逆境を覆す炎
メインホールに近づくとまず感じたのは、硝煙の匂いと血の臭いだった。
防衛線は、既にメインホールから幼年学校に近い場所まで後退していた。
「ここを死守しろ!防衛線をこれ以上後退させるな!」
「さっきの大暴れしてたA級怪人が奥に行ったんだ。あいつがブレイズエッジとスターリーアイズのところに行ったら…」
「今は考えるな!後ろの連中に任せるしかない!ここを守り続けるんだ!」
「何があっても、この後ろにいる戦えないガキどもを守り抜け!」
「B級怪人を阻止するために命を賭けた魔法少女たちのためにも...っ!」
緊急に構築された防衛線は、怪人たちの波にほとんど破壊されていた。弾薬が尽き、援軍も絶望的な状況なのか、特殊部隊は肉体と戦術盾だけで怪人たちの攻撃を防いでいた。
男たちは大声で叫びながら盾を前に押し出し、下級怪人たちの進行を阻止していた。怪人たちの鋭い爪が盾を貫いて男たちを引っ掻き、制服を切り裂いて傷をつけたが、男たちは一歩も退かなかった。
防衛線の後ろでは、数人の魔法少女の負傷者が地面に倒れて意識を失っていた。少女たちの顔色は非常に蒼白で、緊急処置された包帯から赤い血が滲んでいた。
私は跪いている見覚えのある背中を見つけた。
「リコシェ!」
「戦友!」
リコシェは今や汗だくで、唇も微かに青ざめていた。
「助けてくれ!この傷、止血できない!」
「...櫻庭っ!」
その時初めて、リコシェが全身の力を振り絞り、地面に横たわる人物の傷口を抑えているのに気づいた。意識を失い櫻庭は地面に倒れており、白い服は血で染まっていた。リコシェは懸命に櫻庭の太ももを押さえていたが、血は止まることなく流れ続け、小さな血だまりを作り始めていた。
「傷が深い、圧迫じゃ無理だ!まず止血帯を使え!」
「そんな物はない!」
「私が作る!」
急いで異空間から素材を取り出し、錬金術で強化して即席のバックル付きの長い帯を作った。リコシェはその止血帯を受け取り、素早く櫻庭の太ももに巻きつけて強く引き締めた。リコシェが大きく息をついたのを見て、私は彼女に状況を尋ねた。
「状況は?」
「A級の怪人たちがさっき防衛線を突破して、C級の連中を重点的に狙ってた。ババアが守ろうとして、斧で何度かやられたんだ。」
リコシェは目に流れ込んだ汗を拭い、頬には血の跡があった。彼女の顔には疲れが見えたが、すぐに笑みを浮かべた。
「でも、あんたがここにいるってことは、もう片付けたんだろう?」
「ああ。刀を持ってた奴はもう片付けた。だが、斧の奴は扉を使って逃げた。」
「さすがあたしの戦友だ。少なくともいい知らせだ。」
リコシェはリボルバーを回しながら、力を込めて立ち上がった。
「あたしはさっきからここで緊急処置を手伝わざるを得なかったんだ。前線では何人かのC級の連中が、B級の怪人が防衛線に突っ込まないように必死で食い止めてる。でも、このままじゃ時間の問題で、彼女たちはもう肉片になってるかもしれない。」
「了解。それなら、早く支援に行かないと。」
「そうだな。でも、これだけではブラックホールを止められない。あたしにはよく分かる。」
リコシェは歯を食いしばり、長いため息をついた。
「...ねぇ、撤退しよう。」
「っ。」
リコシェがそっと私の耳元で囁いた。
「ここにいる連中には申し訳ないけど、この魔法省支部は今日で終わりだ。戦力が低下しているときにA級怪人に襲撃され、さらにブラックホールが現れた。これは手に負えない状況だ。そもそもあたしたちは魔法省の連れではないし、自分の命を大切にしよう。」
特殊部隊の怒号、魔法少女たちの虚ろな喘息、そして怪人たちの哄笑が突然とても明確に聞こえてきた。リコシェの言葉を反芻しながら、私は頭を振った。
「できない。目の前には怪人のせいで苦しんでいる人たちがいる。それが私が戦う理由になる。」
私はリコシェの肩を軽く叩き、前線に向かって歩き出した。
「それに、今の状況はまさに怪人素材の大放出だ。このチャンスを逃すわけにはいかない。」
「…はは。全く、よく言うね、戦友。」
肩が微かに震えていたが、リコシェはタバコに火をつけ、私の隣に立った。
「あとは、魔法省にしっかりと請求してやるさ。医療費に援護射撃の料金、かなり高くつくぞ。」
「ああ。魔法省の連中からしっかりと取り立ててやろう。」
「あら、怖いですね。手加減してください。私たちの予算はもうかなり削減されてますから。」
私とリコシェが前線に突入しようとしたとき、背後から暖かな流れが湧き上がってきた。
それは火だった。
火が私たちの背後の廊下から溢れ出してきた。しかし、その火は熱くなく、むしろ温かい風が撫でるような感覚だった。地面に倒れて顔色を失っていた魔法少女たちは、その火焰に触れると次々と血色を取り戻していった。
しかし、怪人たちにとってはそうではなかった。防衛線を突き崩そうとする怪人たちは、その火に触れた瞬間に燃え上がった。
怪人たちの悲鳴と特殊部隊の男たちの歓声の中、私ははっきりと足音を聞いた。
カッタ、カッタ。
振り返ると、金髪の小柄な魔法少女がゆっくりとこちらに歩いてくるのが見えた。彼女の胸に輝くルービは火光の中で煌めき、手には炎を凝縮して作られた剣を握っていた。少女が一歩踏み出すごとに、火の波動が前方に広がっていった。怪人たちはその火を避けようと後退し続け、特殊部隊の隊員たちも彼女に通路を譲った。
少女は私とリコシェの間を通り過ぎ、怪人たちを再びメインホールへと追い戻した。
「…ブレイズエッジ!回復したのか?」
「ええ。みんなさんの助けに感謝します。ここからは任せてください。」
金髪の魔法少女、ブレイズエッジの手にある炎の剣が小さな球体に縮んだ。彼女は指を摘んで、小さな太陽のように輝くその球体を軽く弾いた。
瞬間、猛烈な風圧が押し寄せた。
高速で通路を飛び抜けてメインホールへと向かったその球体は、途中の下級怪人たちを焼き尽くし、開いていたブラックホールに命中した。光球を吸い込んだブラックホールは歪み始め、耐えきれないかのように光の裂け目が現れた。
そして、火がブラックホールを燃やし尽くした。
生き残った怪人たちは逃げ出そうと悲鳴を上げたが、舞い散ったの火花に触れるとすぐに燃え上がり、やがて黒い粉塵となって消えていった。
「これは…すごいな。あれだけ苦労したのに、たった一撃で解決だなんて。」
「確かに。なんだか緊張が無駄になった気がする。」
リコシェはぎこちない笑みを浮かべながら地面に座り込んだ。彼女の顔は痙攣しており、私も同意せざるを得なかった。
メインホールを見ると、少女の金色の髪が熱風に舞い上がり、美しく揺れていた。火光の中で、少女の平静だがどこか憂いを帯びた横顔に私は一瞬見とれてしまった。
ブレイズエッジは微笑んだ。彼女は振り返り、その碧い瞳でまっすぐに私を見つめた。その澄んだ瞳からは、私は意図を読み取ることができなかった。




