悪役令嬢の真骨頂 1
私は心のなかでほくそ笑んでいた。それが表情に現れないことをいいことに、何食わぬ顔をして廊下を進む。
隣ではリナが初級魔術書を両手で抱えながら、こちらを窺うようにチラチラと視線を送ってくる。顔を青くしたり赤くしたりしているその姿は、さながら迷子の子鹿のようだ。おそらく、私に怯えているのだろう。
彼女を怖がらせるつもりは毛頭ないのだが、いかんせん、この氷の公爵令嬢の体は融通が利かない。優しい笑顔で緊張を解してあげたいところだが、それができる表情筋を持ち合わせていない。
そもそも、彼女が絆を深めなければならないのは私ではなく、攻略キャラたちだ。私は影に徹しよう。
最初こそ、リナのヒロインにあるまじきポンコツステータスに恐れおののいたものだが、私もゲーマーの端くれ。ステータスが足りないのであれば、レベルを上げればいいのだ。
レベルを上げるためには、特訓あるのみ。その環境は、完璧に整えた。
まず、リナを私の監視下に置くため、生徒会の見習いとして加入させた。これは学園長からのありがたいきっかけに乗らせていただいた。
カスパー学園長は父とも交流があり、私が幼い頃から知る存在だ。その柔和な笑顔の裏には、一筋縄ではいかない狸の本性が隠れている。侯爵家当主の肩書にふさわしい人間であることは、幼いながらにも理解していた。
そんな狸親父が、リナのポンコツぶりを見て、生徒会になんとかしろと無茶振りをしてきた。
おそらく、学園長は彼女の力を知っているのだろう。彼女が「封印の鍵」であることは一部の人間しか知らないが、国王と宰相である父は把握しているはず。その二人の知己であり、彼女の世話を任された学園長が知らないはずがない。
だが、予想外にポンコツだった彼女をどう扱えばよいか分からない。だからこそ、生徒会に丸投げしてきたのだろう。
なかなかのやり手だ。人を使う才能に溢れている。
アレクシスがその要望を断ろうとしていたのを、私は間髪入れず阻止した。
なにせ生徒会にリナを引き込めれば、彼女をこちらの監視下に置くことができ、かつ攻略キャラであるアレクシスに近づけることができる。
さらに、ルークの生徒会への加入、ゼノとライオネルの個別指導まで取り付ける。我ながら完璧な布陣だ。
アレクシスは冷静なふりをしてその結論を飲んだが、あれは内心動揺していたに違いない。しかし、私は素知らぬ顔で話を進めた。
その結果、私の監視の下、彼女は生徒会でアレクシスとルーク、個別指導でゼノとライオネルとの距離を詰める。
もちろん、私がリナに厳しくあたっていれば、彼女に同情が集まり、攻略キャラたちが彼女を支える動機になる。
これで絆が深まらなければ、ヒロインの名が廃るというものだ。
まさに完璧。これが完全無欠な悪役令嬢の真骨頂だ。




