第九話 ゾフィーの想い
ー帝都 ゲキックス伯爵家 別邸
学校から帰ってきたゾフィーは、着替えもせずにベッドの上に飛び乗り、枕に顔を押し付ける。
(……悔しい)
悔しさのあまり、涙がにじみ出る。
ゲオルグは、ゾフィーのことを覚えていなかった。
それはいい。
あの時、名乗っていないのだから、ゲオルグが覚えていないのは仕方がない。
ゾフィーは自分の存在感が薄いことは自覚していた。
ゾフィーは、剣術も体術も学問も乗馬も容姿も、全て同世代の貴族子女に比べ、人並み以上に優れていた。
だが、ゾフィーがどれだけ努力しても、姉ソフィアには及ばなかった。
姉ソフィアにあって、妹ゾフィーに無いもの。
それは『天賦の才』であった。
姉ソフィアは、帝国最年少となる十四歳で上級職である『竜騎士』となり、金鱗の竜王シュタインベルガーの加護を受けることができた。
その事は皇帝ラインハルトも聞き及ぶ事となり、姉ソフィアは皇太子ジークフリートの婚約者に選ばれ、結婚して皇太子正妃となった。
皇太子が皇帝に即位したら、姉ソフィアは皇妃となり、名実ともに貴族子女たちの頂点に立つ。
祖父アキックス伯爵は、ソフィアもゾフィーも孫娘として同じように可愛がったが、祖父以外、ゾフィーの存在は、常に姉ソフィアの影に隠れてしまい、ゾフィーの存在を気に留める者などいなかった。
ゾフィーは、姉ソフィアの結婚式を思い出す。
ゾフィーは、皇族と親族用の席からソフィアを眺めていた。
会場で皇太子ジークフリートにエスコートされるソフィアは、列席した貴族子女たちの羨望の的であった。
ソフィアの着る帝室の紋章が刺繍されたドレスは気品に溢れ、まさに将来の皇妃たる姿であった。
ゾフィーは、姉ソフィアを誇らしく思う一方で、自分と姉は違うと思い知らされる。
諦めに近い感情に嘆息するゾフィーの隣に、身なりの良い男の子がやって来て呟く。
「ソフィア様、綺麗だなぁ~。あのドレス、刺繍が光っている! 凄いな!」
思わずゾフィーは隣の男の子に答える。
「あれは『ミスリル糸』で刺繍されているのです。魔力を帯びているので、室内の照明を反射して、あのように輝いて見えるのです。飛空艇より高価なドレスですよ」
ゾフィーの答えを聞いた男の子が驚く。
「凄い! 君、詳しいな! 良く知っているね!」
ゾフィーに向けられたそのエメラルドの瞳は、ゲキックス家の者へのお世辞でも、社交辞令でもない、嘘や偽りの無い純粋な彼の気持ちを現していた。
祖父以外の異性に初めて面と向かって褒められたゾフィーは、照れながら答える。
「勉強しましたので」
後にゾフィーは、初めて自分を認めて褒めてくれた男の子が第四皇子ゲオルグだと知る。
それだけの出来事でしかなかったが、ゾフィーはゲオルグに想いを寄せていた。
第四皇子ゲオルグに既に『男女の関係』となっている女がいることは、ゾフィーにとって想定外であった。
(それならば……)
ゾフィーは深呼吸をすると、考えを改める。
想い人に女が一人いるからといって、諦める必要は無い。
なぜなら、帝国は一夫多妻制。
男の情愛を掴んだ女が勝ちであった。




