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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第八章 運命の時! グランドナイトガラ

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【アレクシス】彼女との距離 2

 結局、昨夜はよく眠れなかった。


 本来なら、学園祭の運営で疲労困憊のはずだ。だというのに、頭の中は混乱したまま整理がつかず、少しも心が休まらなかった。


 けれど、私は生徒会長だ。学園祭は、まだあと二日も残っている。


 ──そして、今日はクラリスとのクラス劇がある。


 私は姿勢を正し、鏡に映る自分と静かに向き合った。


 クラリスほどではないにせよ、私も王族として、感情を表に出さない術は心得ている。

 ……もっとも、彼女の前では、それがことごとく通用しないことも多いのだが。


 今日は──きちんと謝ろう。


 昨日の自分の言動は、彼女にとって理解しがたいものだったはずだ。

 もしかすると、私の中に芽生えた……そう、嫉妬にも似たこの感情に、気づかれたかもしれない。


 その理由を、きちんと伝えたい。

 うまく言葉にできる自信はない。だが、それでも、このまま距離を置いたままでは、私のほうが耐えられそうになかった。


 まずは、謝罪だ。


 そして、クラス劇が無事に終わったら──


 グランドナイトガラの夜。

 彼女にダンスを申し込み、この想いを伝えよう。




 クラリスは、なぜかルークとリナに両手を繋がれた状態で生徒会室に現れた。


 まるで両親に手を引かれた幼子のように、彼女の手はしっかりと二人に握られている。


 ルークは、あからさまに挑発するような目をこちらに向けていた。クラリスのそばに立つその姿は、まるで「僕のほうが姉さんを理解している」とでも言いたげだ。……相変わらず性格が悪い。


 リナもまた、視線をこちらによこしている。普段の朗らかな表情は鳴りを潜め、驚くほど真っ直ぐで、強い目をしていた。

 その眼差しはまるで──「クラリス様を傷つける人は、絶対に許さない」──そう語っているかのようだった。


 ……どいつもこいつも……


 視線を二人から外し、私はクラリスに目を向けた。


 彼女は……平静を装ってはいるが、わずかに顔色が悪い。昨夜、私と同じように、眠れなかったのだろうか。


 ほんの少しでも──彼女が私のことで悩んでいたのなら。

 そう思うだけで、胸の奥がじんわりと熱を帯びていく。


 ……いや、何を考えているんだ、私は。


 慌てて視線を逸らし、手元の書類に目を落とす。


 今のままでは、彼女に謝ることなどできそうにない。あの二人がそばにいては、なおさらだ。何を言っても遮られ、台無しにされるのが関の山だろう。


 せめて、クラス劇までに二人きりになれる機会を作ろう。

 そして──きちんと、謝ろう。


 私は意識を切り替え、生徒会長としての役目へと心を戻す。

 今は、学園祭の準備という目の前の仕事に、集中することにした。




 ……見通しが甘かったかもしれない。


 クラス劇の時間が迫る中、結局クラリスと話す機会は一度も訪れなかった。


 エルヴィンの衣装に袖を通しながら、私は小さくため息をつく。


 この状態で完璧な舞台を演じられるはずがない。

 せめて、幕が上がる前に──一言でも、彼女と話しておきたかった。


「アレクシス様」


 ほぼ着替えを終えた頃、レティシアが姿を現した。


 普段は情熱に満ちた彼女だが、今は驚くほど落ち着いている。

 すでにやるべきことはやり終えた。今はただ、全員が全力を尽くすのみ。

 そのことを理解しているからだろう。

 彼女は、まるで戦を前にした指揮官のような静けさをまとっていた。


「……ありがとうございます、アレクシス様」


 突然の感謝に、私は思わず眉をひそめる。


「何を言っている。まだ劇は始まってもいないぞ」

「ふふっ、そうですね……ですが、それでもわたくしは──お二人が主役を引き受けてくださったことに、心から感謝しているのです」


 口元に手を添えて笑った彼女は、すぐにその表情を引き締め、真っ直ぐに私を見つめた。


「わたくしのホーソン家は、代々、心から王家に忠誠を誓ってまいりました。だからこそ──『エルデンローゼの誓い』をクラス劇として上演できたこと、そして、その主役をアレクシス様とクラリス様に演じていただけたことが……わたくしにとって、何よりの誇りなのです」


