第十七話 気まずい昼食と口喧嘩
三人が去った部屋にゲオルグとクラウディアが残る。
先ほどまでの雰囲気が壊れてしまい、二人は顔を見合わせて互いに苦笑いすると、ゲオルグはクラウディアに謝る。
「ごめん。初めてだったのにな」
クラウディアはゲオルグに微笑んでみせる。
「いいの。謝らないで。鍵を掛けなかったのは、私だから」
ゲオルグとの相部屋が決まったことに舞い上がってしまい、ドアに鍵を掛け忘れたのはクラウディア自身であった。
そう告げるとクラウディアはベッドから出て服を着始め、乱れた髪を直して身支度をする。
クラウディアは、手早く身支度を終えてゲオルグに告げる。
「昼食食べに行きましょう。みんな、待っているかも」
「そうだな」
二人は部屋を出て、昼食が提供されている大型輸送飛空艇のラウンジへと向かう。
二人は、大型輸送飛空艇のラウンジに入る。
ラウンジは壁の一面がガラス張りになっており、広い空間の随所に八人掛けの長テーブルと席が設けられ、ガラス越しに外の景色を一望することができた。
さながら高級レストランといった趣の造りと内装であった。
ラウンジでは、同じ班の仲間たちが見晴らしの良い席に座り、ゲオルグとクラウディアの二人がラウンジに来るのを待っていた。
ゲオルグとクラウディアは皆が待つ席に座る。
ゲオルグが口を開く。
「ゴメン。遅くなった」
ゲオルグに続いてクラウディアも口を開く。
「お待たせしたわね」
ゲオルグとクラウディアの言葉に、悪友二人は歯切れ悪く答える。
「おう」
「いや、別に……」
エミリアら三人の令嬢たちは、既に悪友二人とゾフィーから話を聞いていたため、三人でひそひそとはなす。
気まずい雰囲気の中、八人は昼食を始める。
ゲオルグは、気まずい雰囲気の昼食を手短に済ませると、席を立って歩いていく。
「ゲオルグ!」
「ちょっと!」
悪友二人も席を立ってゲオルグの後を追い掛けていく。
ゲオルグたち三人は、ラウンジから通路を抜けて船倉の一角に出る。
悪友二人はゲオルグを呼び止めると、平謝りに謝罪する。
「ゲオルグ! ほんっと、ごめん!」
「すまん! 悪かった! まさか、真っ昼間から彼女としてるとは思わなかった!」
ゲオルグは、平謝りする悪友二人にバツが悪そうに答える。
「まぁ、オレは良いけどさ。部屋には彼女がいるんだから、少しは気を使えよな」
悪友二人は、引き続き謝る。
「判った!」
「気を付けるよ!」
--ラウンジ。
ゲオルグたち三人がラウンジから去り、五人の女の子が席に残っていた。
食事を終えたクラウディアが席を立とうとすると、ゾフィーが口を開く。
「貴女は……遅れて来たのに、皆にお詫びの一言も無いのですか?」
クラウディアは流し目でゾフィーを一瞥すると、わざとらしく頬に手を当て恥じらう素振りをしながら答える。
「そう? 彼ったら、私に口づけしてなかなか離してくれなくて。ごめんなさい。食事に遅れてしまって」
クラウディアが口にした赤裸々な告白にエミリア、カタリナ、エリーゼの三人は頬を染め恥じらう。
「まぁ……」
「殿下に……」
「口づけを……」
だが、それらの告白はゾフィーの神経を逆なでする。
ゲオルグを『彼』と呼んだこと。
ゲオルグにキスされていたこと。
ゾフィーは一気に頭に血が上り、クラウディアを罵倒する。
「なんですか! 発情期の猫じゃあるまいし! 白昼堂々、情事に及ぶなど!」
クラウディアは、ムキになるゾフィーをものともせず、口元に軽く握った右手を当て余裕のある微笑みを浮かべながら答える。
「男と女が同じ床に就けば、することはひとつ。創世記からの理じゃない。夫からの求めを受け入れるのが妻の務めよ」
「いつ、貴女がゲオルグ様の妻になったのですか!? 貴女がゲオルグ様を誘惑するからです!」
「私をベッドに押し倒して口づけしたのは彼よ。貴女も見たでしょ?」
「うぐぐ…」
クラウディアが口にした言葉にゾフィーは言い返せなくなると、クラウディアは更に畳み掛ける。
「彼に抱かれて口づけされると、彼に包まれて交わる感じで、とても気持ち良いのよ。貴女もしてみたら?」
クラウディアがゾフィーにそう告げると、ゾフィーは悔しくて涙目になりながらクラウディアを罵倒する。
「淫乱!」
クラウディアもゾフィーに言い返す。
「不感症!」
「グッ!」
ゾフィーは涙目のまま席を立つと、足早にラウンジから出て行く。
エミリアたち三人は、自分たちより身分の高い伯爵令嬢の二人のやり取りが終わるまで大人しくしていたが、ゾフィーがいなくなると口を開く。
エミリアはクラウディアに尋ねる。
「クラウディア様。その……殿方から強引に迫られた場合は、どのように振る舞えば……」
「その時はね…」
クラウディアは得意げに三人にあれこれと語っていた。
ーー大型輸送飛空艇、倉庫。
ラウンジを出たゾフィーは一人、倉庫へ行く。
ゾフィーは、倉庫の中を歩いていき、倉庫の一角にある大きな鉄格子のついた木箱の前で立ち止まると、鉄格子の扉を開けて話し掛ける。
「プロメテウス」
ゾフィーの呼ぶ声に応えるように、開いた鉄格子から飛竜が顔を出す。
ゾフィーは、今回の旅に騎乗している飛竜を連れてきており、主人の呼び掛けに顔を出してきた飛竜プロメテウスの頬を撫でながら話し掛ける。
「私、喧嘩してしまいました。どうして、あの人が相手だと意地を張ってしまうのでしょうね」
飛竜は、利口な生き物であった。人語は話せないが、理解することはできた。
ゾフィーは、プロメテウスに尋ねる。
「プロメテウス。私は間違っているのでしょうか? それとも、女として魅力が無いのでしょうか?」
ゾフィーはクラウディアが羨ましかった。
姉ソフィアが皇太子ジークから寵愛されているように、自分もゲオルグから寵愛され、キスして欲しい、傍に置いて欲しいと思う。
『第三皇子は男装した女の子が好みらしい』と聞き、軍服を着た。『乗馬が趣味』とも耳にして、飛竜だけでなく、馬にも乗れるように訓練した。
「好きな人に振り向いてもらうには、どうしたら良いのでしょうか」
「クルルル…」
人語を話せないプロメテウスは、主人であるゾフィーの気持ちを察し、慰めるように低い鳴き声をあげながらゾフィーに頬を擦り寄せそっと寄り添う。
ゾフィーは、プロメテウスの頬を撫でながら告げる。
「ありがとう、プロメテウス。優しい子ですね」
雲の切れ間、小さな船窓から差し込む陽の光がゾフィーとプロメテウスの足元を照らしていく。
ゾフィーの心は揺れていたが、プロメテウスの優しさが、その揺れを少しずつ鎮めてゆくのだった。
一夫多妻制の帝国では、『誰を妃にするか』『どの妃を抱くか』の選択権は、男の側にあった。




