【アレクシス】婚約者という名のライバル 2
生徒会長の机に腰掛ける私の横に、彼女は凛とした佇まいで立っている。その視線は机の前に立つ二人の新入生に向けられていた。
一人は緊張しているわけではないが、どこか所在なさげに、もう一人はガチガチに緊張して、自分がなぜここにいるのか全く理解できないといった表情で立ち尽くしていた。
私は憮然とした表情のまま、生徒会長として、新入生たち──ルーク・エヴァレットとリナ・ハートに向かって口を開く。
「君たちには、生徒会に入ってもらう」
「え?」
「は?」
二人の間の抜けた声が重なった。この反応も当然だろう。むしろ、私もなぜこうなったのかと自問自答したくなる。
ルークはいい。彼はクラリスの血縁者であり、知らぬ仲ではない。その優秀さはこの目で確認できている。多少軽すぎるが、将来のエヴァレット家を担うに足る人材だ。この学園の生徒会の一員として活動することは、彼の将来にとってもプラスになるに違いない。
問題はもうひとりの方だ。
リナ・ハート。平民出身でありながら、この貴族の子女が通うエリューシア学園に特待生として入学した少女。
聞こえてきたところによると、私の父、エルデンローゼ国王と、クラリスの父、王国の宰相の推薦だという。
その話を聞いたとき、私はこの少女に興味を持った。いったいどんな傑物なのかと。
この学園に特待生として入学するからには、秀でた何かを持っているということだ。学問であったり、魔術であったり、剣術であったり。
そして将来は爵位を受け、国の中枢を担う存在になる。少なくとも、今までの特待生はそうだった。
そうだった、はずだった。
「な……わた……えぇ……??」
リナは蒼白な顔で、言葉にならない声を口からこぼしている。
安心した。彼女はどうやら、自分の実力を自覚しているようだ。
そう。彼女は傑物などではなかった。どこにでもいる、一般市民だった。
魔術も剣術も平均以下。一般教養も欠落している。授業が始まってからの一週間、彼女はその残念な実力をいかんなく発揮していた。
一所懸命なのはわかる。常に全力を尽くしているという点では、どの教師の評価も同じだった。
ただ、その一所懸命さが裏目に出て、授業の進行を妨げることもあり、教師陣の悩みのタネになりつつあった。
そんな教師たちの意見を受け、学園長が生徒会室を訪ねてきた。
「君たち生徒会に、彼女のサポートをしてもらえないでしょうか」
唐突にそんな事を言いだした。
確かに、この学園の自治はかなりの部分を生徒会に託されている。しかし、現在の生徒会は去年までの役員が抜け、今や私とクラリスを残すだけとなっていた。
私たちの下の世代に、生徒会の役員が務まる人材はいなかった。というか、おそらく、私やクラリスが優秀すぎて、比較された上に不要と判断されたのだろう。確かに、役員を増やす必要がないほどの働きはしていたと思う。
とはいえ、この先、流石に生徒会長と副会長だけでは生徒会は回らない。めぼしい人物を生徒会に招き入れる必要があった。
そんな中途半端な状況の生徒会に、学園長は一人の生徒の特別サポートを要求してきたのだ。正気の沙汰ではない。
いや、もちろん、この学園長が狸であることは知っている。
カスパー・リュミエール。リュミエール侯爵家の当主にして、このエリューシア学園の学園長。父や宰相とも近しい仲だ。
この学園長までもが、リナ・ハートの後ろ盾に回っている。
一体何者なのだ。あの少女は。
「学園長、それは……」
「お任せください、学園長先生」
婉曲に断ろうとしていた私の言葉を遮って、クラリスが了承の意を示した。
私は思わず彼女を振り返った。驚愕を隠すことができなかったあのときの私は、ひどい顔をしていたことだろう。
「我々生徒会が、彼女のサポートに回ります」
我々、というのは、私も入るのか?
いや、入るんだろうな。今の彼女は生徒会を代表して発言をしている。生徒会長の私を差し置いて。
「ただし、我々はあくまで生徒です。教育という観点で、ゼノ先生とライオネル様のお力もお借りしたく」
一体何を言っているのだ、私の婚約者は。
カスパー学園長は底の知れぬ笑みを浮かべて、深く頷く。
「もちろんです。彼らには私の方から、リナさんの個別指導について、依頼しておきましょう」
「ありがとうございます、学園長先生」
私の知らないところで、話が進んでいく。
なぜそこでゼノとライオネルが出てくるのだ。確かに彼らは魔術と剣術のエキスパートで、ゼノはこの学園の教師、ライオネルは特別講師ではある。
しかしその二人にわざわざ個別指導まで依頼して、あの少女をサポートするのか?
意味がわからない。
意味がわからない、が……
トントン拍子で話は進んでいき、クラリスと学園長で話がまとまってしまった。
リナを生徒会の見習いとして招き入れ、次いで同級生という立場からサポートをするためルークを生徒会の書記とする。
さらにリナは毎週ゼノとライオネルの個別指導を受けることになった。
そこまで決まったところで、クラリスは私に向き直る。
「これでいかがでしょうか、アレクシス様」
彼女の紫紺の瞳がこちらを見据えてくる。私は内心の動揺を悟られないよう、鷹揚に頷いた。
「……いいだろう」
全然良くない。だが、私のプライドが、ここで否ということを強烈に拒んでしまった。
そうして今に至る。
「ルーク、お前は書記だ。そしてリナ、君にはまだ役職は与えられないが、見習いとして手伝いをしてもらう」
ルークは面倒くさそうな顔で頭を掻いている。その隣でリナは魂の抜けたような顔で放心していた。
「リナさん」
凛とした声が、リナを正気に戻した。クラリスがいつもの無表情で、彼女を見つめていた。
──私は知っている。
「この学園でやっていくために、あなたは至らなすぎる。この生徒会で、精進なさい」
氷のような冷たい言葉に、リナは半泣きになりながら頭を前後に振った。ルークも顔をしかめて彼女に同情を含んだ視線を送る。
──私だけが、気づいている。
クラリスは明らかに、この少女を特別視している。その無表情の中に、特別な感情が含まれている。
その真意までは汲み取れなかったが、私は確信していた。
一体何なのだ、この少女は。
私は内心頭を抱えながら、しかしその弱みを永遠のライバルに見透かされないよう、表面上は平静を保ち続けた。




