【アレクシス】すれ違う想い 2
──違和感は、最初からあった。
本来、「双剣の儀」の開幕の挨拶は、責任者であるライオネルが務めるはずだった。だが、舞台に姿を現したのは、別の人物だった。
その者はごく自然に挨拶をこなし、進行に乱れもなかったため、何らかの事情で差し替えられただけかもしれないと、そのときは深く考えなかった。
儀式は「一ノ舞」から静かに幕を開ける。今年のエリューシア学園で選ばれた剣舞の達人たちが、男女ペアで次々と舞台に現れ、それぞれの舞を披露していく。
「双剣の儀」は、「美しさ」や「調和」、「技の冴え」を披露する神聖な剣舞だ。ペアごとに構成や演出を自由に決めることが許されているため、演目は毎年様変わりする。「一ノ舞」と、最後に披露される「双星の舞」を除けば、どの舞も演者の個性が強く反映される。そのため、毎年観覧に訪れる来賓たちも飽きることなく楽しめるのだ。
そして──儀の掉尾を飾るのが、「双星の舞」。
これは王族が神へ捧げるための、最も格式高い舞であり、唯一型の変化が許されない演目だ。だが同じ型であっても、演者によってその印象はまるで異なる。舞う者の技量、精神、そして──呼吸の「調和」こそが、すべてを決定づける。
私とクラリスが舞った「双星の舞」は、技術の面で言えば、申し分なかった。歴代の舞手の中でも、おそらく屈指の完成度だったと自負している。
だが──
「調和」という、この儀の本質を、果たして私たちは本当に体現できていたのか。
その問いに、いまだ明確な答えは出せずにいる。
「確か、今年の『双星の舞』はカイルが担当するんだろう?」
「グランセールの息子か」
舞の合間に、ヴィンセントがこちらを見て問いかけてきた。父もすぐに家名を口にしたところを見ると、カイルの名は知っていたらしい。
カイルは、剣術の名門・グランセール侯爵家の嫡男で、学園内でもトップクラスの実力者だ。卒業後は王立騎士団への入団が内定している。家名に恥じぬその腕は、去年の剣術競技会の決勝で私を打ち破るほどだった──もちろん、今年はそうはいかないが。
彼のパートナーは、準王族筋にあたるヴィステリア公爵家の令嬢・ディアナ。王宮の儀式舞にも参加した経験があり、舞踏においてはひときわ優雅な所作で知られている。剣舞でも、その動きは注目の的だった。
私とクラリスが今回の出演を辞退したことで、この二人が「双星の舞」の演者に選ばれたのも、当然の流れだった。実のところ、私も自分たち以外でこの舞を任せられるのは、彼らしかいないと思っていた。異論の余地はなかった。
二人は婚約者同士であり、家格の釣り合いから、カイルはヴィステリア家へ婿入りする予定だと聞いている。家柄の違いから婚約に難色を示す声もあったようだが、それを跳ね除けたのは、他でもない彼ら自身の意志と努力だ。
人前でも平然と惚気け合う、時に目を覆いたくなるほどのバカップル──いや、仲睦まじい二人だが、周囲は誰もそれを咎めない。さすがに祝福とまではいかないが、彼らがともに越えてきたものを思えば、困ったものだと苦笑しつつも、受け入れられているのだ。
そんな彼らだからこそ、「双剣の儀」の本質である「調和」を、きっと私たち以上に体現してみせるのだろう──
胸の奥が、焦燥とも嫉妬ともつかぬ感情で、ざわりと揺れた。
同じ婚約者同士でありながら、彼らと私たちの関係は、まるで天と地ほども違う。
その事実が、否応なく私の心に影を落とす。
──このまま、すれ違いを放置するわけにはいかない。
……この儀が終わったら、時間を作ろう。ちゃんと彼女に謝らなければ。
学園祭が終われば、生徒会の仕事もひと段落する。そのときに、彼女に「双星の舞」の練習を申し出てもいいかもしれない──
そこまで思い至ったときだった。
舞台の空気が、がらりと変わる。
──「双星の舞」が始まるのだ。
これは、「双剣の儀」の掉尾を飾る最終演目。男女二人で舞うその舞は、神へと捧げられる祈りであり、剣によって紡がれる調和の象徴。
演者は仮面を纏い、個を隠して舞台に上がる。誰が演じるかではなく、どのように舞うかが、儀においては重視されるからだ。
