星降るパフェ
リナとルークのクラスが企画した喫茶店の準備は、どうやら順調に進んでいるようだった。
教室の内装は、もはや学園祭の催し物の域を越えていた。
店の内壁には木目調のパネルが貼られ、レースのカーテンとアンティーク風の照明が優雅に揺れている。入口には本格的な看板まで立てられ、魔術式の冷却棚にスイーツを並べる準備まで整っているようだった。
──まったく、貴族というのは。
前世の私から言わせてもらえば、どこまでも常識はずれだ。
「クラリス様っ!」
私が教室の外からその光景を眺めていると、それに気づいたリナがぱたぱたと駆け寄ってきた。
ピンク色のフリルがふんだんにあしらわれたエプロンドレスに身を包んだ彼女は、まさに理想のウェイトレスそのものだった。
その破壊力たるや凄まじく、メイド喫茶に通い詰める男性諸君の気持ちが痛いほど理解できてしまった。推したい。
「準備は順調なようね」
「はいっ! 今、パフェを作る練習をしてたんです!」
……ええ、見ればわかるわ。
私はリナの鼻先にちょこんとついた生クリームを見て、思わず心の中で苦笑した。
ゲーム中でも、ヒロインがパフェ作りに夢中になりすぎて鼻に生クリームをつけていたシーンがあった。この調子なら、「ヒロインの鼻についた生クリームを、ルークが指ですくって舐め取る」という甘すぎるイベントも、しっかり起こせたことだろう。
私はそっとハンカチを取り出し、リナの鼻先についた生クリームを拭ってやる。思いがけない私の仕草に、彼女は一瞬ぽかんと目を見開いたが、すぐにふにゃりと柔らかく笑った。
──けれど、その笑顔の奥に、ほんのかすかな寂しさが滲んで見えたのは、気のせいだったのだろうか。
「よかったら姉さんも、試食してみてよ」
背後からさらりと現れたルークが、美しく盛り付けられたパフェグラスを手にして差し出してきた。
彼が身にまとっているのは、黒と白の絶妙な配色が映える、スタイリッシュなウェイター服。第一ボタンまできっちり留めたシャツの襟元には、細いリボンタイが揺れている。
──あまりの眼福に、私の網膜が焼かれないか心配になるレベルだった。
リナと並んで立つその光景は、まさに絵画のようで、見ているだけで癒やされる。
──できることなら今すぐ写真に収めて、部屋に飾って毎日拝みたい。
そんな煩悩まみれの思考が顔に出ていないか内心で警戒しながら、私はいつもの通りの無表情を保ち、ルークに促されるまま、ゆっくりと席に腰を下ろした。
用意されたテーブルは、艶やかなマホガニーの木目が美しく、縁には金色の装飾があしらわれている。椅子の背もたれには緻密な刺繍が施され、座面はふかふかとしたクッション入り。
まるで本物の貴族のティールームさながらの設えだった。学園祭とは一体……
「どうぞ、お嬢様」
ルークはほんの少しおどけた口調でそう言いながらも、手つきは優雅そのもので、まるで舞台の一幕のように自然な所作で私の前にパフェを置いてくれた。
──これが、件の「星降るパフェ」。
グラスの中には、透明感のある青と紫のゼリーが幾層にも重なり、夜空を思わせるグラデーションを描いている。その上には銀粉を散らした生クリームがふんわりと盛られ、星形のチョコレートやキャンディがまるで夜空に瞬く星のように輝いていた。
グラスの縁には、淡く光る砂糖菓子があしらわれ、まさに星のしずくを閉じ込めたような幻想的な一品だった。
私は無表情のまま、感動で咽び泣きそうになっていた。
まさか、ゲーム中でスチルでしか見たことのなかった伝説の逸品を、この目で、しかも実物で拝める日が来ようとは……
「僕が考案したパフェだよ。どうぞ、ご賞味あれ」
ルークの柔らかな声に促され、私はスプーンを手に取った。
そっと生クリームをすくい、そのまま口元へ運ぶ。
──甘くて、美味しい……!
