北洋燃える~HI作戦発動(2)~
昭和18年9月 -ラエ ニューギニア主計本部-
季節というものが全く感じられない赤道至近のニューギニア。そのラエに本拠を置く「ニューギニア主計本部」。主計士官の私はサラモアからの腐れ縁となっている陣内特務とその手下、同期の主計達を集めてここ数日の妙な雰囲気について意見を交わしていた。
「海軍が動くんですか?」
「うん、南じゃなく北だけど」
「北?なぜ?」
「数字は雄弁だ。誤魔化そうとしたら余計に誤魔化せなくなる。俺たち(陸海軍の主計)が勤勉すぎるのも問題だ。いつもと違うことすりゃ大抵のことはすぐ露見する」
「日頃から洋酒寄越せ、金鵄(煙草)寄越せしか言わんベタ金様(将官)が備蓄とか補給とか聞いてきたら嫌でもわかりますな」
陣内主計少尉がニヤニヤ顔で情報の出どころの補完をする。
「各地の「できる」主計はそれを察して備蓄の案配を聞いてくるから黙っていても分かる。米軍も通信量の増加で何かがあるくらいは掴んでるだろうね」
「北だという理由は?」
「先月の中頃、小型輸送船が定期運行以外の輸送任務に就いた。横浜から大湊を経由して行った先は北海道より更に北の最果ての島、占守島だ。
積荷は通常の補給品に加え結構な量の航空用ガソリンだった。それもハイオクタンガソリンだ。占守島だが陸海軍の飛行場があるにはある。規模はまぁまぁだが何せ最果ての地だ。臨時に物資が必要になることはまずない。よって占守島近辺を起点とした「何か」があると判断するしかない」
「誰かがポカやって航空燃料を駄目にしてしまったという事は?」
「それなら補給よりも先に人事だ。
「「人事千里を走る」だ。人事は補給と違って紙1枚しかないから速い。だがそのような人事は出ていない。ガソリンは重要物資だから兵がしくじって駄目にしたとしても、必ず上が責任を取らなければならん」
そう話しながら私は襟の呪い札(階級章)が気になった。何せその「上」はここでは私なのだ。しかし周囲は全く気にする風もない。むしろ派手に仕事をやっている。
「奇跡以上」に分類される損失の少なさでポートモレスビー攻略を成功させた陸軍と海軍陸戦隊。これに加えて連合艦隊の戦艦の乗組員から最大級の称賛を受けた我が「ニューギニア主計本部」は、そもそも臨時という名目で発足したはずなのだが今や南方戦線と連合艦隊の補給を一手に引き受ける羽目になっている。
軍令部と陸軍参謀部に加え「菊の粛清」(なんだよ?その名前?)による人事刷新で序列を吹っ飛ばして陸軍次官に転任した若松中将殿は陸軍次官就任の際、東条首相から
「貴様は「軽い神輿」だ。おとなしく担がれてろ」
と言われたらしい。(本人から聞いたので間違いない)
そんな訳で通常なら必ず起きる我々(主計本部)との軋轢も今のところない。というか陸軍中将殿が主計少佐ごときに気遣いしてどうするんだ?
「数日中には燃料を要求してくるだろう。本土に移動中のタンカーをトラック(島)に回すようにして欲しい。船団1つ位なら影響もそれほど大きくはない」
「船団丸ごと1つですか?トラックのタンクは3万トン程度ですよ?」
「動き出したら全然足りないだろ?連合艦隊が全力で動くと1日1万トン(石油が)消える。陸上タンクは恐らく空だ。少なくとも片手(5隻。戦時標準油槽船)は必要だろう。補給は辛うじて余裕がある。文句言われる前に(補給を)回すしかない。フィリピン近海から小笠原(諸島)を南下するルートになるね。日本に向けて航行している船団があったら最優先でそっちに向かわせて欲しい。あと、戦場が北だとすれば防寒装備も必要になる。近所から夏装備のまんま北に配備されるという悲劇が起きないよう補給体制を整理しといてくれ」
それぞれが持ち場に散った後、陣内特務の作成した陸海軍主要補給拠点の確保物資一覧(青字は充足、赤字は不足)を眺める。
今更ながらこんなジリ貧状態でよく戦争を始めたものだと開戦当時(「逃げるな!」と言われているのだろう。未だ現職の者が多い)の政府要人に尊敬と恨みの念を送りながら、戦争の落とし所がどのようなものになるのか思いを馳せた。
今回の北の動きは辻参謀殿の「SKI」作戦に関係するものなのだろうか?壁の世界地図にぼんやり目を移すと、ほとんど空白の日本北方に今しがた突き立てられた赤いピンが何か言いたそうにしていた。




