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抵抗

今の魔法省は、すでに戦場と化していた。


悲鳴ひめい、銃声、そして空気中に漂う魔力の残滓ざんしと黒い粉。複雑に入り組んだ迷路のような廊下には警告灯が点滅し、よく見ると、廊下には血痕けっこんも残っている。


私は廊下を全速力で走り、ブレイズエッジのいる治療カプセルへと向かっていた。


「ダメだ!数が多すぎる!」


「退却するな!こいつらをここで通すわけにはいかない!」


「死守しろ!この先はもう治療カプセルなんだ!」


「どうにかしてブレイズエッジが目覚めるまで持ちこたえろ!」


「このクソったれな怪人どもに、我々魔特の意地を見せてやれ!」


角を曲がり急ブレーキをかけると、視界に入ったのは遠くに構築された魔法省特殊部隊の防衛線ぼうえいせんだった。彼らは掩体の後ろに身を隠しながらライフルを構え、目前の怪人たちに激しい火力を浴びせていた。防衛線に突進する下級怪人たちは密集した砲火を浴び、蜂の巣にされ、呻きながら黒い粉末と化していった。


だが、怪人の群れの中から、灰色の衣装を纏い、刀を持った人が飛び出してきた。


「っ!まずい!」


私が反応する間もなく、銀色の剣閃けんせんが防衛線を切り裂いた。筋骨隆々の巨漢たちはその一閃で赤い血を噴き上げながら倒れた。残された防衛隊員たちは、突然現れた女怪人に恐れおののき、数歩後退した。


「全てを飲み込め。引き裂け、噛みちぎれ、蹂躙しろ。」


灰色の服を纏った女怪人は刀を掲げ、後ろに控える下級怪人たちに号令をかけた。よく見ると、灰衣の女怪人の全身には焦げ跡があり、衣服の端はまだ燃えていた。火花とともに黒い粉が崩れ落ちる様は、重傷を負っているように見えたが、彼女の纏う暴虐ぼうぎゃくな気配はむしろ増していた。


眼帯をした顔には残忍な笑みが浮かび、女怪人は地面に跪いた一人の隊員に向かって刀を振り下ろした。


「さようなら、おやつくん。」


「ストレージ!格納庫九番!」


全力で女怪人に突進し、パイルバンカーで彼女を突き飛ばした。怪人は瞬時に刀をパイルバンカーとの間に差し込み、防御した。パイルバンカー機構を発動し、轟音と共に怪人を壁に叩きつけた。


「あは!サヨナキドリ!久しぶりだね!」


「ちっ。」


独眼どくがんの怪人が嘲笑を浮かべる中、私は舌打ちをした。相手の刀ごと打ち砕こうと思っていたが、その虫で作られた気持ち悪い刀が予想以上に硬かった。


素早くもう一方の手で拳銃を取り出し、女怪人の顔面に向けて発砲した。彼女は素早く身を低くして射撃を避け、同時に横一閃を繰り出した。私はその一撃を避けるために後ろに跳び退った。


「君たちは早く負傷者を連れて退け。」


残存している無傷の防衛隊員に指示を出しながら、パイルバンカーと拳銃を構え、彼らを守る位置に移動した。


「あ、ああ。ありがとう、助かった。」


「礼を言うのは早い。生き延びてからにしろ。」


「そうそう。頑張ってね。私、そんなに深く切らなかったから、少し味わいを残しておいたの。ああ、手足の筋肉の噛み応えはいいけど、やっぱり柔らかい内臓も独特の風味があるわね。」


ゆっくりと立ち上がりながら、女怪人は刀を肩に担いだ。その瞬間、彼女の口から黒い液体が流れ出した。怪人は眉をひそめ、手の甲でその液体を拭い取った。


「...なるほど。燃え続け、崩れかけた身体、突然の吐血。あの日、君はブレイズエッジと交戦したのか。今の状態では、もう長くは持たないだろう。」


「そうだよ。この忌々しい消えない炎が私を焼き尽くし、今の私は風前の灯火だ。痛みで死にそうで、回復力もやけどに追いつかない。憎きブレイズエッジめ、寝ていても魔法は効果があるなんて。この苦しみを終わらせるには、ブレイズエッジを殺すしかない。」


哀しげな笑みを浮かべながら、独眼の女怪人はゆっくりと大上段の構えを取った。


「でも、あの女にそんな弱点があるなんて思わなかった。私の亡き主人に感謝しなければならないわね、そんな傷を残してくれたことに。ブレイズエッジがこの数年間、その剣傷に悩まされていたと思うと、私は喜びでいっぱいだ。」


怪人の体から透明な円が広がっていくのを感じ、私と怪人の間に見えない、張り詰めた線が引かれた。


「今日、この因縁に決着をつけるときが来た。あなたの死体を越えた先に待っているのは、復讐の甘い果実。ああ、もう計画はできている。まず四肢の末端からゆっくりと刺し、最後に心臓をえぐり出す。きっと、とても楽しいだろうね。」


