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異世界リンク古民家カフェ ~『収納』スキルと侮るなかれ~  作者: 野菜ばたけ
【第二章】第一節:ビーノの初めて

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第10話 ミゥッ!(ビーノがやる!)



「種類多いな」


 私が持ってきた箱を見て、彼が漏らした第一声がこれだった。


「ここにあるのは七種類だけど、本当はもっとたくさん種類があるんだよ。たしか、二十種類とかだった筈」

「二十?! 一体幾つの国を巡れば、そんな種類を集められるんだ」

「実際にこれを作った会社が何か国からコーヒーを集めてきたのかとかは知らないけど、買うだけならここでスマホでポチッとすれば数日で宅配が届くよ」

「商店に行くまでもなければ、商人を呼ぶ手間さえない、だと……?」


 驚愕する彼の背後に、まるで落ちる雷のエフェクトと『ピシャァァン』という漫画文字が見えたような気がした。

 ここまで綺麗にカルチャーショックを受けている人を、私は初めて見るかもしれない。


「すごいな、ニホン」


 いやまぁこの会社、本社はスイスにあった筈だ。

 だから本当にすごいのは日本じゃないんだけど、そんな事を言っていたら切りがないし、何よりもウェインの頭がこんがらがりそうなので、チャチャは入れないでおこう。

 


 私の説明を聞いて彼が今日選んだのは、カプチーノ。

 私はミルクティーを選んだ。


 コーヒーメーカーを使うのは、勿論ウェイン。

 台所まで来た彼は、例に漏れずカプセルを挿入しスイッチをポチッと押す作業に目をキラキラとさせている。


 が、そのキラキラの最沸点は、ちょうど空になっていた水を補充するために水道の使い方を教えた時にこそ現れた。


「何だこれは! どこから水が出てる?!」


 ノブを上に上げるとジャーッと水が出てくる、普通の水道だ。

 しかしその普通を見た彼は、ものすごくいい興味津々顔で私と水道を交互に見ながら聞いてくる。


「え、どこだろう。そう聞かれると、厳密にどこに溜められた水なのか分からないけど、元は湧き水だよ。浄水場でちょっと綺麗にはしてる、のかな」

「湧き水とは、井戸水とは違うのか」

「井戸水ってたしか、人が掘った井戸からポンプで水を汲み上げるんだよね? 湧き水は、勝手に湧いてくる水っていうか。山の上の方とかに行くと、チョロチョロと水が出てたりするじゃん」

「すぐ傍に水が沸いているのか」

「うーん、まぁ遠くはないけど、すぐ傍っていう程でもなくて。湧き水のところかパイプ――中身が空洞の筒を繋いで、ここで使えるようにしてるんだよ」


 水道から水が出てくるなんて、私にとってはあまりにも普通の事過ぎて、あまりよく「どこから」とか「どうやって」とか考えた事がなかった。


 でも、改めて考えると……心の底から水道の平和を守ってくれているすべての方々に大感謝。

 だってもしこれがなければ、話しぶり的にどうやら井戸水を使っているらしいプラナールの人たちと同様に、共用の井戸から毎日使う分だけの水を汲んで運ぶ重労働が存在していたのだろうから。


「さっきのここで買い物をすれば数日で届けてくれる件といい、どんな魔法だ」

「ニホンに魔法なんてないよ」

「あぁそうだったな。しかし、という事は」


 彼は止めた水の出てくる水道の口をしげしげと覗き込みながら、「これもキカイなのか」と聞いてくる。


「いや、これは機械じゃなくて……なんだろう。技術の一種? 技術っていうカテゴリーの下に、こういう水道工事とか、機械の開発とかがある感じ」


 世の中の利便性には、必ず何かしらの発展があり、それは技術によって為されている。

 その成果物が、水道を始めとする今の形のライフラインや機械なのだ。

 だから、元を正せばこれらはすべて『技術』に内包される。


「あぁなる程、今ので少しニホンが何で構成されているのかが見えた気がする。プラナールでは、魔法も技術の一つの数えられるからな」


 魔法の代わりに、機械技術が発展した世界。

 簡単に差別化を図るとすれば、多分そう言った方が分かりやすいのだろうけど、ある程度万能な魔法がないこっちの世界では、機械以外の技術も急速に進歩した。

 おそらくそういう事なのだろう。


「ウェインと話していると、私も普段なら絶対に考えないような事を考えたりして、なんか頭の体操でもしているような気分になるよ」

「そうなのか?」

「うん、お陰で今までにない楽しさがある」


 言いながらニッと笑った私に、彼は少し驚いたような顔になった。

 しかしすぐに、少し照れたように顔ごと目を逸らして。


「そ、そうか」


 コーヒーメーカーのボタンを押して、あっという間に二人分の飲み物を作ってくれた。


「今日はあっちの畳の部屋にしない?」


 私のそんな提案に、彼は「タタミ?」と首を傾げ、私が指した方を見て小さく「あぁ」と納得する。


「ゆかりが倒れていた場所か」

「『倒れてるとウェインが勘違いした場所』ね」

「普通、人が床で寝ているとは思わない」

「床って、あれは畳だから……って、あぁ!」


 片眉を上げて私を変人扱いしてきた彼に、私はカチリとパズルのピースが嵌ったようなアハ体験をする。


「そっか、畳を知らないんだ! 畳はねー、寝ていい床なんだよ?」

「そんな馬鹿な。床とは靴で踏む場所だ。当然汚い。そんな場所で――」

「でもこの家、そもそも土足禁止じゃん」


 私の言葉に、彼は固まる。

 たしかにそうだ、と思っているのかもしれない。

 

