の仕事を終え、ルークくんと並んで生徒会室に戻る途中のことだった。


 日は傾き、廊下にはもう夕闇が忍び込んでいた。先の方、生徒会室の扉がわずかに開いていて、そこから夕日が漏れている。


 きっと、アレクシス殿下やクラリス様が中にいらっしゃるのだろう──

 そう思うと、嬉しくて、私は自然と足を速めていた。


 けれど。


 扉の隙間から漏れ聞こえてきた声に、思わず立ち止まった。


「……勝手をして、申し訳ございません。ディアナ様がケガをされ、儀に出られる状態ではなかったため、私が代役を──」

「それなら──なぜ、私を呼ばなかった?」

 その声は、間違いなくアレクシス殿下とクラリス様のものだった。

 けれど、そこにあったのは、いつもの穏やかなやりとりではなかった。

 張り詰めた空気が、扉の隙間から溢れてくるようだった。

 私が足を止めたのに気づいて、ルークくんも歩を止め、不思議そうに眉をひそめる。

 アレクシス殿下の声には、明らかな苛立ちが滲んでいた。


 一方で、クラリス様の声音は淡々としているようで──けれど、微かに揺れているようにも感じた。


 詳細はわからないが、おふたりの言葉から察するに、「双剣の儀」で何かすれ違いがあったのだろう。


 私の心臓が、うるさいほど打ち鳴らされていた。


 どうしよう。クラリス様が困っている。

 でも、私が口を出していいようなことじゃないかもしれない……


 頭が混乱して、思考がぐるぐる回る。


「……申し訳ございません」


 その声が、耳を打った。


 ──クラリス様の、声だ。


 今まで聞いたことのない。ひどく、悲しい声音だった。


 理由はわからない。でも、それはまるで、何か大切なものを手放してしまった人のような、そんな痛みを帯びていた。


 次の瞬間、私の中で何かが弾けた。


 その衝動が、私の足を前に動かす。


 隣にいたルークくんも、まるで同じ衝動に突き動かされたように、一歩を踏み出した。


 私たちは、ためらいなく生徒会室の扉を開く。


 中には──

 深く頭を垂れるクラリス様と、俯いたまま立ち尽くすアレクシス殿下の姿があった。


 クラリス様はこちらに背を向けていて、表情は見えない。

 アレクシス殿下も、夕陽を背にしていて、顔は影に沈んでいた。


 だが、その手がゆっくりとクラリス様へと伸ばされていくのを見た瞬間──

 胸の奥で、何かがざわめいた。


 ──クラリス様に、触れないで。


 理由なんてわからない。ただ、今の殿下に、クラリス様へ触れてほしくないと、強く思った。


 ルークくんも同じ気持ちだったのだろう。彼が一歩前に出て、その手を静かに、けれど確かに掴んだ。


 殿下の手は、クラリス様に届くことなく、止まった。


 私は安堵の息をついて、クラリス様の傍に立つ。そして、彼女の手を、そっと握りしめた。


 クラリス様が、驚いたように顔を上げ、こちらを見つめる。


 私は、クラリス様を安心させたくて、できる限りの笑顔を向けた。


 ──もう、大丈夫。


 私が……私たちが、クラリス様を守るから。




「おはよう、リナ」


 次の日、クラリス様はいつも通りに挨拶をしてくれた。


 でも……たぶん、昨日は眠れなかったんだと思う。顔色が、少し悪い。


 その姿を見た瞬間、胸の奥がムカムカしてきた。

 何があったのかは知らない。でも、クラリス様をこんな顔にさせたアレクシス殿下に、どうしようもなく腹が立っていた。


 もちろん、もしかしたらクラリス様が何か失敗したのかもしれない。そんなの、考えられないけれど。

 それでも、クラリス様はきちんと謝っていた。それを許してあげられないなんて、王子様のくせに心が狭すぎる。


 私は──クラリス様には、幸せになってほしい。

 だから、クラリス様を幸せにしてくれる人と、一緒になってほしいって、心の底から思ってる。


 アレクシス殿下は婚約者で、一番近くにいるはずの人なのに──

 今のままじゃ、とてもクラリス様を任せられない。


 ライオネル先生やルークくんのほうが、よっぽどクラリス様を幸せにしてくれそうだ。


 ライオネル先生は、クラリス様を前にするとちょっと意識しすぎて、なかなか踏み込めないみたい。

 だから、応援の意味も込めて、「双星の舞」を一緒に踊ってほしいってお願いしてみた。

 お二人の舞は本当に素敵だったし、お似合いだと思った。ライオネル先生なら、クラリス様をちゃんと大事にしてくれるはず。


 ルークくんは、いつだってクラリス様に優しい。

 残念ながらクラリス様は、ルークくんのことを“弟”としてしか見ていないみたいだけど……