現れたのは、一組の男女。
観客の誰もが、それがカイルとディアナだと疑わなかった。私自身も──最初は、そう思っていた。
けれど。
けれど、どこかに引っかかりがあった。
体格は確かに二人と酷似している。
髪色はやや異なる気もするが、仮面と同様、ウィッグで属人性を消している可能性もある。
──それでも、何かが違う。
舞台に立つその気配に、微かな違和感がまとわりついていた。
舞台中央に到達すると、二人は同時に一礼する。
やがて──音楽が鳴りはじめた。
静かに、けれど荘厳に流れる旋律が、舞の始まりを告げる。それにあわせて、二人の剣が抜かれる。動きはまだ小さいが、既に空気が変わっていた。
──私は、息を呑んだ。
胸をかすめた違和感が、確信へと変わる。
「……面白いことになってるじゃねぇか」
ヴィンセントが、喉の奥で小さく笑った。どうやら、彼も気づいたらしい。
──当然だ。私とクラリスに剣舞を教えたのは、この男なのだから。
そして今──舞台の上で「双星の舞」を舞っているのは、間違いなくクラリスだ。
なぜそんなことになっているのかは分からない。おそらく、カイルとディアナに何らかのトラブルがあったのだろう。
だが、今の私にとって、その理由はどうでもよかった。
彼女は今──完璧な「調和」を纏い、舞っている。
それは、私とクラリスが幾度となく稽古を重ねてもなお届かなかった境地。互いの剣筋が、呼吸が、感情までもが織り重なり、一つの流麗な絵巻のように流れてゆく。
──それを、彼女は“別の男”と成し遂げている。
顔は仮面に隠れていても、その動きには覚えがある。剣術の練習を共にしてきた私は、その男の剣筋を熟知していた。
……ライオネル。
どうして彼が?
クラリスが急遽出演することになったのだとしても──
──なぜ、私ではない?
胸が、ゆっくりと締めつけられていく。
舞台の上では、二人の剣が語り合い、支え合い、響き合っていた。
ライオネルの舞には、技術だけではない、パートナーを引き上げる懐の深さがあった。それに導かれるように、クラリスの所作がますます冴えわたり、二人の舞はやがて神域に届かんとする美をまとってゆく。
やがて、音楽が収束し、二人が向かい合って剣を交差させる。光を受けて、刃が瞬く。
──終わりの型だ。
二人が剣を納め、最後の礼を深く取る。
そして、静寂。
一拍ののち、ホールが爆ぜるような拍手に包まれた。
あまりにも見事な演舞に、誰もが惜しみない賞賛を送っている。
父もヴィンセントも、立ち上がって拍手を送っていた。
けれど──私は動けなかった。
舞台を凝視したまま、その場に縫いとめられていた。
ライオネルがクラリスの手を取り、彼女をエスコートするように舞台袖へと歩いていく。
舞の熱を宿したままの手が、しっかりと、迷いなく握られていた。
──息を合わせた者同士にしか生まれない、静かな信頼と深い一体感が、そこにはあった。
その手に込められた想いの片鱗を見た気がして、胸の奥を抉られるような痛みに襲われる。
何もできずに、私はただ、その手を見つめていた。
舞台でクラリスとライオネルが見せた「調和」。
その光景は、アレクシスの胸にどんな想いを刻んだのか──
次回、ライオネル視点のep.116は、明日8月13日(水) 10:00更新予定です。
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【夏休み特別連続投稿】
8月12日(火)~15日(金)は、いつもより少し早いペースでお届けします。
・8月12日(火) 10:00 ep.114(済)/ 19:00 ep.115(済)
・8月13日(水) 10:00 ep.116
・8月14日(木) 10:00 ep.117
・8月15日(金) 10:00 ep.118 / 19:00 ep.119
8月12日と15日は1日2回更新です。
夏の特別編成をお楽しみください!
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