第十九話 夕刻の屋台とゾフィーの見たもの
ゲオルグたちが配給所で難民たちへの食糧配給の手伝いを終えると、外の陽は既に傾いていた。
ゲオルグが仲間たちに告げる。
「腹減ったな。オレたちも飯にしようぜ」
クラウディアもゲオルグに追従する。
「そうね。私もお腹空いちゃった」
悪友二人も追従する。
「おう」
「そうだな」
ゲオルグたち八人は、宿舎にしている大型輸送飛空艇へ戻るべく、配給所の建物から外へ出る。
ゲオルグたち奉仕活動に従事する貴族子弟や貴族子女は、帝国軍の警備上の理由から、大型輸送飛空艇を宿舎にしていた。
収容所の敷地の外は荒野の果て、水平線が溶け始める時刻であった。
風はすでに冷え、乾いた大地の匂いを運びながら、沈みゆく太陽の残光を削ぎ落としていく。
空は巨大な鉄板を灼いたように赤く、雲はなく、ただただ純粋な色彩の層がゆっくりと、しかし確実に闇に呑み込まれていく。
ただ、冷えていく大地と、どこまでも続く闇だけが、そこにあったものを証明するように、静かに横たわっていた。
少しづつ広がっていく闇だけが残り、獣人荒野は、もう何も語らなかった。
ゲオルグたちは、士官によって案内されてきた敷地の通りを大型輸送飛空艇に向かって歩いていく。
薄暗くなってきた敷地の通りには、駐屯する帝国軍の兵士たちを目当てに集まった行商人たちが屋台を連ね始めていた。
屋台に並べられているのは、羊肉の串焼き、竹の器に盛り付けられた果物、酒と小料理などなど各地の産物であり、勤務時間を終えた帝国軍兵士や施設で働く職員などが屋台での酒盛りを楽しんでいた。
ゲオルグたちは、初めて目にする行商人たちの屋台を珍しそうに覗き込んだり、眺めたりしながら歩いていく。
ゲオルグは屋台の串焼きに目を止め、悪友二人を誘いつつ、屋台の主に声を掛ける。
「おまえらも食うか? おっちゃん、串焼きを三つ」
恰幅の良い中年男性の屋台の店主は、ゲオルグと悪友二人に串焼きを手渡しつつ、ゲオルグに答える。
「まいど! ……これはお目が高い。この羊肉の串焼きは栄養満点だからね! これをを食べると朝までギンギンだよ! そこの綺麗な奥方も大喜びだね!」
屋台の店主の言葉にゲオルグは苦笑いする一方、ゲオルグの隣にいたクラウディアは、照れた仕草をしながら上機嫌で答える。
「まぁ! 『綺麗な奥方』だなんて! ……恥ずかしいわ。……店主、こちらの果物もくださる?」
屋台の主は満面の笑顔で果物の盛り合わせを五人の女の子たちに手渡す。
「まいど! 『綺麗な奥方が五人』で五つだね!」
「え!?」
ゲオルグは店主の言葉に目が点になるが、店主にゲオルグの『綺麗な奥方』と呼ばれたゾフィーやエミリアたちは大喜びであった。
ゾフィーは嬉しそうな笑顔でゲオルグに御礼を言う。
「ゲオルグ様、ありがとうございます!」
エミリアたちも大喜びでゲオルグに御礼を言う。
「私も妃の列に加えて頂けるなんて!」
「光栄ですわ!」
「ありがとうございます!」
「ま、まぁ……良いか……」
結局、ゲオルグは八人分の代金を店主に支払うのであった。
果物を食べ終えたゾフィーは、ゲオルグの後ろでクラウディアと並んで歩いていた。
すると、通りの先にある屋台の陰で、クレメンスが同じ年齢くらいの難民の女の子に話しかけている姿を目撃する。
やがて、クレメンスは話していた難民の女の子を連れて、手下たちと一緒に倉庫らしき建物の中へと入っていく。
(クレメンス!? あの貴族の身分を鼻に掛けている高慢な人が、なぜ身分の低い難民の女の子と?)
あまりにも『不自然な光景』に、ゾフィーは『悪い予感』がする。
ゾフィーは、ゲオルグたちの元を離れてクレメンスの後を追う。
クラウディアは、突然、ゾフィーが自分の隣から離れ、単独行動をとり始めたことに気が付く。
(ゾフィー? ……どこへ?)
クラウディアは、訝しみながらクレメンスの後を追うゾフィーを目線で追いながら果物を摘んで食べていた。
ゾフィーはクレメンスの後を追い掛け、倉庫の入口にたどり着くと、ドアの前にクレメンスの手下の男たち二人がゾフィーの前に立ち塞がる。
ゾフィーは、立ち塞がる二人を睨みながら告げる。
「通してください」
手下の男の一人は、下卑た笑みを浮かべながらゾフィーに告げる。
「おっと。ここから先は通行止めだ」
ゾフィーは、手下の男の一人の襟を右手でつかむと、腹に膝蹴りを食らわせる。
「ぐはっ!?」
膝蹴りを食らった男がうずくまると、もう一人の手下の男がゾフィーに掴み掛ろうとする。
「くそっ!」
すかさずゾフィーは、開脚百八十度の見事な回し蹴りを放つ。ゾフィーの回し蹴りは男の頭部を捕らえ、男はひっくり返る。
ゾフィーは二人の手下を倒すと、入口のドアを開けて倉庫の中に入る。
ゾフィーは薄暗い倉庫の中に入る。
「うっ……ううっ……」
「フッ……ハッ……ハッ……」
ゾフィーの耳に柔らかいものを叩き続ける音と、押し殺したような嗚咽、そして、荒い息遣いが聞こえてくる。
「……クレメンス?」
歩みを進めたゾフィーの目に映ったのは、木箱の上に上半身を突っ伏して口元に手の甲を当て、漏れ出る声を押し殺している難民の女の子と、その難民の女の子を犯しているクレメンスの姿であった。




