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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第八章 運命の時! グランドナイトガラ

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身の程知らず

 学園祭が始まった。


 学園長による開会の儀、そして国王陛下の来賓の辞が滞りなく終わると、アレクシスの的確な指示の下、生徒会役員をはじめ、クラス委員や協力者たちは、それぞれの持ち場へと散っていった。

 学園内は一気に慌ただしさを増し、まるで舞台裏で駆け回る役者たちのように皆が動き回っていた。


 例年、国王夫妻はそろって学園祭に姿を見せていたが、今年は国王陛下一人での来場だった。

 おそらく、「古代の神」の存在に対する警戒ゆえだろう。


 その代わりに、陛下には騎士団長が随行していた。

 毎年のように陛下が出席している行事を突然欠席すれば、余計な憶測を招きかねない。

 だからこそ、あえて出席しつつ、万が一に備えて信頼のおける護衛を同行させた──そういう判断なのだと思う。


 そのことに違和感は覚えなかったし、基本的に王族の相手は、同じく王族であるアレクシスの担当だ。

 だから、あまり陛下の動向に気を留めていなかったのだけれど──


「息災そうだな、クラリス」


 開会式が終わり、自分の持ち場へ向かおうとしていたところ──その声が、私の足を止めた。

 振り向けば、陛下がこちらに歩み寄ってきていた。


 国王陛下──アルフォンス・フォン・エルデンローゼ。

 アレクシスとどこか似た面差し。王族らしい端正な顔立ちには、威厳と気品が自然に漂っている。

 ……アレクシスが王となれば、きっとこんな風になるのだろうなと、そんな未来の姿がふと重なる。


 まさか陛下直々に声をかけられるとは思わず、私は一瞬戸惑いながらも、礼を取ろうと姿勢を正す。

 確かに私はアレクシスの婚約者ではあるけれど、そのことで王族から特別な扱いを受けたことなど一度もなかった。

 父と陛下が、宰相と国王としてだけでなく、長年の友人であることは知っている。だから多少の気遣いはあったのかもしれないが──それでも、今日この場で声をかけられる理由は見当たらない。


 心の中に小さな疑問符を浮かべながら、私は陛下に礼を捧げようとした。

 ──その瞬間。


「よーぅ、嬢ちゃん!」


 陛下の背後から、やけに大きな声が飛び込んできた。


 その人物は、無遠慮にも陛下の前を横切ると、大きな手で私の頭をわしゃわしゃと撫でまわした。


「よしよし、ちゃんと大きくなってるな!」


 ……年頃の女性に対して、その言い方はどうかと思うけれど。


 ただ──まぁ、この人なら仕方がないかと、なぜか思わせてしまうのが彼だった。


「おい、ヴィンセント。私が先に声をかけたのだが」


 陛下も同じ思いだったのか、軽く文句をつけているものの、その声音はどこか楽しげだ。


「堅いこと言うなよ、アル。俺だって嬢ちゃんがちゃんと育ってるか確認したかったんだ」


 全く悪びれた様子もなく、騎士団長──ヴィンセントは豪快に笑っている。

 この二人は、どう見ても主従関係には見えないが、これが彼らの距離感なのだろう。アレクシスとルークも、将来こういった関係になるのかもしれない。


 ……それにしても、「育ってる」って一体何。もう、そんな子供ではないのだけれど。


 彼はなおも私の頭をぽんぽんと軽く叩きながら、覗き込むように顔を近づけてくる。


「でもまだ小さいんじゃないか? 本当にちゃんと大きくなったのか?」

「……ヴィンセント様が大きすぎるのです」


 ──あなたと比較したら、どんな大男だって小さく見えるでしょうに。


 そう思って口にした反論に、彼は一瞬目を丸くしたかと思うと、すぐに腹を抱えて笑い出した。


「はーっはっはっは! やっぱり嬢ちゃんは嬢ちゃんだな!」


 何がそんなに面白かったのか、まるで愉快な珍獣でも見つけたかのように笑い転げている。やっぱりよくわからない人だ……


「……まったく。すまないな、クラリス」


 笑い続ける護衛を呆れた様子で見下ろしながら、陛下が私の前に立つ。

 私が改めて礼を取ろうとすると、陛下は片手を上げて制した。


「よい。ここは学園内だ。礼は不要だ」


 ──気づけば、周囲から人の気配が消えていた。

 いつの間にか、人払いされていたらしい。


 ……まさか今回の件、私が情報源だと既に気づかれているのだろうか。

 もしそうなら、今から尋問が始まる可能性もある。

 わずかに緊張を覚えながら息を呑むと、陛下はアレクシスとよく似た青い瞳で、じっと私を見据えてきた。


 身構える私に、陛下は不敵な笑みを浮かべる。


「──綺麗になったな、クラリス」


 ……はい?