 エルデンローゼ王国には、古くから続く三つの公爵家がある。


 政の中枢を担い、宰相を代々輩出する筆頭・エヴァレット家。その影響力は、王国随一と称される。

 王族の分家筋に連なり、貴族社会の頂点に君臨するヴィステリア家。格式と伝統を重んじるその姿勢は、宮廷においても特別な威光を放っている。

 そして、芸術と文化の守護者・ホーソン家。王宮を彩る装飾や儀礼の数々には、代々ホーソン家の手が深く関わっているという。


 三家はそれぞれ異なる領域で王家を支え、互いに干渉することなく、絶妙な均衡を保ち続けている。──それが、この国の安定を長らく支えてきた。


 中でもホーソン家は、格式や権勢では他の二家に劣るかもしれない。

 だが、その忠誠心だけは、誰にも真似できない。王家への想いと技術を、その手にすべて注いできた家なのだ。


 レティシアは少し芝居がかった仕草で手を胸に当て、優雅にかしずく。


「次代の王と王妃の、華々しい第一歩を演出できたかもしれないことに──わたくしは、何よりも感謝しております。ありがとうございます、アレクシス様」


 「次代の王と王妃」──その言葉に、私は思わず自嘲めいた笑みを漏らした。


「……本当にそうであれば、よいのだがな」


 ぼそりと漏れた言葉に、レティシアは小さく首を傾げた。


「……どういう意味でいらっしゃいますか?」


 私は、答えられなかった。


 このままでは、そう遠くない未来に──クラリスは、私の手の届かないところへ行ってしまう。

 レティシアの思い描く未来が──自分が当然のように思い描いていた未来が、叶わないこともあるのだと、私はようやく理解し始めていた。


 沈黙した私を見上げて、彼女はしばらく言葉を選ぶように目を伏せ──やがて、そっと微笑んだ。


「……アレクシス様。どうか、わたくしにお任せください」


 その声は、静かでありながら、どこまでも確かだった。




 しばらくして──ローゼリアの衣装に身を包んだクラリスが、レティシアに手を引かれて現れた。


 劇中の騒乱を表現するため、衣装にはあえて控えめな乱れが加えられていた。

 それでも──いや、それだからこそ。

 彼女は、息を呑むほど美しかった。


 私は、この機会を逃すまいと、じっと彼女を見つめた。

 けれど、どうしても言葉が出ない。

 喉の奥に重たいものが引っかかったようで、声にならなかった。


 私が口を開くより早く──クラリスが、そっと声を発した。


「……アレクシス様」


 その名を呼ばれた瞬間、心臓が小さく跳ねた。

 彼女の口から紡がれる自分の名が、どうしようもなく特別なものに思えた。


「昨日は……本当に申し訳ございませんでした」


 先に謝られてしまったことに、焦りがこみ上げる。


 いや、違う、そうじゃない。謝るのは、私のほうなのに。


 どうにかして言葉を返そうとした、その瞬間。


「わたくしの勝手な判断で動いたことで……アレクシス様まで巻き込んでしまうところでした」


 ──違う。


 違う、クラリス。そうじゃないんだ。


 私が苛立っていたのは、そんな理由からじゃない。


 クラリスとの距離は、ほんの一メートル。

 けれど、その一歩が、どうしようもなく遠く感じられた。


 私は……巻き込まれたかったのだ。


 君が困っているとき──

 そばにいたかった。力になりたかった。守りたかった。

 ……ただ、それだけだった。


 でも君は、私をその領域に入れようとはしなかった。


 ──私は、何を勘違いしていたんだろう。


 手を伸ばせば、すぐ届くと思っていた。

 彼女は私を必要としてくれていて、常にそこにいてくれるのだと。

 そんな幻想に、私は情けないほど囚われていた。


 けれど、彼女はそこにはいなかった。


 王太子という立場に甘えて、ただ立ち尽くしている間に。

 気づけば、彼女は──もう、手の届かない場所にいたのだ。


 私が気づかない間に、彼女との距離は、いつのまにか遥か遠くへと離れていたのだ。


 ……今になって、そんな当たり前のことに気づくなんて。


「……いや、私も悪かった」


 どうにか絞り出した声は、情けないほどか細かった。

 笑顔を作ったつもりだったが──おそらく、うまくいっていなかっただろう。


「……もうすぐ始まる。完璧な劇にしよう」


 それだけが、今の私にできる精一杯だった。


すべてを諦めてしまったかに見えるアレクシス。

彼は最後に、どんな決断をするのか──


次回ep.122、8月26日(火) 19:00更新予定です。

お見逃しなく!


──

Xでは更新連絡やAIイラストも投稿中!

表向きには優雅で楚々としたレティシアですが──その内には、熱く燃える忠誠心が。

今回は、実は熱い王家推しだった彼女のイラストです。

https://x.com/kan_poko_novel

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(※音が出ます。音量にご注意ください)
(本作10万PV記念のショート動画です)

◆スピンオフ短編公開中!◆
 『わたくしの推しは筆頭公爵令嬢──あなたを王妃の座にお連れします』
(クラリスとレティシアの“はじまり”を描いた物語です)

◆オリジナル短編公開中!◆
 『毎日プロポーズしてくる魔導師様から逃げたいのに、転移先がまた彼の隣です』
(社畜OLと美形魔導師様の、逃げられない溺愛ラブコメです)

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