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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第八章 運命の時! グランドナイトガラ

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【ライオネル】繋いだ手

 ──学園祭の「双剣の儀」の舞台に立つのは、これが二度目だった。


 最初は学生時代、三年生のとき。「双星の舞」の演者に抜擢されたのだ。

 平民出身の特待生である俺が、格式ある「双剣の儀」、しかもその締めくくりである「双星の舞」を任される──当然、反発の声は少なくなかった。

 だが一方で、俺を推す者もいた。純粋に俺の実力を認め、応援してくれる者もいれば、別の思惑から俺を選んだ者もいたのだ。


 パートナーとなったのは、名門・オルフェリア伯爵家の令嬢。舞や芸事に秀でた家系で、彼女自身も才色兼備。たしかに、動きの一つひとつは優雅で美しかった。

 だが──合わせる気など一切ない、ひどく自己中心的な舞手だった。


 貴族の中で彼女に調和できる者はいなかったし、仮に反発でもしようものなら、後が怖い。

 技術はあり、彼女と衝突しても切り捨てられて構わない──そんな“都合のいい存在”として、平民の俺に白羽の矢が立ったというわけだ。


 最初、平民の俺に、彼女はあからさまに不快感を示した。

 だが俺は黙ってフォローに徹した。自分の存在は消し、彼女が最も美しく映えるよう動き続けた。

 その甲斐あってか、最終的には、彼女もわずかに態度を和らげた。俺を“使える存在”と認めたのだろう。


 ──けれど、あのときの俺はただの影だった。


 主役は彼女。俺はその背後で、静かに動くだけの存在。

 それを悔しいとは思わなかった。ただ、終わった後に残ったのは、妙な空虚さと疲労感だけだった。


 平民の俺が、貴族の世界で生きていくというのは、そういうことなのだと──

 俺は、そう自分に言い聞かせていた。


 ……なのに。


 今、俺の目の前で舞っている彼女は──まるで女神の化身のようだった。

 その舞は、俺の記憶にあるどんな彼女とも、まるで別人のようで。


 もちろん、彼女の剣舞は授業で何度も見てきた。


 俺がまだ、彼女を特別な存在として意識していなかった頃。

 その剣舞は、“完璧な”お手本だとしか思っていなかった。


 どれほどの実力者であっても、基本に忠実であり続けることは難しい。だが、彼女はそれを当たり前のようにやってのける。

 アレクシス殿下との剣舞も見事だった。息の合った動きに、周りの生徒の目は釘付けだった。


 ──だが、それだけだったのだ。


 いつからだろう。

 彼女の舞が、変わり始めたのは。


 俺が彼女に心を寄せるようになったから、そう見えたのかもしれない。

 だが、それを差し引いても、やはり彼女の舞には、明確な変化があった。


 基本を一切崩さず、それでいて、そこにほのかな輝きが宿っていた。

 淡く、けれど確かに人を惹きつける光。

 見るたびに、視線を奪われる。

 気づけば、彼女が舞うたびに、俺は息を呑んでいた。


 舞い終わった後も、その余韻は心に残り続けた。まるで、音のない旋律が体に絡みついて離れないような──そんな不思議な感覚に包まれていた。


 授業で彼女の舞を見ることは、いつしか俺にとって試練になっていた。

 見惚れすぎないように、感情を悟られないように……精神を張り詰める必要があったのだ。


 ──そして今、その彼女と、こうして剣を交わしている。


 舞台の上で、光を纏った彼女とともに。


 先日、リナ殿に促されて、クラリス殿と初めて「双星の舞」を舞ったときのことを思い出す。


 俺は剣舞の指導者として、「双剣の儀」のすべての演目を把握しているし、技術が衰えないよう日々の鍛錬も欠かさない。生徒たちの練習に付き合って、一緒に舞うこともある。だが、彼女と並んで舞うのは、そのときが初めてだった。


 意識しすぎないように。感情に振り回されないように。

 冷静に、ただ相手を引き立てることだけを心がけた。

 かつて自分が舞台でそうしてきたように、淡々と、無駄な感情を交えずにこなすつもりだった。


 ──けれど。


 彼女との舞は、それまで俺が知っていたどんな舞とも違っていた。


 動きの一つひとつが、まるで呼吸するように自然で。俺の動きに、彼女が応える。そして、彼女の動きに、俺が応じる。ただ美しく揃っているだけではない。そこには、お互いを受け入れ、共に高め合うような、不思議な感覚があった。


 互いに支え、引き立て合いながら、一つの舞を「共に作り上げていく」という確かな感覚。


 ──ああ、これが「調和」か。


 その瞬間、俺は初めて、「双剣の儀」が本当に目指しているものの片鱗を、理解した気がした。


 ホールに響く音楽が、終曲へと静かに収束していく。


 俺たちは一歩踏み込み、向かい合ったまま剣を交差させた。刃と刃が触れ合い、わずかにきらめきを放つ。


 その刃越しに、彼女の顔を見つめる。

 仮面に覆われているはずなのに──不思議と、俺にはその奥にある彼女の素顔が、はっきりと見えた気がした。




 会場に鳴り響く、割れんばかりの拍手を背に、俺たちはゆっくりと舞台を降りた。

 彼女の手を取り、観客の目が届かない場所まで歩いてから、そっと仮面を外す。

 隣を見やると、彼女も同じように仮面を外していた。舞の余韻をその身にまとったまま、肩で静かに呼吸を整えている。


 ディアナ殿に似せるために被っていた淡色のウィッグを外すと、艶やかな黒曜石のような髪がさらりとこぼれ落ちた。

 光を受けて柔らかく揺れるその髪に、思わず目を奪われる。


 ──綺麗だ。

 

