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完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない  作者: Kei
第六章 悪役令嬢の夏休み

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【ゼノ】魔法使い 4

 あの後──


 少女に花畑の情景を見せたまま、私は呪術で新たな影を生み出し、彼女の前から静かに姿を消した。

 突然いなくなった私に、彼女はきっと、ますます「魔法使い」の存在を信じたことだろう。


 幸い、呪術の制御を誤ることなく学園へ戻ることができたが──

 それからというもの、なぜかシリルに目をつけられることが増え、私の学園生活は騒がしさを増すばかりとなった。その顛末は、また別の話である。


 あのときシリルが残した魔法陣が図書館に残っており、それにクラリスが触れてしまうなどという事態が起こるまで、私はあのときの出来事を記憶の彼方に追いやっていた。

 あの少女がどこの令嬢で、あの後どうなったかを知ろうとも思わなかった。


 それなのに──


「……”魔法使い”さん?」


 小さくなった──正確には、おそらく三歳頃の状態に戻ったであろうクラリスは、私を見てそう言った。

 その言葉と同時に、忘却の彼方にあった記憶が、濁流のように押し寄せてきて、ピースとピースがカチリと当てはまる。


 ──こんな偶然が……あるのか。


「やっぱり、魔法使いさんは“魔法使い”だったんですね……!」


 呆然と立ち尽くす私の思考を、クラリスの声が引き戻す。

 見上げてくるその瞳は、魔法使いへの憧れでいっそう輝いていた。


「魔法使いさんは、姿も自由に変えられるんですね!」


 ……どうやら、学生時代の私と今の私で見た目が違うことを、彼女は「魔法」の力によるものだと受け止めているらしい。

 その解釈に、少しだけ肩の力が抜けた。


 私は、静かに彼女の前に膝をつく。


「……私のことを、覚えていてくれたんだね」

「もちろんです! わたくし、魔法使いさんにお話したいことが、いっぱいあるのです!」


 小さくなったクラリスは、その気持ちを伝えようと、両手をめいっぱい広げてみせる。

 その無邪気な仕草は、いつもの彼女からは想像できないほど愛らしくて、私は思わず苦笑を漏らした。


「わたくし、魔法使いさんの言う通り、お母さまと“約束”をしました! そうしたら、お母さま、少し元気になって──」


 彼女が思いの丈をぶつけるように話し始めた、そのとき。


「クラリス様、ゼノ先生、いらっしゃいますか〜……?」


 階下から聞こえてきたのは、聞き慣れたリナの声だった。途端に、私の意識は現実へと引き戻される。


 ──そうだ。昔を懐かしんでいる場合ではない。


 そもそも、クラリスがこうなった原因が本当にシリルの魔法陣かどうかも、まだ断定はできていない。もちろん、彼の作品であるという確信はある。そうであれば、一日で効果が切れるだろう。だが、確証はない。保証など、どこにもないのだ。


