第十八話 獣人荒野、難民収容施設
--夕刻。
ゲオルグたちを乗せた大型輸送飛空艇は、獣人荒野西部、国境近くの難民収容施設に到着する。
ゲオルグたちは帝国軍の士官から奉仕活動をする際には、帝国軍の下士官用の軍服を着用するようにと告げられ、ゲオルグたちは下士官用の軍服に着替える。
貴族子弟はともかく、クラウディアとゾフィーを除いた貴族子女たちは、帝国本土では『貴族女性が男装することなど非常識』とされている事柄であるため、初めて軍服を着て男装する女の子がほとんどであり、楽しそうにはしゃいでいた。
前衛のゲオルグたち男三人とクラウディア、ゾフィーの五人は帯剣し、後衛のエミリアたちは帯剣はしなかった。
ゲオルグたちは、それぞれ着替えと準備を終えると、大型輸送飛空艇から獣人荒野の難民収容施設へタラップを降りていく。
地上に降り立ったゲオルグは、周囲を見渡しながら口を開く。
「着いたな! 獣人荒野!」
地上に立つゲオルグの目の前には、果てしない荒野が広がっていた。
風は低く唸るような音を立て吹き抜け、乾ききった大地を這い回る。
強い陽の光に繰り返し照らされ続けた土は焼き固められ、ひび割れた無数の皺を刻み、そこから白い塩がこぼれ落ちる。
時折、枯れた潅木の枝が軋む音が聞こえてくる。
クラウディアは、ゲオルグの隣に並ぶと彼と同じ方角を向いて答える。
「ずいぶんと殺風景なところね」
ゾフィーが二人の間のやや後ろに立ち、獣人荒野の成り立ちの神話について語り始める。
「神話の時代。この獣人荒野は豊穣の地だったようです。神々と魔神たちの戦いが始まり、魔神たちが放った瘴気がこの地を枯れ果てさせました。大地母神ナントスエルタは、僕たちが暮らす豊穣の大地であるアスカニア大陸を瘴気から守るため、瘴気に侵されたこの地をアスカニア大陸から切り離そうとしました。その時にできた裂け目に海水が入ってできたのが西の巨大洋から帝都まで続く細長い北の入り江とのことです」
ゲオルグは目を輝かせながらゾフィーの解説を褒める。
「ゾフィー! 凄い! よく知ってるな!」
ゲオルグに褒められ、ゾフィーは照れながら答える。
「勉強しましたので」
エミリアが三人の後ろから少し不安げな顔で尋ねる。
「それでは、獣人荒野が今も荒地なのは、魔神たちが放った瘴気が今も残っているからなのですか?」
ゾフィーは考える素振りをしながら、したり顔で応える。
「ん~。神話の時代の話ですから、瘴気はもう残っていないでしょう。細長い湾の北側の帝国本土に比べ、南側のこの地が荒れているのは、水源となる川が少ないからでしょうね。皇帝陛下やジーク様も、獣人荒野の開拓農場の建設には水源不足でずいぶん苦労されているようです」
エミリア、カタリナ、エリーゼの三人は、『瘴気はもう残っていない』と聞き、安心したように安堵の息を吐く。
「皆さん、こちらへ」
ゲオルグたちは帝国軍の士官に案内されながら難民収容施設に入っていく。
難民収容施設は、帝国軍の駐屯地のような構造をしていた。
難民たちが住む幾つかある居住棟の集まりを取り囲むように帝国軍の施設があり、七メートルほどの外壁が収容所の外周を囲っていた。
これは『難民たちが逃げ出さないようにするため』ではなく、『帝国に逃げてきた難民を帝国に服さない妖魔や獣人一世などの襲撃から守るため』であった。
敷地の四隅には監視塔が立ち、帝国軍の兵士が見張りについていた。
ゲオルグたちが通りを歩いていると、戦闘装備の帝国騎士の一団とすれ違う。
ゲオルグがクラウディアとゾフィーに告げる。
「見ろよ。戦闘装備だ」
クラウディアは、感想を口にする。
「戦闘していたみたいね」
ゾフィーが答える。
「『ある意味』、帝国の最前線ですからね」
帝国本土には無い、物々しい雰囲気にゲオルグは気分が高揚してくる。
やがて、ゲオルグたちは配給所に案内される。
配給所は、収容されている難民たちに食事を配給する施設であった。
「こちらです」
ゲオルグたちが士官に案内されて中に入ると、ちょうど職員たちが難民に配給する食事を用意しているところであった。
大きな駕籠にはライ麦でできた黒パンが山盛りに積み上げられ、大鍋は野菜スープが入っており、ソーセージとチーズも大皿に盛りつけて置かれていた。
案内の士官は、ゲオルグたちに告げる。
「皆さんには、ここで難民への食事の配給を手伝って頂きます」
「はーい」
ゲオルグとクラウディアはパン係、ゾフィーとエミリアがスープ係、悪友二人オズワルドとマティスがソーセージ係でカタリナとエリーゼがチーズ係であった。
ゲオルグたちが職員から配給の要領についてひと通り教わると、夕食を配給する時間になり、配給所に夕食を求めて難民たちがやってくる。
ゲオルグたちが夕食を配給し始める。
老齢の男性、幼い子を抱えた女性、などなど、様々な者たちが配給を受けに来ていた。
配給を受けた難民は、ゲオルグたちから受け取った黒パンやソーセージ、チーズは布袋や革袋に入れて、スープは小鍋のような容器で受け取り、持ち帰っていく。
しだいに配給所を訪れる難民たちの数が急激に増えてくる。
ゲオルグは、食事を求めて配給所にやってくる大勢の難民の人数に驚く。
「……すごい人数だな。何人来ているんだ?」
職員が答える。
「正確な人数はわかりませんが、千人以上いますね」
「そんなに!?」
「ま、配給所はここの他にもありますので、全ての難民がここの配給所に来ている訳ではないですから」
職員の言葉通り、殺到していた難民たちも、時間が経過すると共に人数が減っていき、一時間ほどでゲオルグたちは難民への夕食の配給作業を終える。




