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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第八章 運命の時! グランドナイトガラ

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幕が上がる前に 1

 学園祭、二日目──

 運命の時は……明日。




 ……またしても眠れなかった。


 二日連続の寝不足は、さすがに体に堪える。

 朝、鏡に映った自分の顔を見て、思わずため息がこぼれた。そんな私に、エミリアは何も言わず、白粉を軽やかにはたき、目元のクマも手際よく隠してくれた。持つべきものは、優秀な侍女だと改めて思う。


 昨日──

 生徒会室でアレクシスを見送った後、私はルークとリナに伴われ、公爵邸へと帰った。

 リナは馬車までの道中、ずっと私の手を握ってくれていた。何も言葉はなかったけれど、その温もりが「大丈夫ですよ」と語りかけてくれているようだった。


 馬車に乗り込むとき、リナは手を離すのをためらっているように見えた。

 そんな彼女に、ルークが静かに声をかけた。


「あとは僕に任せて」


 そう言って、ルークは私の左手を取った。

 リナは少しほっとしたように手を放し、見事なヒロインスマイルで私を見送ってくれた。


 ルークは馬車の中でも、公爵邸に戻ってからも、私の手を離さなかった。

 さすがに冷静さを取り戻していた私は、途中で何度か手を離そうとしたが……結局、部屋の前までその手が放されることはなかった。


 ……まるで、介護されるおばあちゃんになった気分だった。


「エミリア、姉さんを頼んだよ」


 部屋の前でそう告げ、エミリアに私を託したところで、ようやくルークは手を放してくれた。

 その温もりが離れていくのが、ほんの一瞬、寂しく感じた私は、思わずわずかに力を込めてしまった。

 ルークは少しだけ驚いたように目を瞬かせたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべ、私の頭を優しく撫でた。


「……おやすみ、姉さん」


 ……まるで、一人で眠るのを嫌がる子供になった気分だった。


 その後はエミリアに身を任せ、すべてを整えてもらい、ようやくベッドに横たわった。

 けれど、頭の中は学園祭初日の出来事でいっぱいで、目を閉じてもぐるぐると思考が巡り、疲れているはずの体は少しも休まらなかった。


 ──とにかく、アレクシスにもう一度、謝ろう。

 今回のことは、紛れもなく私の責任だ。


 そう心に決め、眠りに落ちたのは、夜が白々と明け始めた頃だった。


 そして朝──エミリアの手で、どうにか寝不足の顔も見られる程度には整えてもらい、私は部屋を出た。


 扉の外には、ルークが立っていた。

 私の姿を見た彼は、少し苦笑した。


「……おはよう、姉さん」


 ……私のひどい顔に触れない弟の優しさが、ありがたかった。




 学園に着くと、馬車の待合所でリナが待っていた。

 馬車から降りた私に、彼女は小走りで駆け寄り、じっと顔を覗き込んでくる。


「おはよう、リナ」


 私は、あくまで何事もなかったように朝の挨拶をする。

 エミリアが上手に隠してくれたとはいえ、私の顔は決して褒められたものではないだろう。

 それでも、これ以上リナに余計な心配はかけたくなかった。彼女は、これから私などに構っている場合ではないのだから──


「……おはようございます、クラリス様」


 私の固い決意を汲み取ってくれたのか、リナは困ったように微笑むと、そっと私の手を取った。


「じゃあ、今日も頑張りましょうね!」


 ──眩しい。眩しすぎる……その笑顔。


 最近のリナのヒロイン力が強すぎて、弱り切った悪役令嬢には刺激が強すぎる。

 でも……どうして私たち、こんな自然に手を繋いでいるのかしら。これじゃまるで、恋人同士──

 いや、違う。だから、そういうジャンルのゲームじゃないんだってば。


「リナだけずるいよ」


 少し拗ねたように口を尖らせたルークが、今度は私の反対側の手を取った。


 ──結果、私は二人に左右から挟まれる形に。


 ……なにこれ、どういう状況?