 私の焦燥を感じ取ったのか、クラリスが不安そうにこちらを見上げてくる。


 私は一度だけ目を閉じ、呼吸を整え、そして静かに目を開けると、微笑みを浮かべて言った。


「……君の話をもっと聞きたいが、残念ながら今は時間がない」


 クラリスの顔に、ほんの少し残念そうな影が差す。

 私はすぐに言葉を継いだ。


「だが、私たちはまた会える。そのとき……もし君が、私のことを覚えていてくれたら」


 ──思い出してくれたなら。


「……そのときに、続きを聞かせてくれるかい?」


 クラリスは、まるで花が綻ぶように笑って、「……はい!」と元気に答えた。


 その笑顔に応えるように、私も微笑みを返し、そっと彼女を抱き上げる。


 ここが公爵邸ではないこと。これから会うリナという女性と、迎えが来るまで静かに待っていてほしいということ。私は言葉を選びながら、できるだけ丁寧に伝えた。


 クラリスは「わかりました」と素直に頷く。


 ……あまりにも素直すぎて、どこかに連れ去られてしまいそうで、心配になるほどに。


 とはいえ、今はそれを気にしている余裕もない。


 ──まずは宰相への報告だ。


 あの完璧な男の眉間に、新たな皺が刻まれる姿を想像して、私は軽く頭を押さえた。


「……それと、私が魔法使いだということは、内緒だ。これは“約束”だ」


 私は人差し指を口元に添え、彼女にそっと視線を送る。その瞬間、クラリスの頬がふわりと紅に染まり、大きな瞳がさらにぱちりと見開かれた。


「は、はい。魔法使いさんのことは、秘密にします」


 恥ずかしさに耐えるようにうつむくその様子が、あまりに素直で、私は思わず小さく笑みをこぼす。


 ──いつもの彼女なら、私が少しでも近づけば、緊張で体をこわばらせ、表情ひとつ動かすまいとする。

 その反応が妙に面白くて、私はつい、彼女に触れる口実を探してしまうようになっていた。


 最初は、ただ観察の一環だったはずが──

 いつの間にか、彼女に触れることそのものが目的になっていた。


 ……私の目が何も映していなかった、あの頃。

 世界とつながる術は、手のひらから感じ取る感覚だけだった。

 私はその手で、彼女の輪郭を、ぬくもりを、存在そのものを確かめようとしていたのだ。


 滑稽な話だ。

 利用するつもりだったはずの相手に、いつの間にか囚われてしまったのだから。


 ──まさに、ミイラ取りがミイラになる。


 母の故郷に伝わるその諺を思い出し、私は小さく息を吐く。


 そんな内心を気取らせないよう、穏やかな微笑みを浮かべながら、クラリスの頬に手を添える。くすぐったそうに目を瞑るその仕草が、ひどく愛おしかった。


「さあ、行こうか。“お姫様”。魔法使いが、君を導こう」


 私の言葉に、クラリスはぱっと笑顔を咲かせた。

 その笑顔があまりにまぶしくて、私は思わず目を細めた。




 クラリスの持っていた絵本の表紙──

 そこには、眼鏡をかけた魔法使いが、可憐で、どこか疲れた様子の主人公に手を差し伸べる姿が描かれていた。


 今思えば、あれはまるで私と、彼女──未来のクラリスを重ねたかのような、寓話の一場面だった。


「君がやろうとしていることに、全面的に力を貸そう」


 ──本当は。


 最終的に救われたのは、魔法使いのほうだったのかもしれない。

 孤独の中で出会った少女を助け、その幸せを願いながら力を振るえたことは、魔法使いにとって、何よりの僥倖だったに違いない。


 世界を救うために力を貸した魔法使いは、最終的に王子と結ばれた少女を見て、何を思ったのだろう。

 何の見返りもなく、愛しい少女の幸せを心から喜べたのだろうか。

 それとも──


「私と、世界を救ってください──ゼノ」


 私は、彼女に手を差し伸べた。

 彼女を利用するつもりで、協力者としての名乗りを上げた。


 その結果、私が「影」としての任務を果たし、彼女がその目的を果たせれば──それで終わりのはずだった。


 おそらく彼女は、完璧な王妃となり、初代王妃ローゼリアの再来と讃えられることだろう。


 私は──そのとき、何を思うのだろうか。


 ……すでに、その答えは出ていた。


 けれど私は、それを見ないふりをして、そっと心の奥に閉じ込めた。


ようやくゼノの心情に変化が。

ゼノ推しの皆さんの心に届けば幸いです!

次回は久しぶりのクラリス視点。

7/1(火) 19:00更新予定です。


とうとう100エピソードに到達しました!

いつも読んでくださっている皆様のおかげです! ありがとうございます!!

これからも応援よろしくお願いいたします☺️


Xでは更新連絡やAIイラストの投稿をしています。

今回のイラストは、大人ゼノと幼女クラリスのツーショットです!

https://x.com/kan_poko_novel

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◆YouTubeショート公開中!◆
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(※音が出ます。音量にご注意ください)
(本作10万PV記念のショート動画です)

◆スピンオフ短編公開中!◆
 『わたくしの推しは筆頭公爵令嬢──あなたを王妃の座にお連れします』
(クラリスとレティシアの“はじまり”を描いた物語です)

◆オリジナル短編公開中!◆
 『毎日プロポーズしてくる魔導師様から逃げたいのに、転移先がまた彼の隣です』
(社畜OLと美形魔導師様の、逃げられない溺愛ラブコメです)

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 完全無欠の悪役令嬢はポンコツヒロインをほうっておけない
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