戦後
レストランに座り、ガラス窓越しに廊下で働くスタッフを遠くから眺めていた。彼らはモップやブラシを持ち、廊下にこびりついた黒い粉末や血痕を洗い流している。
私はコーヒーを飲みながら、前日の騒動を思い返していた。
おそらく、魔法省内に裏切り者がいる。そして、それはかなり核心的な人物が裏切ったのだろう。
ブレイズエッジが医療カプセルに入る時間や、リーダー格の怪人たちが魔法省の内部構造を把握していることなどから、怪人たちに内通者がいて、どこかから情報を手に入れたようだ。
なぜ怪人の側に寝返ったのか、全く見当がつかない。怪人が報酬を提供できるとも思えないし、利益をもたらすとも思えない。ましてや、この怪人に脅かされている世界で、自らの敵に近づくのは自殺行為に他ならない。
人の心は計り知れない。まあ、魔法省の問題は彼ら自身で解決するしかない。この点については、私にはそこまで協力する義理はない。
今、私が心配しているのは、逃げた片腕の怪人だ。刀を持った独眼の怪人を倒すことには成功したが、あいつが去る前に言った言葉がとても気になる。
「強くならなければならない」、か。
あいつの状態は風前の灯火のように見えたが、最後に言った言葉とその放つ気勢が気になる。次に会うときには、何かしら進化しているかもしれない。やはり、あいつが再び暴れ出す前に、魔法省を早急に離れるべきだ。
恐らく、魔法省はQの行方を掴んでいないだろう。
櫻庭はQに関する質問に対していつも回避的な態度を取り、否定も肯定もしない。これは単に言葉でごまかしているだけかもしれないが、彼女がQを交渉の切り札として使わない理由も考えざるを得ない。Qは見た目はとぼけているが、妙なところで狡猾だから、魔法省が彼女を捕まえられないのも無理はない。
もしそうなら、前提が変わってくる。私はもはや魔法省に留まる理由がない。そろそろリコシェを連れて脱出する時が来た。
決意を固め、最後の一口のコーヒーを飲み干した時、誰かが近づいてきた。
魔法省特殊部隊のメンバーたちだ。屈強な男たちは体に包帯を巻き、一部の者は腕にギプスをしていた。彼らの接近に気づき、私は無意識に警戒態勢を取った。
「えっと、サヨナキドリさん。」
先頭に立つ坊主頭の男が立ち止まり、頭を掻きながら笑顔を浮かべた。そして、彼は私に頭を下げた。
「この間の件、本当にありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
屈強な男たちは元気な声を上げながら、一斉に頭を下げた。この突如として予想外の展開に、私は言葉を失った。私の戸惑いが伝わったのだろうか、先頭の坊主頭の男が頭を上げ、頭を撫でながら説明を始めた。
「先日は衝突してしまって申し訳なかった。お互いに少し摩擦があったけど、怪人が侵入した時に君が命を顧みずに助けてくれたことに感謝している。あのA級の怪人に対して、君がいなければ多くの死傷者が出ただろう。」
「…気にしないで。あの怪人とは因縁があって、相手が現れたからけじめをつけただけだ。特別に君たちを助けるためじゃない。ついでに魔法省に少し恩を売るのも悪くないと思っただけだ。」
「そうか。」
坊主頭の男はにっこりと笑った。
「ともあれ、君のA級評価が正しいことがわかった。これからは、私たちのアイドルは君とリコシェだ。」
「はあ。リコシェか。」
「ああ。彼女の緊急治療と励ましのおかげで、あの状況でも持ちこたえることができたんだ。まあ、口は悪いが天使のような存在だな。」
坊主頭の男とその仲間たちは、がははと爽やかに笑い声を上げた。
「そういうことだ。感謝しているよ、サヨナキドリさん。どうやって恩返しすればいいかわからないが、この恩は決して忘れない。君と肩を並べて戦う日を楽しみにしている。」
「まあ、その日が来るかどうかはわからないが、そんな未来も面白いかもしれないな。」
私は差し出された手を握り返した。粗くて力強い感触が伝わってくる。
「そうだな。さて、俺たちはこれからリコシェに直接お礼を言いに行くところだ。邪魔して悪かったな。」
最後にもう一度笑顔を見せて、彼らはレストランを後にした。彼らの去っていく背中を見送りながら、心の中に暖かい感情が湧き上がってくるのを感じた。この見知らぬ感情に戸惑いながらも、少し嬉しく感じた。
この感覚は、なんだろう?
「それはね、感謝されるっていう感覚だよ。」
「櫻庭。」
その感情を反芻していると、魔法省に来てからずっと聞こえてくる声が耳元に届いた。振り返ると、白衣を着て眼鏡をかけた女性が杖をついて立っていた。
「傷はもう大丈夫なのか?けっこう重傷だったと思ったが、こんなに早く歩けるとはね。」
「ええ、あなたたちの迅速な処置と治療系魔法少女たちのおかげで、なんとかここまで回復したわ。まあ、私も昔は魔法少女だったから、体にまだ少し魔法が残っていて、普通の人よりは丈夫なんだろうね。」
櫻庭は私のテーブルを見て、うなずいた。
「ちょうど食事が終わったようだね。いいタイミング。来てもらいたい場所があるんだ。」
「…今度は何の用だ?」
「そろそろあなたを契約妖精と会わせるべきだと思ってね。」
「ほう。」
櫻庭の言葉に目を細めた。
「それはありがたいけど…なぜ急に心変わりしたんだ?君たちは私が彼女を探しているのを知っているだろう?」
「ええ、知っているわ。あなたが契約妖精を見つけたら、もう魔法省に留まる理由はないことも。でも、先日の件であなたには多くの助けをもらったから、そのお礼に少し情報を提供しようと思ってね。」
「ふむ。」
私の推測は間違っていたのか。とにかく、Qに会えるならそれでいい。櫻庭の表情をうかがうと、いつも通りの柔和な微笑みを浮かべていた。魔法省が何を企んでいるのかはわからないが、今は協力するしかない。
「わかった。案内してくれ。」