 同じように馬車で登校してきた他の生徒たちの視線が痛い。

 悪役令嬢が、ヒロインと弟にサイドを固められている。逃げ場がない。


 満足げな二人に挟まれたまま、私は観念して生徒会室へと歩を進めた。


 


 生徒会室までの道すがら、昨日の模擬店の様子を聞いてみる。


 ゲーム中では、学園祭の最中、ウェイトレス姿のヒロインに絡んでくる生徒がいて、それをルークが颯爽と助けるイベントがあった。

 その後、彼はヒロインの手を取って囁くのだ。

 ──「ちゃんと、僕の目の届くところにいてね」……と。


 このイベントが発生すれば、グランドナイトガラの成功は間違いない。


「実は、お客さんで来てくれた他のクラスの子にちょっと絡まれちゃったんですけど、ルークくんが助けてくれたんです!」


 リナの言葉に、寝不足で鈍っていた私の頭に血が巡るのを感じた。


 ──キタコレ!


 久々の手応えに、心の中でガッツポーズを取った。


 しかし、続いたルークの言葉に、私は己の浅はかさを思い知る。


「何言ってるんだよ、リナ。僕の助けなんて必要なかったじゃないか」


 ルークは肩を竦め、呆れたように笑う。


 聞けば、リナは男爵家の次男に絡まれ、伸ばされた手を逆にしっかりと握り返し、相手に悲鳴を上げさせたらしい。さすがパワー系ヒロイン。

 とはいえ、相手は貴族。平民のリナが力で黙らせたなどと広まっては後が怖いので、ルークが間に入って場を収めたという。


 ……なんか、思ってたんと違う。


「もう、それは内緒にして!」


 顔を赤くして抗議するリナと、悪戯っぽく笑うルーク。

 私は心の中で肩を落としつつも、「……まあ、これも悪くないか」と思い直した。




 今日は各クラスの企画や演劇ホールでの発表がメインの日だ。

 そのホールでは、部活動や各クラスの劇、ダンス、楽器の演奏が予定されており、ここ生徒会室には、その進行状況を確認したり、許可や調整の相談に訪れる生徒たちがひっきりなしに出入りしていた。


 その喧騒の中心に、アレクシスがいた。

 見た目はいつも通りの冷静さを保っているように見える。何事もなかったかのように、次々と的確な指示を飛ばし、周囲の生徒たちを動かしていた。


 ──でも。


 ふと、彼の視線がこちらに向けられた。

 その一瞬、私は無意識に背筋が伸び、体に緊張が走るのを感じた。

 気配を察したのか、私の両手を握っていたリナとルークの手に、そっと力がこもった。


 しかし、アレクシスの視線はほんの一瞬だけ私を捉えた後、すぐに逸れた。そして彼は、その一瞬さえなかったかのように、再び周囲へと意識を向け、指示を続けていた。


 ……無視されたわけじゃない、と、思う。……そのはず。うん。


「姉さん、大丈夫?」


 心配そうな声が耳元で囁かれた。ルークだった。

 私は小さく頷いて、大丈夫だと言う代わりに、彼の手をそっと握り返した。


 ──そうだ、今日も今日とて、やるべきことが山積みなのだ。

 個人的なわだかまりに囚われている場合ではない。後で、ちゃんと時間を見つけて謝ろう。

 今は、生徒会役員としての役目を果たすときだ。


 私は一度、リナとルークの手をしっかりと握り締め、心の中で小さく息を整えた。

 そして、ゆっくりとその手を離す。


 前を向こう。今だけは。


仲直りの糸口を掴めないままのクラリスとアレクシス。

それでも物語は止まらず、次回はいよいよ夏休み特別連続投稿のラストです。


次回 ep.119 は 本日 8月15日(金) 19:00 更新!

二人のすれ違いは、このまま深まってしまうのか──ぜひ見届けてください。


──

【夏休み特別連続投稿】

8月12日(火)~15日(金)は、いつもより少し早いペースでお届けしてきました。


・8/12(火) 10:00 ep.114(済)/ 19:00 ep.115(済)

・8/13(水) 10:00 ep.116(済)

・8/14(木) 10:00 ep.117(済)

・8/15(金) 10:00 ep.118(済)/ 19:00 ep.119 ←ラスト!


次回、ついに夏の連続投稿ラストです! 最後までよろしくお願いします!!


──

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Xでは更新情報やAIイラストも投稿中!(今回は、男爵令息を一撃で黙らせたパワー系ヒロイン・リナ)

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 『わたくしの推しは筆頭公爵令嬢──あなたを王妃の座にお連れします』
(クラリスとレティシアの“はじまり”を描いた物語です)

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(社畜OLと美形魔導師様の、逃げられない溺愛ラブコメです)

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