[※]□月星暦一六〇六年 〈歌劇第二章〉【クルム】
【ネタバレを含みます。十六章読了後にお読みください】
□クルム
「お疲れ様。遅かったね」
先に赤霄宮に戻っていたクルムは、妻のセーラを労った。
「ただいま。クルム。疲れたけど、とても為になったわ。実際の王様経験者の言葉は、やっぱり一味違うもの」
「王? 誰のことを言っているの?」
首をかしげるクルムを、セーラは驚いた瞳で見つめた。
「もしかして、クルム知らないの?」
「何を?」
「そっか、そうなのね!」
悪戯を思いついた顔で、セーラは口角を上げる。
「クルム、今度のお休み、デートをしましょう」
後日。
クルムがセーラに連れて行かれたのは劇場だった。
お忍びでの来場の為、地味な格好でバンリだけを連れてきたが、見えるところに知った護衛の顔がいくつもある。
劇場の正面玄関の上には大きな横断幕が貼られていた。
『あの、不朽の名作歌劇の第二章』
あの、と言われても、その歌劇のタイトルをクルムは知らない。
それどころか、歌劇というものを見たことがなかった。
「有名なお話なの?」
「もちろん。月星で語り継がれる、ある英雄の恋物語を歌劇化した名作なの。その第二章が最近作られたのよ」
一章を知らなくても、それぞれ独立した話だから大丈夫なのだと、セーラはなぜか自信満々でクルムを席に誘った。
※※※
第一幕。場面一。
場所 湖の畔。
登場人物 砂色の髪の男性・赤毛の女性。
男は女を抱き抱え、湖に視線を向けていた。
男『逝くな、レニー』
女『ごめんなさい、あなた。わたくしはここまでのようです』
男『お前がいなくなったら私は⋯⋯』
レニー『嗚呼、アランさま。また、わたくしを探してくださいね』
レニーの腕が力なく落ちる。嘆き悲しむアランはその胸の内を歌に乗せた。
暗転。
第一幕。場面二。
場所 森の中。
登場人物 アラン・金髪の女性。
女がアランに近づき、声をかける。
女 『アランさま? あなたはアランさまではございませんか?』
アラン 『仰るとおり、私はアランだが』
女 『ああ、神よ! なんという奇跡。まさかそのままのお姿でご存命とは』
感激した女はその場に座り込み、天を仰いで感謝を口にした。
女 『失礼いたしました、アラン様。わたしの名はサーヤと申します』
アラン 『サーヤ殿、こんな森の中にお一人でどうなされた?』
サーヤ 『アラン様。わたしはアラン様に会いに来ました』
アラン 『私に? 何かお困りのようだが、私になにか出来ることはあるのかな?』
サーヤ 『はい。アラン様。恐れながら、貴方様にお願いしたいことがございます』
アラン 『なんでしょう。言ってみてください』
サーヤ 『私と結婚してください』
台詞からそのまま繋がる形でサーヤが歌いだし、アランが手を取った。
※※※
終幕
場所 白い砂漠
登場人物 アラン・神・サーヤ
白い砂漠に、月を背景にした古風な装いの髪の長い女性のシルエット。アランはその者に語りかける。
アラン 『神よ、呼びかけに答えてくださり感謝いたします』
神 『どうしましたか? 我が愛しい子よ』
アラン 『今宵はお願いしたきことがございます』
神 『言ってみよ』
アラン 『あなた様から授かった加護を、その証をお返ししたいと思います』
神 『我が加護はもう不必要かえ? 加護の返却は人の時間を生きるということ。人の生は短い。あっという間に老いてしまうぞ』
アラン 『構いません。私は一人の女性と歩むことを決めました。永遠の若さはもう要らない。愛する彼女と共に歩み、老いていくことをお許しください』
神 『我が愛しき子。それが、そなたの望みならば。我はそなたの望みを叶えるのみ』
アランは加護の証である『紋章』を神に差し出した。
暗転。
神、退場。
白い砂漠に佇むサーヤ。
アランが近づき抱きしめる。
アラン 『待たせてすまない。サーヤ、我が愛しき女性よ』
サーヤ 『アラン様、待っていましたわ。我が愛しき男性よ』
アラン 『サーヤ、これを貴女にお返ししよう』
サーヤ 『これは、レニーのペンダント!』
アラン 『貴女のものだろう?』
サーヤ 『ええ。ええ。嬉しい。また、私を探し出して下さったのですね』