 唐突に告げられた言葉に、私は無表情のまま固まった。


 だが陛下は、私の反応など気にも留めず、口元を緩めながら続ける。


「なるほど、アレクシスがああなるわけだ。あいつもなかなか──」

「──陛下!」


 妙な発言を繰り出す陛下に困惑していると、背後から鋭い声が飛び込んできた。


 振り返ると、息を切らせたアレクシスが駆け寄ってくるところだった。

 その表情には、明らかに焦りの色が浮かんでいる。


 陛下は軽く舌打ちを漏らすと、すぐに柔らかな笑みを作り直し、私の肩にそっと手を置いた。


「──そういうわけだから、うちの愚息を頼む」

「はい……?」


 一体私は、何を頼まれたのだろうか。そういうわけって、どういうわけ?


 とはいえ──陛下に向かって、私が答えられるのは「はい」か「イエス」の二択しかない。否など口が裂けても言えはしない。


 内心で首を傾げる私の前に、アレクシスが割って入るように一歩踏み出してきた。


「何をしておられるのですか、陛下……!」


 陛下の学園祭訪問は公式の行事だ。そのためアレクシスも、ここでは父ではなく国王に対しての口調を用いている。

 だが、その表情と言葉の端々からは、国王に向けるにはあまりに露骨な警戒心が滲み出ていた。


 一方の陛下は、息子が間に入ってくるのを面白そうに眺めながら、私の肩から離した手をひらひらと振る。


「おお、怖い怖い。だが、息子の婚約者に挨拶して、何が悪い?」

「陛下は学園祭の公式視察にお越しのはずです。勝手に行動されては困ります」


 確かに、この後はアレクシスが陛下を案内する予定になっていたはずだ。

 にもかかわらず、陛下がこんな校舎裏まで勝手に足を延ばしているのだから、周囲の付き人たちはさぞや肝を冷やしたことだろう。


 なおも警戒を崩さない息子の肩に、先ほど私にしたのと同じように、陛下は軽く手を置く。


「わかったわかった。ちゃんと戻るから、そんなに余裕のない顔をするな」

「……っ!」


 父王の軽口に、アレクシスは唇を噛み、言葉を飲み込んだ。

 確かに──彼にしては珍しく、随分と余裕を欠いて見える。


 陛下は、まだ笑いの止まらないヴィンセントを伴い、そのまま去っていった。

 アレクシスもすぐに後を追うのかと思ったが、動かない。どうしたのだろうとその背中を眺めていると、彼は顔だけをこちらに向け、ぽつりと呟いた。


「……父上が何を言ったか知らないが、忘れてくれ」


 苦虫を噛み潰したような表情を眺めながら、私は先ほどの陛下の言葉を思い返す。


 ──ああ、「綺麗になったな」と言っていた、あれね。


 もちろん、王族の整いすぎた造形美を前にしては、完璧な公爵令嬢を自負している私でも、図に乗れるものではない。冗談として受け流しておけばいいだろう。


「もちろんです。わたくしも、身の程はわきまえております」


 至極真面目に答えると、アレクシスは一瞬だけ嫌そうな顔を浮かべ、その後、大きくため息を吐いた。


「……君は、身の程を知らなすぎだ」


 ──な、なんて失礼な。


 最近こそ少々思い通りにいかないこともあるが、それでも私は完璧な公爵令嬢の看板を下ろした覚えは一度もない。


 ……いや、待って。もしかして最近の私は、レベルが下がってきているのではないだろうか。そしてそれは、アレクシスの目から見ても明らかだと……?

 もしそうだとすると、私はそんな劣化した状態で、本当にグランドナイトガラを迎えられるのか──


 アレクシスから受けた、真正面から自信を揺さぶられるような一言に、さすがの私も少し心配になってきた。


「あ……いや、そうじゃなくて──」


 俯きかけた私を前に、アレクシスが慌てて弁解しようとしたが、そこに別の声が割り込む。


「会長! 陛下が戻られました!」


 同じく陛下の案内を担当していたノアが、アレクシスを呼んでいた。

 アレクシスは言葉を続けるか迷うように、私と声の主とを交互に見る。


 私は顔を上げ、はっきりと告げた。


「行ってください。こんなところで時間を浪費している暇はありません」


 その言葉に、アレクシスは動きを止め、じっと私を見つめる。

 何かを押し殺すように唇を噛み締め、そして静かに頷いた。


「……わかった。後で、話をしよう」


 そう短く告げると、彼は踵を返して立ち去っていった。


 ──そう。私も、こんなところで立ち止まっているわけにはいかない。

 本当の嵐は、これからやってくるのだから。


おじさんたちに絡まれたと思ったら、アレクシスから罵られた(と勘違いする)クラリス。

果たして誤解は解けるのか──!?

次回ep113、8/8(金) 19:00更新予定です!



夏休み特別連続投稿のお知らせです!

8月12日(火)から15日(金)にかけて、

夏休み特別連続投稿企画を実施します!


【投稿スケジュール】

・8月12日(火) 10:00 ep.114

・8月12日(火) 19:00 ep.115

・8月13日(水) 10:00 ep.116

・8月14日(木) 10:00 ep.117

・8月15日(金) 10:00 ep.118

・8月15日(金) 19:00 ep.119

★8月12日(火)、15日(金)は1日2回更新です!


夏の暑さに負けず、物語も熱く盛り上がっていきます!

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