円が素早く私の足元まで広がり、同時に張り詰めた線が断ち切られるのを感じた。


「あなたもそう思うだろう!サヨナキドリィィィ!!!」


「っ!」


私は反射的に円が自分の足に触れた瞬間、身をかがめた。しかし、今回は頭上を通り過ぎる轟音が聞こえなかった。警鐘が鳴り響き、全身に冷汗が滲んだ。


「首切り、改。」


女怪人が邪悪な笑みを浮かべているのが見えた。まるで静かな湖に石を投げ込むように、静止していた黒い魔力が一気に増大し、目眩がするほどの圧力を感じた。怪人の持つ刀の姿勢が、大上段から下段へと変わった。


残響ざんきょう百足むかで。」


地面を這う何かの音が聞こえてきた。


振動する刀が、下から上へと地面を削りながら私に近づいてきた。時間が粘つくように感じられる中、私は必死にパイルバンカーを刀に向けた。強烈な火花と金属音の中、パイルバンカーがまるでバターのようにゆっくりと切り裂かれていくのを見た。私が全身の筋肉を駆使し、切り込んでくる銀光から体を遠ざけようとした。


噛まれたような鋭い痛みが、下から上へと体を這い上がってきた。


魔力の突風が私を後方へと吹き飛ばした。体が壁に激しく叩きつけられたと同時に、その刺すような痛みが一気に激痛に変わった。膝をついたまま地面に倒れ込み、体から血がゆっくりと流れ出すのを見た。


「ぐっ!」


「浅かったか。」


女怪人が不満げに唸り、銀の刀を一振りすると、血が壁に飛び散った。


「...あれは、フェイントだったのか。」


「ちょっとした小細工さ。どうやら私は主人には及ばないようだね。初見殺しの技なのに、また避けられてしまった。まあ、いいさ。一刀で死ななければ二刀。二刀でだめなら三刀。こうして切り続ければ、いずれ失血死するだろう。」


愉快そうに笑いながら、女怪人がゆっくりと近づいてきた。


「あなたはあと何度噛まれることができるのかな?これは余興だね。わかっているよ。今のあなたは切り札を失っている。推測だけど、あの鎧は事前準備が必要だろう?あれがスターリーアイズに壊され、魔法省に拘束されている間に準備ができなかったはず。今のあなたは、まな板の上の魚のようなものさ。」


女怪人の背後にいる下級怪人たちが哄笑を上げた。耳障りな、軋むような音を立て、彼らは手足を振り回しながら女怪人を讃えているかのようだった。濃厚で重みのある悪意が波のように私に押し寄せてきた。顔に冷や汗が流れるのを感じながら、私は歯を食いしばって立ち上がった。


「...なぜ。このタイミングを狙った襲撃や、ブレイズエッジが治療中のことも。さらには私の能力についても、どうしてそれを知っているんだ。」


「大したことじゃないわよ。たまたま、その辺のことをよく知っている新しい友達が出来た。彼女がいくつか良いアイディアをくれてね、私はそれをちょっと改良して使っているだけ。まさか、元々は敵対していた私たちが仲間になれるなんて、思ってもみなかったわ。」


私の前の三歩ほどの距離で立ち止まり、女怪人は再び刀を構えて微笑んだ。


「まあ、これから死ぬあなたには関係のないことだけどね。時間がないし、さっさと終わらせましょう。」


「…ふう。早く終わらせるってことには、同意するよ。」


慎重に左手を腰に当てながら拳を握り、右手をゆっくりと伸ばした。全身の刺すような痛みで動きは鈍ったが、能力の発動には問題なかった。意識を指先に集中させ、私は虚空を切り裂いた。


「仕方ない。エネルギー機構はまだ未完成だけど、今は使うしかない。」


「?なにを。」


具現化ぐげんかもん概念強化がいねんきょうか。」


私が切り裂いた異空間の裂け目が歪み、現実を侵食するように拡張し始めた。大量の黒い霧が噴き出し、細い空間の裂け目が黒い門へと変わった。うめき声を上げる悪魔の装飾が施されたその門が開く瞬間、私は足を踏み入れた。


屍鎧コープスアーマー!」


「っ…まさか!」


「骸装改《フランケンシュタイン MK-II》、役者ファントム・オブ・オペラ。」


無数の怪物のような手が私に触れ、ひとつひとつ装甲を優しく装着していく。


体の奥底から力が湧き上がり、痛みも少し和らいだ。門の向こう側から踏み出すと同時に、オペラマスクのような仮面が顔を覆った。


私は自分の頬にそっと手を当てた。変身の過程で、まるで誰かがそこにキスをしたかのようだった。


思わず苦笑が漏れた。目の前の怪人たちは驚愕の表情で一歩後退した。


「そんな、鎧?壊されたはずじゃ…」


「なんて言うんだっけ、ああ、そうだ。目を閉じて、最も暗く深い夢の中に身を委ねよ。」


混乱する女怪人の疑問を無視し、私はゆっくりと構えを取った。


「そして、耳を傾けるのだ。夜の調べに。」

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