アラン 『今度こそ、同じ時を歩もう』
サーヤ 『ええ、アランさま。今度こそ。共に⋯⋯』
二人は見つめあいながら歌い、幕が下りた。
※※※
「どうだった、クルム?」
「どうと言われても⋯⋯」
クルムは複雑な顔をしていた。
時代がかった言葉遣いで進行する物語。歌劇というものを始めて見たため、クルムにはその出来自体は正直よくわからない。
セーラに連れて行かれた物販売場には、劇に関わる様々なアイテムが売られていた。
劇中で使われたペンダントのレプリカはどこかで見たことがある形状をしている。
他にも、アランの剣の形のペーパーナイフや栞などがあった。
セーラはパンフレットを購入した。
変装して客にまぎれている護衛に、後で買ってきてもらえば良いのにわざわざ並ぶ意味もクルムにはよくわからない。
そう言うと、
「こういうのは、自分で並んで手に入れるからこそいいのよ」と、よく分からない持論を力説された。
セーラに見せて貰ったパンフレットには、第一章のあらすじも載っていた。
『神の加護の証である『紋章』を授かったアラン王子は、何度も王国の厄災を退けた英雄だった。
アランさえいれば国は安泰と頼り切りになる状況に、危惧を覚えた彼は、王国を立ち去った。
身分を隠して旅に出た先で、アランは外つ国の王女レニーを救う。彼女こそ運命の相手と確信し、許可を得ようと王国に戻ったアランを出迎える面々は面白くない。
アランは彼女を認めさせるために策を講じた』
このあらすじでは、どうして第一章が『不朽の名作』になり得るのか、クルムにはさっぱり解らなかった。
そして第二章。
『レニーと死に別れたアランは、神に愛され、加護を得ていたた為に年を取っていなかった。
森で出会ったサーヤには、レニーの記憶があるという。
アランに結婚を迫るサーヤ。
レニーへの愛とサーヤからの愛に挟まれて、苦悩するアラン。
やがて、サーヤがレニーの生まれ変わりと確信したアランは、神に加護を返却しサーヤと共に歩む決心をする』
「——どこまで、本当なの?!」
「何のことかしら? これは『お話』よ。クルム」
セーラの顔が悪戯っぽい笑みに満たされていた。
※※※
夕食は出来うる限り、アトラスとサクヤを交えて摂っていた。
家族での団欒。クルムにはごく当たり前の風景。
しかし、赤霄宮で給仕されながら一人で食べる食事は味気なかったのだと、セーラには新鮮な一時なのだという。
「昼間はお忍びで城下に行っていたんだってな。どうだった?」
アトラスの質問に、セーラは笑顔を向けた。
「はい。観たい歌劇があったので、今日はクルムに付き合ってもらいました」
「歌劇か。最近はどんなものが流行っているんだ?」
「一番人気なのは、恋愛ものですね。今日観たものも、時を越えて結ばれる男女の物語でした」
「ぐふっ⋯⋯」
サクヤがむせた。
顔から一切の表情が消えている。
そうなのだろうとは思っていたが、物語のモデルが誰なのか、クルムは確信した。
より面白く、より感動的に脚色されていても、話の筋はそれほど変わっていないのだろう。
セーラがクルムに伝えたかったことを理解する。
なぜ、サクヤがレイナをすんなり受け入れていたのか、クルムはやっと把握した。
劇を思い出すと、急に両親の顔を見るのが恥ずかしくなった。
親の恋愛事情は、あまり知りたいものでもない。
セーラとアトラスの会話は続いていた。
「クルムはそっち方面に触れる機会はあまりなかったかもしれん。どんどん連れ出して体験させてやってくれ」
「はい。大叔父さま。今日の劇もとても面白かったです。続編の制作も予定されているそうで、今から楽しみですわ」
サクヤも初耳だったのだろう、唖然とした顔をセーラに向けていた。
クルムも同じ顔をしている自覚がある。
もし、『アラン』の歌劇に続編が作られるなら、次は『アランの息子』の話になるのは想像に難く無い。
きっと名前は『クリス』とかになっているのだろう。
クルムは、サクヤと目があった。
気の毒そうな苦笑を向けられ、ため息を吐く。
これが有名税というものなのかも知れないが、勘弁して欲しいものである。
複雑な思いを飲み込んで、クルムは振り切るように肉料理に手を伸ばした。