 その姿に、ただ言葉もなく見とれていた。

 ふと、手がまだ繋がれたままだったことに気づいた彼女が、そっと手を引こうとする。


 ──この手を離したら、せっかく繋がった糸がほどけてしまう気がして。


 気づけば、彼女の手を握る自分の手に、知らず知らずのうちに力がこもっていた。


 驚いたように彼女がわずかに目を見開き、握られたままの手を見つめる。

 そして、ゆっくりとその視線を上げ、俺を見た。


 紫紺の瞳が、戸惑いの色を湛えて揺れている。


 ──このまま。

 このまま、胸の奥で渦巻く想いを、言葉にすることができたなら。


 ……彼女は、どんな顔を見せるのだろうか。


「──クラリス様、ライオネル先生!」


 名を呼ぶ声がして、思わず開きかけた口を閉じた。

 胸にこみ上げていたものが、ふっと掻き消える。


 ……俺は、今、何を考えていたんだ。


 途切れていた全身の感覚が、じわじわと戻ってくる。

 繋がれた手の冷たさが、現実へと俺を引き戻した。


 俺は深く息を吐き、名残惜しさを押し隠すようにして、ゆっくりと彼女の手を解放する。


 その冷たさが遠ざかるのと同時に、胸の奥にくすぶっていた熱も、すっと消えていった。


 その直後──

 カイル殿に抱えられてきたディアナ殿が、その腕から降り、クラリス殿のもとへと歩み寄る。そして、迷いなくその手を取った。


 俺が、さっきまで握っていた、その手を。


「クラリス様……ありがとうございました」


 涙を湛えたディアナ殿の瞳が、まっすぐクラリス殿を見つめていた。

 自分の負傷によって儀式を台無しにしかけたという不安と後悔。

 それを救ってくれた彼女への感謝が、その言葉に、そして表情に、にじんでいる。


 だがクラリス殿は、わずかに目を伏せ、小さく首を振った。


「……わたくし、本当にディアナ様の代役を務められたのでしょうか……」


 その声音は、彼女にしては珍しく、自信のないものだった。


 どういうわけか、今の彼女は──まるで、自分の価値を見失っているかのようだった。


「ライオネル様が導いてくださったおかげで、どうにか形にはできましたが……それでも、わたくしのせいで足を引っ張ってしまったかもしれません……」


 その言葉に、周囲の空気が一瞬止まる。誰もが目を見開いて彼女を見つめた。


 ──あの喝采が、彼女には届いていなかったのだろうか。

 間違いなく、あの舞は成功だった。観客の拍手は、確かな称賛だった。

 それほどまでに、彼女の舞──いや、俺たちの舞は、見る者の心を打っていたのに。


 ディアナ殿は、クラリス殿の手をそっと包み込みながら、小さく微笑んだ。


「……わたくし、技術ではクラリス様には到底及びません。けれど、カイルと一緒に舞うことで、誰にも負けない“調和”を見せられると、そう信じていました」


 「でも」と彼女は柔らかな声で続けた。


「さきほどの舞を見て、思ったのです。クラリス様とライオネル先生の舞には、わたくしが目指していた“調和”が、たしかに宿っていたと」


 その声には、悔しさも嫉妬もなかった。ただ、まっすぐな敬意と感謝が込められていた。


「……ありがとうございます、クラリス様。あの場を、あの形で支えてくださって。わたくしは……お二人に代わりをしていただけて、本当に良かった」


 ディアナ殿の目には再び涙が浮かんでいたが、もうそれは不安や後悔の色ではなかった。


 クラリス殿は、しばらく黙ったまま、その手を見つめていた。

 そしてようやく、微かに唇をほころばせる。


「……ディアナ様に、そう言っていただけるのなら。わたくし……少しだけ、自分を誇れそうです」


 その笑みは、ほんの少し寂しさを含みながらも──どこまでも、優しかった。


 そんな彼女の横顔を見つめながら、俺は胸の奥にこみ上げる想いを、黙って飲み込んだ。

 この手を離したのは、正しかったのだと、自分に言い聞かせながら。


舞を終えた後、ライオネルが手を離したその先で──

ディアナの言葉によって、クラリスの心が少しだけ動きました。


次回、クラリス視点のep.117は明日8月14日(木) 10:00更新予定です。


──

【夏休み特別連続投稿】

8月12日(火)~15日(金)は、いつもより少し早いペースでお届けします。


・8月12日(火) 10:00 ep.114(済)/ 19:00 ep.115(済)

・8月13日(水) 10:00 ep.116(済)

・8月14日(木) 10:00 ep.117

・8月15日(金) 10:00 ep.118 / 19:00 ep.119


8月12日と15日は1日2回更新です。

夏の特別編成をお楽しみください!


──

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Xでは更新情報やAIイラストも投稿中!(今回は無意識に微笑むクラリス)

https://x.com/kan_poko_novel

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(※音が出ます。音量にご注意ください)
(本作10万PV記念のショート動画です)

◆スピンオフ短編公開中!◆
 『わたくしの推しは筆頭公爵令嬢──あなたを王妃の座にお連れします』
(クラリスとレティシアの“はじまり”を描いた物語です)

◆オリジナル短編公開中!◆
 『毎日プロポーズしてくる魔導師様から逃げたいのに、転移先がまた彼の隣です』
(社畜OLと美形魔導師様の、逃げられない溺愛ラブコメです)

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