【アレクシス】婚約者という名のライバル 1
私の婚約者の様子がおかしい。
はたから見ると全く変わらないであろうその違いに、私が気づけたのは、私が彼女の婚約者で、ずっと彼女をそばで見続けてきたからであろう。
婚約者とはいえ、私と彼女の間に恋愛感情は一切ない。恐ろしいほどにない。
私たちの関係を表す言葉は、婚約者というよりもむしろ、ライバルだ。
私は物心付く前から王たらんとして育てられてきた。常に一番であれ。人の上に立つ者であれ。
そのため、私はすべてのことで人より秀でている。当然だ。そのように育てられ、また、努力してきたのだから。
しかし、そんな私にも天敵はいる。そしてそれは、一番近くに、婚約者という立場として存在していた。
彼女の名はクラリス・エヴァレット。このエルデンローゼ王国の筆頭公爵家であるエヴァレット家の令嬢だ。
エヴァレット家は公爵家ではあるが、その地位は王家に匹敵する。昔、王国の危機を救った英雄の末裔だというが、詳しい記録は残っていない。
代々優秀な人材を輩出し、しかし王家に背くことはない。現在の宰相、エヴァレット家の当主、エドワード・エヴァレットもその才を見込まれて父の右腕として働いている。
厳格な佇まいに加え、感情を表に出さない宰相は、幼い頃の自分にとっては恐怖の対象だった。
そんな彼が連れてきた幼いクラリスは、驚くほどの美少女だった。だが、その冷徹な表情と無感情な態度は、人間ではなく精巧な人形を連想させた。幼心に、彼女の存在は「異質」そのものだった。
自分たちの意思とは別のところで決められた約束により、その日から私たちは婚約者同士となった。
そしてそれは、私の苦難の始まりだった。
すでに周りの子供たちとは比べ物にならないほどの知識や魔術を身に着けていた私は、今思うと天狗になっていた。
王太子という立場もあり、誰もが自分を敬い、称えてくる。そんな状況に慣れてしまっていた。
ある日、私の魔術の練習中に、たまたまエドワードとともに登城していたクラリスが通りかかった。私が得意とする火魔術を的に向かって放つのを、彼女はじっと見つめていた。
私は、この無表情な彼女が私の魔術を見て感銘を受けているのだと思った。それは悪くない気分だった。
「君もやってみるか」
私は調子に乗ってそんな事を彼女に言ってしまった。
クラリスは父を仰ぎ見る。エドワードは無言で頷いた。
許可を得た彼女に私は場所を空ける。的の真正面にあたるその位置に彼女はゆっくりと移動した。
確かエドワードは氷魔術の遣い手だったはずだ。おそらく彼女も同じ系統であろう。
そのとき、私たちはまだ五歳だった。貴族でも、魔術を本格的に習い始めるのは十五歳で学園に入ってから。そう考えると、すでに魔術の基礎を習得しているということ自体、さすが公爵令嬢といったところか。
そんな上から目線で考察していた私の意識は、次の瞬間、霧散した。
「参ります」
クラリスが的に向かってそっと手を掲げる。彼女の手に集まってきた魔素が凝縮していく。
直後、巨大な氷の刃が的目掛けて解き放たれ、的を粉砕した。
私は呆然と立ち尽くした。隣りにいた私の家庭教師も目と口を大きく見開いている。道行く人々も、足を止めてこちらを凝視していた。
平然としているのはそれをやった張本人と、父親だけだ。
「クラリス。的を壊すのはやりすぎだ。力のコントロールが甘い」
「はい、お父様。おっしゃるとおりです。申し訳ございません」
周りの空気と合わない淡々としたやり取りを済ませると、父娘はそのまま去っていった。
その日から、私の生活は変わった。何をするにしても、婚約者の存在がちらつくようになった。
彼女は知識も豊富だった。したり顔で語っていた兵法について、誤りを冷静に訂正されたこともある。
世の中には自分より優秀で、敵わない人間がいるのだということを、齢五歳にして思い知らされた。
しかし、私は王太子だ。そして彼女は婚約者だ。負けるわけにはいかないのだ。
現状に甘んじていた自分を叱咤し、知識と魔術を根底から鍛え直した。
当時、明らかに負けていた状態から、今は彼女と互角に渡り合えるまでに成長した実感がある。
今思うと、あれは父と宰相の策略だったのではないか。王太子という立場にあぐらをかいていた自分の目を覚まさせるための。
そしてそれはある意味成功した。
私は常に己を鍛える向上心を身につけることができた。
だが一方で、私は彼女を色恋の対象として一切見ることができなくなっていた。彼女は私にとって、仮想敵であった。
学園に入る年齢になり、彼女は一層美しく成長したが、彼女が得意とする氷魔術のごとく、その美しさは冷たい。
私は彼女を見て、背筋が凍るものを感じても、女性としての魅力を感じることはできなかった。
……だというのに。
途中、ヒロインと攻略キャラの視点も入ります。