濃厚ながらも軽やかな口どけ。おそらく素材もすべて上質なものが使われているのだろう。見た目の完成度に引けを取らない、極上の味わいだった。
……本音を言えば、勢いのままスプーンを止めずにパクパク食べたい。
だが、今の私は完璧な公爵令嬢にして、悪役令嬢という肩書きを背負っている身だ。
甘いものに目がないなどという事実が広まったら、築き上げたイメージが崩れてしまう。
「美味しいですよね、クラリス様!」
リナの視線が、あからさまにパフェに釘付けになっている。
その様子があまりに微笑ましくて、思わずスプーンで生クリームをすくい、そっと彼女の口元に差し出した。
リナは一瞬の躊躇も見せず、それをパクリと頬張り、とろけるような笑顔を浮かべた。
……かわいい。これはもう、毎日餌付けしたいレベルでかわいい。
「こら、リナ。姉さんの取っちゃダメだろ」
ルークが呆れたようにリナの頭を軽く小突く。
口いっぱいに甘さを感じていたリナは、はっとして口を両手で覆い、「ご、ごめんなさい」と慌てて謝ってきた。
──謝る必要など、まったくない。
「こら」からの「頭コッツン」のコンボ。大変尊いものを見せていただけて、私はもう心もお腹も満たされそうだ。
「いいのよ、リナ。よかったら一緒に……」
「ダメだよ、姉さん。これは僕が姉さんのために作ったんだから。ちゃんと全部食べてくれないと」
ルークはそう言ってから、にやりと笑って続けた。
「それに──姉さん、本当は甘いもの、好きでしょ?」
──な、なんでそれを……
私はこれまで、甘いものを口にしても表情ひとつ変えずに乗り切ってきた。
リナにお菓子を差し出すときも、それを一緒に食べたいなどと絶対に言わなかった。
だから、周囲からは私が甘いものを好むなど、想像もされていないはずだったのに。
それなのに、ルークは確信を持って言い切る。
そして隣のリナが、「そうだったね」とクスクス笑っている。
……おかしい。どこで、私はしくじったのだろう。
どうやら、二人の中では私が甘いもの好きであることは、もはや公然の事実のようだった。
私がスプーンを手にしたまま固まっていると、ルークは「星降るパフェ」の象徴──星型のチョコレートをひとつ摘み上げた。
そのまま、私の口元へと差し出してくる。
「ルー──」
突然目の前に現れたそれに、私は思わず彼の名を呼びかけた。
しかし──
私が言葉を発したその瞬間を狙ったように、ルークはそのチョコレートを私の口の中へ放り込んだ。
ルークの指が、私の唇にかすかに触れる。
私が驚きに目を見開き、口を閉じると同時に、彼の指が離れていった。
彼は指先についた生クリームを一瞥すると、何のためらいもなく舌でぺろりと舐め取る。
──私は、完全に思考を停止した。
「美味しいね」
悪戯っぽい笑みを浮かべたルークのその一言に、周囲で見ていた女生徒たちから小さな悲鳴のような声が上がる。
リナも真っ赤な顔で両手で顔を覆いながら、指の隙間から私とルークを交互に見ていた。
──ちょっと待って。それって、その……いわゆる……
本来なら、それをやる相手は隣にいて、鼻の頭にクリームをつけてた彼女でしょう、などと冷静にツッコミを入れるべきだったのかもしれない。
だが、ルークの予想外すぎる行動にすべてを持っていかれてしまった私は、絞り出すように呟くのがやっとだった。
「……そうね、美味しいわね」
あまーーーい!(笑)
次回はライオネル回、7/15(火) 19:00更新予定です。
Xでは更新連絡やAIイラストの投稿をしています。
今回のイラストは、ルークと星降るパフェです!
https://x.com/kan_poko_novel