「ちなみに寝る時は、ベッドは使いません!」

「まさか」

「あそこで寝ます! 勿論布団は敷くけれど」

「床に布団の直敷きだと……?!」

「だから、床じゃあなくて畳ね」


 言いながら、私は彼が淹れてくれたミルクティーのカップを手に取った。


「ミッ、ミッ!」

「ん? どうしたの? ビーノ」

「ミッ、ミミィ!」

「え? このカップ? いやぁ、流石に動物に人間用の甘いミルクティーは、ちょっと体に悪そうだし――」

「ミゥッ!」


 ビーノが、サッとお盆を出してきた。


 見た事こそなかったけど元々この家にあったお盆で、今まであまり使われていなかったのか、それともよく手入れされていたのか。

 どちらにしろ綺麗に梅の木の枝が描かれた黒い漆塗りの一品で、使わずとも綺麗だと思った私は、壁の棚に食器と一緒に飾っていた。


 それをズイッと私の前に差し出した。

 これを使えという事だろうか。


「ありがとう、ビーノ」


 自分の分を運ぶだけだから必要っていう訳じゃあないけれど、せっかくビーノが持ってきてくれたのだ。

 使わない理由だってない。


 しかし受け取ろうと手を伸ばしたところ。


「ミギャア!!」

「え、違うの?」


 ビーノはお盆を離さなかった。


 じゃあ何だろうと考えて、「あ、もしかして」と思いつく。


「ビーノが運びたいの?」

「ミッ!」


 ビーノがムイッと胸を張った。


「大丈夫かなぁ?」


 作りたてだ。

 カップからは湯気がフヨフヨと上がっている。


 火傷しないかな、それが心配。

 あと、こういうのを子どもが運んでいるのとかをアニメや漫画で見るけれど、某マンガでは似たようなシチュエーションで頑張った結果、内容量の殆どが飲めない状態になってしまっていた。



 私が淹れたやつなら、まだいい。

 ……いや、勿体ないからいい訳じゃあないけど、ダメになっても諦めは付くというか、良心が痛むような事はない。


 でもこれはウェインが淹れてくれたものだ。

 それが飲めない状態になるかもしれないと分かっていて、このまま渡すのは……。


「あ、そうだ」


 一旦カップを置いて、壁の棚の前に移動する。


 祖父母の家に元々あった物で、自分では使わなそうだけど飾りがわりに置いてあるものが幾つかある。

 そのうちの一つに、たしか。


「あ、あった」

「木の箱?」

「升って言うの。元々は、液体や穀物の量をはかる容器だったんだけどね。お祖父ちゃんはこれにお酒を入れて飲むのが好きだった」


 思い出すのは、豪快な笑い声である。


“お猪口よりもこういうので飲んだ方が、雰囲気分美味い。あと、がぶ飲みできるしな”


 よくそんなふうに言っていた。

 彼はこれをお猪口がわりに、直に酒を入れて飲んでいたのだ。


 しかし酒における升の使い方は、もう一つある。


「本当は、酒を入れるガラスの器を中に入れるんだけどね」


 言いながら、戻ってきてテーブルの上のカップを――。


「入った。思いの外みっちりだけど」


 それでも零れた時のミルクティー受けくらいにはなるだろう。


「じゃあこれを、ビーノに運んでもらおうかな」

「ミィ!」

「と、その前に」

「ミ?」


 ビーノの持つお盆に、人差し指をトンと乗せた。


「そのお盆、表と裏が逆になってるよ」




「で、何なんだ、この体勢は」


 ウェインが呆れ交じりに言う。


 彼の疑問も尤もかもしれない。

 だって今私はかの吸血鬼騎士を、畳にうつ伏せで寝転ばせているのだから。


 でも、それにはちゃんとした理由がある。


「ビーノの初めての『お給仕』だよ?! ちゃんと舐めるように見ないと勿体ない!」

「だからって、別に寝転ばなくても」

「だってビーノ、飛んで持って来ようとしたらどう考えてもドンガラガッシャァーンしそうだったし。歩かせるなら、寝転んだ方が真正面から見える。何なら下のアングルから見えて可愛い」

「そう、なのか?」


 いまいちピンと来ていない様子のウェインだが、それでも私に付き合って横で一緒にうつ伏せになってくれているあたり、結構優しい。



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