 でも、この前の「星降るパフェ」のときは、さすがのクラリス様も動揺していた。

 あのときの顔を見て、「これは……いけるかも」って、ちょっと思った。

 少なくとも、ルークくんはクラリス様に悲しい顔をさせたりしないと思う。


 ゼノ先生は……うーん、まだちょっとよくわからない。

 でも、クラリス様のことを憎からず思ってるのは、なんとなくわかる。


 もともとゼノ先生って、クラリス様のことを観察するように見ていた気がする。

 それがなんだか、ちょっとだけモヤモヤして──上手く言えないけど、嫌な感じだった。

 クラリス様も、それを感じ取っていたのか、ときどき居心地悪そうにしていた。


 でも……夏休みの後から、先生の視線が変わった。


 それは本当に、ささやかな変化だったけど──

 誰よりもクラリス様を見ている私には、ちゃんとわかった。


 今の先生の目は、どこか優しくて、見守るようなまなざし。

 そう言うと変かもしれないけど……でも、前に感じていたモヤモヤは、もう感じなくなっていた。


 クラリス様のまわりには、ちゃんとクラリス様を大切にしてくれる人たちがいる。


 もちろん、私だって。

 絶対に、クラリス様を大切にするって、決めてるんだから。


「じゃあ、今日も頑張りましょうね!」


 私は、クラリス様が無理をしているのに気づかないふりをして──でも、元気づけるつもりで、その手をぎゅっと握った。

 クラリス様は、少しだけ驚いたように目を見開いた。けれど、その手が振り払われることはなかった。……よかった。


「リナだけずるいよ」


 そう言って、ルークくんもクラリス様の反対の手を取る。


 私とルークくんに両側から手を握られて、クラリス様は無表情のまま、けれど少し困ったように眉を下げていた。


 ──その表情が、とても可愛くて。

 この人に、もう二度と悲しい思いをさせたくない──そう、心の底から思った。




 生徒会室に着くと、すでにアレクシス殿下は忙しそうに仕事をしていた。


 ──見た目は、いつも通りの殿下。


 けれど、一瞬こちらに視線を向けたかと思えば、すぐに手元の書類へ目を戻し、淡々と周囲に指示を飛ばしていく。


 ……感じ悪っ。王子様なのに、ちっとも優しくない。


 私はクラリス様をかばうように、そっと握った手に力を込めた。


 昨日のことを、すぐにクラリス様に謝ってくれてたら、見直したのに。

 やっぱりクラリス様には、もっと優しくて誠実な人と幸せになってほしい。


 夏休みに、私の剣の特訓をしてくれた騎士団長のヴィンセント様──ううん、ヴィンセント師匠。

 師匠は、婚約者のいたご令嬢と恋に落ちて、その婚約を破棄させてまで結ばれたって噂を聞いた。


 なんて素敵なストーリー! 物語の中の騎士様みたい!


 ……まあ、実際の師匠は騎士様っていうより、ちょっと野生味強めで荒っぽいけど。そこは、物語補正でいいことにする。


 だったら、クラリス様にだって、別の人と結ばれる未来があってもいいはずだ。


「姉さん、大丈夫?」


 ルークくんが、クラリス様の耳元でそっと囁く。

 その声音には、心からの心配と優しさがにじんでいた。


 ……うん、やっぱりルークくんって、いいよね!

 その眼差しからも、クラリス様へのまっすぐな愛が感じられる!


 クラリス様は、一拍だけ間をおいて、小さく頷いた。

 そして、私たちの手をぎゅっと握り返してから、そっと手を離す。


 「大丈夫」──きっと、そう言いたいんだろうけど。


 その横顔は……あんまり、大丈夫そうには見えなかった。


リナの中のアレクシス評価、急降下中です(笑)。

クラリスを悲しませる相手は、たとえ王子様であっても容赦しません。


次回ep.124では、王様と騎士団長に遭遇!

9月2日(火) 19:00更新予定です。お楽しみに!


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(※音が出ます。音量にご注意ください)
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◆スピンオフ短編公開中!◆
 『わたくしの推しは筆頭公爵令嬢──あなたを王妃の座にお連れします』
(クラリスとレティシアの“はじまり”を描いた物語です)

◆オリジナル短編公開中!◆
 『毎日プロポーズしてくる魔導師様から逃げたいのに、転移先がまた彼の隣です』
(社畜OLと美形魔導師様の、逃げられない溺愛ラブコメです)

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