第8話 吸血鬼の寄る辺 ~ウェイン視点~
出会いは本当に突然だった。
まず、非番に王都を巡回していたら、王都の外れの廃屋に見知らぬドアが《《増えていた》》。
第一印象は「何だこれは」である。
多分ドアなのだろうと思うが、なんせドアノブが見当たらなかった。
本来ドアノブが付くのだろう辺りにくぼみはある。
やりにくいなと思いながらそれを使いつつためしにドアを押し引きしてみたが、まるで開く気配はない。
扉じゃないのか。
じゃあ何なんだこれは。
俺はこれでも王国所属の騎士で、町の治安を守る憲兵とは別組織の人間である。
それでも城のお膝元である王都の端に用途不明のドアのような何かが増えているのは、国の平和を守る事に誇りを持っている俺からすれば、看過できない。
もっと強く引いたり押したりしなければならないのか。
それとも、鍵が掛かっているのか。
でも、鍵穴はどこにも見当たらない。
ガタガタガタガタガタガタガタガタ。
押し引きを繰り返していると、ガタンと隙間が空いた。
「え」
扉は手前にも奥にも動いてはいなかった。
代わりに、なるで扉が収納でもされるかのように、横にスライドして隙間ができていた。
もしかして、このくぼみ……。
くぼみに指をかけ、横に引く。
すると、先程までの苦戦はどこへやら。
ガラッと簡単に扉が開いた。
そして。
「ん?」
二度目の「何だこれは」との邂逅を果たした。
何せ、扉の向こうに見えたのは、木目調の板間の綺麗な空間だったのだ。
一度一歩後ろに下がって改めて外装を見上げてみるが、どう考えても朽ちかけの石造りの家である。
この外装で中身だけここまで綺麗なんて、まったく違和感しかない。
それでもここに住み始めた人がいるのなら、内装だけ綺麗に作り直す場合もあるかもしれない。
見た目よりも中身の快適さを優先したのだと思えば、納得できなくない部分もあった。
改めて一歩二歩と、ドアの方に歩く。
ドアの向こう側を覗き見回すと、木造りの立派な家がそこにはあった。
たくさんの机と椅子が並べられた場所で、内装だけで言えば王都の中心街にある貴族も使うカフェとなんら遜色ない。
少し雰囲気が違うが、こちらの方が何処か落ち着くような気がする。
ガランとした室内を見回してそう思い――誰かが床に倒れているのを見つけた。
「大丈夫か!」
そう言いながら抱き上げたのが、その家の主である『ゆかり』との出会い。
そして話をして、コーヒーを簡単に美味しく淹れるキカイ? を触らせてもらって。
「あのコーヒー、美味かったな」
思い出して、小さく呟く。
俺は挽く前の豆を買ってきて、飲む直前に自分で挽いてコーヒーを淹れる。
中にはその一連の作業が好き、という人間もいるだろうが、俺がそうするのはその方が美味しいからだ。
それも、メイドや執事のようにノウハウを知っている訳ではなく、見様見真似の産物だ。
うまく淹れる事ができているとは思っていない。
それなのに、昨日のコーヒーは美味かった。
ボタンを一つ押すだけでコーヒーができて楽だったし、どういう原理でコーヒーが出来上がるのか、不思議で面白くもあった。
しかし、何よりも。
「一応、土産を持ってきたが」
これでよかっただろうかと、少しばかり不安になる。
俺は吸血鬼だ。
そのせいで周りから敬遠されたり、ありもしない噂を流される事もある。
一応貴族の家の出ではあるが、王国騎士になる時に家族に反対されて、今はほぼ絶縁状態だ。
どこにも寄る辺がない。
それでもいいと思っていた。
誰にも理解されなくても、自分は自分の信じる道を行ければそれでいいのだと。
ゆかりに自己紹介するにあたり、騎士の身分と一緒に自ら吸血鬼だと名乗ったのは、俺なりの誠意の表れであり、一種の自己防衛でもあった。
あとで「そんな話は聞いていない」「隠していたのか」「騙していたのか」と言われるのも思われるのも嫌だった。
そんな言葉を聞くのもウンザリだが、別に相手に嫌な思いをさせたい訳でもない。
だからあの時、初めに言ったのだ。
自分は吸血鬼なのだと。
それで俺を恐れ敬遠するのなら、それでいいと思っていた。
その方が、俺にとっても傷が浅くて済む。
そう思っていたのだが。
「え、どこを怖がれと?」
彼女はキョトンとしてそう言った。
心底疑問なようだった。
俺が色々と吸血鬼について説明しても、結局彼女の人当たりの気安さは変わらなかった。
「そもそも寝ている見ず知らずの私を見つけて、倒れているって勘違いして抱き上げて声掛けをするなんて、人が良くないとできない事でしょ。そういう人って知っていて、その上今さっきのコーヒーメーカーやコーヒーにはしゃいでいる姿も見て、それで『怖がれ』っていう方が逆に難しくない?」
本心からそう言っているように見えた。
彼女の醸し出す雰囲気に、考え方に、あの場所に、俺は心地よさを覚えた。
俺を否定しなかった、ありのままの俺を受け入れてくれた彼女の声が、言葉が、表情が、何だか少しくすぐったくて、今までにない感情を俺の中から引き出してきた。
そして、気が付けば「また来ていいか」と聞いていた。
彼女は当たり前のように了承し、そして今俺は、昨日通った道を昨日とはまったく違った心持ちで歩いている。
今日は昼勤務だったが、「来るなら昼に」と言われたので、夜勤務の騎士に時間を交代してもらった。
夜勤務はあまり評判がよくない。
だから何だか喜ばれた。
ソワつき逸る気持ちが、俺をいつもより少しだけ早足にさせる。
こんなに何かを待ち遠しく思う事なんて、子どもの頃以来、なかったかもしれない。
昨日と同じ場所に行けば、昨日と同じ形のドアが俺を待っていた。
今日は開け方を知っている。
ドアの横にあるくぼみに指をかけ、横に引いてドアを開ける。
「ミギャア!」
目の前の床の上に、ポテンと白い生き物が落ちていた。
地味にブザイクに鳴いたソレは、体に対して少し小さく見える翼をしきりにパタパタとさせていて。
「あ、来たんだね。こんにちは」
「こ、こんにちは」
ドアの向こう、少し遠くからお団子頭に眼鏡をかけた女性が、こちらを覗きそう声をかけてくれた。
「入って。あ、靴は脱いでね。一応そこに靴置き場をスキルこねくり回して作ったから」
石畳のところまでは、土足で入っていいよ。
そう言われ、見てみればたしかに昨日にはなかった石畳と、その隣には縦に伸びる木造りの棚がある……のだが。
「ミッ!」
「何故こんなところにドラゴンが」
「あぁその子、昨日私が生んだの」
「出産?!」
「違うわよ、スキルをなんかちょっとモニョモニョやったら生まれたの」
「あぁそういう。……いや、それでも十分すごいんだが」
ゆかりがあまりにも「大したことはしてないわよ」というスタンスで話すので、俺は半ば呆れて苦笑しながら靴を脱ぎ、棚に置く。
部屋に入るとテーブルの上に乗せた何かから視線を外した彼女が「すごい?」と小首を傾げて聞いてきた。
「すごいだろ。ドラゴンといえば、幻想種だぞ」
幻想種は、強大な力を持つ希少種だ。
人間とは異なる常識の中に生きているので共存は極めて難しく、共存のための研究をしている人間こそいるが、一般的にはまだ共存できる存在としてより、脅威として認識されている向きが強い。
普通は人里離れた場所に住んでいて、王都や間違ってもこんないかにも平和そうな部屋の中にいるような事はない。
そんな生き物がこんなところにポテンと落ちていて、驚かない方がおかしいだろう。
「それとも、もしかしてこのドラゴンは、ニホンの生き物なのか?」
見た目こそ幻想種に他ならないが、もし実際には似て非なるものだとしたら、まだ納得できると思ってそう尋ねた。
すると、彼女は可笑しそうに笑う。
「こんな子が日本に生息していたら、きっと皆大騒ぎでしょうね。『ついにフィクションじゃなく現代にダンジョンでもできたのか』って、連日ニュースになると思う」
ゆかりの言葉は、たまに難しい。
言葉は確かに通じる筈なのに、理解できない単語が時折出てくる。
見た目も見慣れない服装こそしているが、別に普通の女性である。
それでもこういう時に不意に「彼女は俺とは違う世界の住人だった」と、俺に思い出させてくる。
「ビーノ、おいで」
「ミッ!」
子ドラゴンが短く返事をし、小さな羽をパタパタと羽ばたかせてふわりと宙に浮いた。
彼女の求めに応じて奥の方に入っていく。
俺はホッと胸を撫で下ろして、ドラゴンの後に続く形で彼女の家に今日もお邪魔した。




